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活字中毒者として生きる[31~40]

「本好きへの100の質問」に答える第4回目。

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31. 無人島に一冊だけ本を持っていけるとしたら、何を選びますか。

湊かなえ『告白』

湊かなえ、2008年8月5日、『告白』、双葉社。

我が子を校内で亡くした女性教師が、終業式のHRで犯人である少年を指し示す。ひとつの事件をモノローグ形式で「級友」「犯人」「犯人の家族」から、それぞれ語らせ真相に迫る。選考委員全員を唸らせた新人離れした圧倒的な筆力と、伏線が鏤められた緻密な構成力は、デビュー作とは思えぬ完成度である。

「無人島に1冊だけ」ということであるならば、なるべく長い間楽しめるものがいいはずだ。
何回でも読み返せる、その度に怒涛の迫力が迫ってくる、読了後もじんわりと胸に何かがつっかえる。そんな全ての余韻という余韻を引き受けた作品だと思っている。

けれど作者は意外と放任主義(と表現して良いものか)で、それぞれの登場人物の胸の内だとか、その時の作者の心情だとかをいちいち想像するような隙間を与えぬまま、読者を突如として無空間に放っていくのだ。
我々の生きるリアリティが本の世界と接続しているのか、と確認する暇も与えられない。
ただそこには本があり、その中には登場人物があり、そしてそれをある種客観的に傍観している私がいるだけなのである。
この極めてシンプルで最小の単位たちの集合体が心地よく感じられていく。
だからこの場所がどんなに小さくても大きくても、うるさくても静かでも、何一つ関係はないし、本の内容には干渉していかない。
圧倒的な、いわば権威的とまで言えるレベルの影響力を感じることだろう。たとえ無人島のただ中であったとしても。

また本作品は映画化されているが、よくある”原作の実写版”に留まっていない。
一つずつが全く異なる映像作品と文字作品に仕上がっている。
無人島からご帰還された際には、ぜひもう一度。

32. 今、最も欲しい本のタイトルをどうぞ。

手塚治虫『火の鳥』シリーズ(13巻)

手塚治虫、1967年『火の鳥』、手塚プロダクション。

古代からはるか未来まで、地球や宇宙を舞台に、生命の本質・人間の業が、手塚治虫自身の独特な思想を根底に壮大なスケールで描かれる。 物語は「火の鳥」と呼ばれる鳥が登場し火の鳥の血を飲めば永遠の命を得られるという設定の元、主人公たちはその火の鳥と関わりながら悩み、苦しみ、闘い、残酷な運命に翻弄され続ける。

小学生の時、特に活発でもアウトドアでもない私は図書館で暇を潰そうと企んでいた。ただし読書好きだったわけでも話し相手がいたわけでもない。
こうして、学校の図書館で唯一漫画として所蔵されていた手塚治虫のシリーズを読破してやろうという無謀なチャレンジに至ったのである。
それからは3年間ほぼ、毎日読み続けた。シリーズを1から一気に読む時もあれば、好きなシリーズをランダムに読んでみたり。
とにかく手塚治虫の世界にハマりまくる、そんな小学校時代であったことを記憶している。

月日が経つことこうして10年、久しぶりに手塚治虫の漫画を読んでみたくなった。
自分のコレクションにしたいけれど正規の価格で買うには高すぎる。だけど文庫本の種類は13もあって、何を買えばいいのかさっぱりわからない。以前メルカリで購入し、そのまま売り手が失踪してキャンセル。
そんな葛藤を繰り返しているあまり、数ヶ月が経ってしまった。

綺麗な状態がいい、でも持ち主の癖がわかるような中古本もまた味がある。
そんなしょうもない葛藤にぐだぐだと流されながら、ここまできてしまったのである。
きっとこれを買っても、次はブラックジャックシリーズやみつめがとおるシリーズが欲しくなるんだろうな。

私にしては珍しい「漫画」への所有欲求でした。

33. 生涯の一冊、そんな存在の本はありますか?その本のタイトルは。

森博嗣『喜嶋先生の静かな世界』

森博嗣、2013年10月16日、『喜嶋先生の静かな世界』、講談社。

寝食を忘れるほど没頭した研究、初めての恋、珠玉の喜嶋語録の数々。学問の深遠さと研究の純粋さを描いて、読む者に深く静かな感動を呼ぶ自伝的小説。

これは今年の夏頃に人からおすすめされた本。
おすすめしていただいた人にいただいた言葉を含め、全てが私の「生涯の一冊」を作り上げているのだと思う。

私は今学問の世界で純粋な研究がしたい、というただ一つの目標のために進路やら何やら頑張っているわけだが、その将来が明るくなった気がした一冊。
昔、「学問を志す者として狂気が足りない」と人から言われたことがある。
少し狂っていて、頭のネジが外れていて、常識がないことをやる「狂気」というものに一時随分と憧れたものだ。
ただ登場人物の彼の様相はそうした規則正しい狂い方、ではなかった。

人間として生きる上で必要な食べること、寝ること、あるいは恋をしたり悲しんだりする全ての行為がこの上なく純粋なものに思えてしまう物語だ。
もちろん研究も同様に。
むしろ研究という行為が、一番人間的で純粋なものに思えてならない。
あくまでいち研究者を目指すものの非常に抽象的な感想ではあるが、透き通った理想的な研究者像をここに見た気がした。

34. 何度も読み返してしまうような本はありますか?その本のタイトルは。

そもそも読書のスピードがあまり早くないことがあり、今自分が読んでいる本で精一杯になっている状況である。
なので「本を何度も読み返す」状況に至ったことは、実を言うと今までにあまりない。

といっても本というのはただの娯楽消費物ではないし、買ってストーリーを知ったらそれで満足OK、ともいかないのが面白いところである。
「積読」という言葉で多量の本をリスト化し消化するかの如く次から次へと手を伸ばすのはまさに現代的な読書家のある姿なのだなあと思うと同時に、そういったリストから解放されて余裕を持ちたい欲求もまたある。

35. お気に入りの作家ベスト5と、理由をお願いします。

👑森博嗣

もり ひろし(1957月 -  )
小説家。 愛知県生まれ。 名古屋大学大学院工学研究科修了後、三重大学助手を経て、名古屋大学助教授に。1995年(平成7)、ミステリー誌『メフィスト』に「冷たい密室と博士たち」の原稿を応募、編集者に注目される。 続いて「笑わない数学者」を1週間で書き上げ投稿。

今年の夏頃に大学院の先輩から教えていただいた作家。
理系研究者出身で、ちょうど研究者を志し始めた頃にぴったりな作家としておすすめしていただいた。私は文系の文化社会学で専攻は大きく違うが、研究者としての基本的なスタンスや各所で登場する「研究者あるある」ネタが心地よくてつい読み進めてしまう。
理系ならではのトリックも巧妙で、読者が解かないようにしなければと気を引き締める隙も与えないほど、思わぬところから事件が解決していく。
350冊以上のシリーズもので、沼にハマったら戻っては来れないことを忠告しておく。

👑湊かなえ

みなと かなえ(1973年1月 - )
日本の小説家。 広島県因島市中庄町(現・尾道市因島中庄町)生まれ。 武庫川女子大学家政学部被服学科卒業。 2007年には金戸 美苗(かなと みなえ)の名義で第35回創作ラジオドラマ大賞を受賞した。

純文学作家(だと思っている)。
ジャンルはミステリーや殺人などの大きなものは特になく、日常の謎や登場人物の日々の微かな擦れから生じていく不穏な空気感にただただ圧倒されるだけの数百ページ。
具体的なストーリーの面白さもさることながら、特に思春期の家庭や学校での人間関係のミクロな部分にまでクローズアップした、その視点の切り取り方が見事。

伊坂幸太郎

いさか こうたろう(1971年 - )
千葉県生まれ。 東北大学法学部卒業。 2000年『オーデュボンの祈り』で第5回新潮ミステリー倶楽部賞を受賞し、デビュー。 04年『アヒルと鴨のコインロッカー』で第25回吉川英治文学新人賞、「死神の精度」で第57回日本推理作家協会賞短編部門を受賞。

東野圭吾

ひがしの けいご(1958年 - )
大阪府で生まれたミステリー作家。 1985年に『放課後』が、デビュー作にして江戸川乱歩賞を受賞しました。 1999年に『秘密』で日本推理作家協会賞、2006年に『容疑者Xの献身』で直木賞を受賞。 ほかにも、本格ミステリ大賞や新風賞、吉川英治文学賞など数々の賞を受賞しています。

夢枕獏

ゆめまくら ばく(1951年 -  )
神奈川県小田原市生まれ。 東海大学文学部日本文学科卒業。 高校時代から作家を目指し、また熱心なSFファンとしても知られていた。 大学卒業後も会社員、山小屋アルバイトなどさまざまな職業に就きながら『ネオ・ヌル』『宇宙塵(うちゅうじん)』『綾の鼓』などのSF同人誌に作品を発表。

36. 好きなシリーズものはありますか?

東野圭吾『ガリレオ』シリーズ。

東野圭吾、2002年、『探偵ガリレオ』、文春新秋。

ガリレオと称される天才物理学者・湯川学が、常識を超えた謎に挑むミステリー。

私が小学生の頃に実写版ドラマが放送されていて、ドラマから興味を持った。
こちらは東野圭吾特有、完全にストーリーの面白さに振ったシリーズもの。
湯川とその周辺の人間関係の件はシリーズを通して大まかに描かれてはいるものの、一つ一つがミステリーとして完結しているためリズムよく読みやすい。

東野圭吾の作品では「シリーズ」と銘打っていなくとも人物がつながっている話がかなり多く登場するので、一言に「ガリレオシリーズ」とまとめなくとも沼にハマれば東野圭吾のシリーズは大抵全て面白い。

推理の明快さ、ストーリー立ての面白さを求めていないのであれば、『容疑者Xの献身』がおすすめ。
登場人物の心情をメインに捉え、ミステリーの謎が解き明かされていくうちに彼ら自身もまた様変わりしていく様が、心底人間らしく描かれている。

37. 本を選ぶときのポイントを教えてください。

この記事で散々こだわりを書いてきたので、ここでは省略。

膨大な世界中の本屋のあらゆる本棚のたった一つの本に出会うということは、なかなか奇跡的な出会いであると言える。(略)簡単に膨大な情報の中に溶けていってしまうだろう。それがいくら本や紙といった物質を伴っているとしても。
だから私は本との出会いを大切にする。
そしてその出会いを冷凍保存するかのように、金を出して所有することで自分の本棚に仕舞い込むのだ

つきちゃん、「活字中毒者として生きる[11~20]」、第15問

気に入った本と関連する話として、図書館や書店での出会いは、大体3つに分けられると思っている。
1つは、森博嗣や湊かなえなど推しの本。出会ったら問答無用で購入。
2つは、いわゆるジャケ買い。夜空やねこの本は特に惹かれてしまう。純文学は何回も装丁が変わっているし、箔押しなんかされてたらもうコレクション気分で買っちゃうよね。
そして3つ目が、たまたま、何の脈略もなく手に取った本。装丁がパッとしなくても、普段読まないジャンルでも、聞いたことのない著者でも、なんとなく目に入って手に取る本がある。
「運命的な出会い」などと非科学的な表現を全肯定するわけではないが、無意識のうちに作り上げていた興味の枠組みを超えられるようで好きな瞬間だ。

つきちゃん、「活字中毒者として生きる[21~30]」、第22問

38. 翻訳小説は、訳者にこだわる方ですか。

こだわらない方。

そもそも海外の作品や翻訳小説を読まないから自分にはあまり縁のない話だけれど、以前からハリーポッターだけは読めない。

翻訳の酷さはどうやら有名だそうだが、それでも語尾や小さな表現全てに小説家の魂が注ぎ込められている、とはどうしても思えないのだ。
多言語に翻訳するという事実自体、内容を薄めて薄く薄く伸ばして全世界に普及させるというイメージを感じてしまう。

学術書に関しては訳語自体もまた研究の対象になり得るから、そうともいっていられないね。
信頼できる原本に対してその表現を振り返ることは大事だけれど、語尾まで詳細にチェックしている時間はない。そこはその専門家にお任せしよう。
ここで大事なのはそれに対しどのような議論がされてきたか、である。小説で気になりがちな表現よりも、中身さえゲットできればいい。
小説と学術書とで、求めているものの根本的な質の違いを感じられる。

39. 信頼できる批評家は誰ですか?

いない。

あれ、みんな批評文って結構読むタイプなのかな。
小説に関しては、私はめっきり読まない。巻末の解説もあまり読んだことはない。信頼できる批評家、以前に、そもそも批評家を知らない。

小説に関しては、私は完全に周囲の評価を期待していないことがわかった。
有名な賞を受賞していても何度映画化されても、それは売り方の一つでしかないのだから。こんなスタンスだ。
実写化云々の話でもう一つ思うのが、実写化した小説に映画用の装丁をするのをやめてほしい。
たまに従来のものと新しいものとがダブルになって売られているのを見るが、あれだと安心する。実写前の装丁をゲットできるから。
別に映画には興味ないし見る予定もないなら、それのためだけに作られたカバーだけを身に纏っている本が可哀想じゃないか。(帯なら許せる。)

映画化することに対して「本が世俗化していく」ような感覚を持っている私にとって、あまり快く受け入れたい話ではないものの、文学界の拡張はますます求められていくべきだ。
こういう固定的で頑固な層がいるからよくないのか。

40. 絵本は好きですか?好きな方は、好きな絵本のタイトルを教えてください。

馬場のぼる『11ぴきのねこ』シリーズ

馬場のぼる、1967年、『11ぴきのねこ』、こぐま社。

大人になってからは絵本はほとんど読まないけど、小さい頃はこのシリーズが大好きだった。
もちろん猫好きだった、絵が好きだった、というのもあるが、小さい頃母が読み聞かせしてくれた記憶があるのだ。

2011年3月、当時私は小学2年生。
東日本大震災があって数ヶ月後、私の学校では有志のお母様方が両親を亡くされた子に紙芝居や劇をしにいくというイベントが開催された。
手作りのキャラクターたちやオリジナルの台本など、著作権フル無視の完璧な劇を私自身も何度か見たことがある。
当時の自分の記憶に鮮明な、とっても好きな思い出だ。


「〇〇な本はありますか?」と投げやりな質問をされると困る。
私は人に本を紹介したりされる機会が少ないからか、面白かったとか楽しかったとかの稚拙で表面的な感想しか思い浮かばないのだ。
その上読んだら細かいあらすじはすぐに忘れてしまうタチで、「人に見られること」を意識した読書はしてこなかったのだと自覚させられた。

それでもたまにはこういう質問コーナーもいい。
日常的に読書について語り合えるような友人を持ちたいと思った。

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