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神経たち

8
室温と体温を計測することにとりつかれた男は都内のあらゆる家の女性たちを監視し続ける。ある日男のもとに訪れた旧友が、男にある依頼をすることから、物語の歯車は動き始める。
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神経たち #8

神経たち #8

 軽やかな電子音を鳴らして、ナナコの住むマンションのエントランスのガラス扉が開く。音が明確な警戒の色彩と形状をしていて、切っ先が侵入者である僕の鼓膜に突き刺さるように思えた。僕は拒絶される時の痛みに近い何かを感じてヌメリとした汗を拭いながらエレベータで上に上がり、目を瞑って力を込めて鍵を回した。

音もなくナナコの部屋のドアノブはなめらかに回り、僕を中に招き入れた。ドアを背にホッと一息ついて、鍵屋

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神経たち #7

神経たち #7

「少し時間がかかりそうだ。別の仕事が入っちゃって」
ケイゴに嘘を付くのは良心が傷んだが、僕はなんだか本当のことをすぐに彼に伝える気になれず。どう伝えるかを考えるのも面倒になって、ただナナコの部屋に仕掛けられたカメラのことを考えながら、悶々と一週間ほどを過ごした。僕が珍しく鍵開け以外のことで鍵屋に連絡すると、彼は面白がった。
「なんだそんなことか。前に言ったろ、アンタ以外にも変な奴がいるんだ、それか

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神経たち #6

神経たち #6

ナナコの計測を始めてから四日ほどが経過した。僕は僕のルーチンである他の女性たちの計測を進めながら、彼女のデータが溜まるのを待った。鍵屋にはナナコの部屋に普段よりも多く、試作中の新しいセンサを取り付けさせた。数も多くした。「トリガーが見つかることを祈っている」鍵屋の言葉をふと思い出した。このまま僕の神経の代理人達の数を増やしていけば、彼らも巻き込んだトリガーが見つかるのだろうか?いつもより多い計測機

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神経たち #5

「アンタも物好きだね。まだやってんのか。まあ、お互い様か」 メッセージ画面に僕とは別の趣味の男の言葉がふわりと浮かび上がる。彼は人の家の鍵を開けて忍び込むことに快楽を感じるらしく、僕は個人的に鍵屋と呼んでいる。本名を性別も知らないから、向こう側にいるのは本当は女性である可能もある。彼が文字をタイプする速度、リズム、口調から、彼の本当の声、いや、肉体的な声の高さを想像する。不健康な色白の身体から発せ

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神経たち #4

神経たち #4

キタガワナナコ、彼の恋の相手。唐突な依頼から二日後の昼下がりに、彼が知人経由で入手した写真とインターネット上のいくつかのソーシャルネットワークアカウントに簡単なプロフィールが添えられてメッセージが送られてきた。音沙汰ないまま過ぎた二日の間に、ケイゴのことだから依頼自体を忘れてしまったのだろうと思い、僕が彼の訪れる前の計測行為の繰り返しの日常に戻りつつある時に、メッセージの到来は告げられた。
まずは

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神経たち #3

神経たち #3

温度センサ、振動センサからの計測値が美しく可視化される。
温度ごとの色合い、サーモグラフィーが映し出す女性の輪郭、青、黄、赤、温度順に並べられた序列、そして序列が織りなす、三色が彩る世界。彼女の居場所、毎日通る場所、殆ど通らない場所、壁に囲まれた私的な空間の温度、部屋に肉体が入ってくることにより上昇する室温、室温と体温の相関、数々の部屋を見ることで、僕は計測相手を把握する。予測する。センサから放た

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神経たち #2

神経たち #2

「なんか、すごいたくさんパソコンあるんだな。こういうの見たことあるけど、ダイゴ、株とか、FX?だっけ、ああいうのやってるのか?こういうグラフ、うちの会社の株やってる奴がよく見ている気がするよ」
僕がドキッとして、僕のデスクの前に座るケイゴの方を見ると、アームに掲げられたディスプレイ達の一つに、表示をそっと隠したはずの計測のグラフが室温の上昇を淡々と記録してるのを見た。ケイゴの肘がマウスにそっと触れ

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神経たち #1

体温が、室温を上げていく様、閉じられた空間内の熱を持った個体の存在証明、それ見る瞬間、瞬間の連続としての変化を捉えることが、僕はたまらなく好きだ。一人の孤独な計測者として、僕は自室でかれこれ三時間、ある知らない女性の部屋の温度変化、それと一緒に彼女が動く度に生み出される振動を計測し、記録している。記録は画面上に色とりどりの画素と、その集合体としてのグラフとして描かれ、時折現れる動き、変化の様子に僕

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