【散文】秋晴(1038字)

 秋晴れは人心に寂しく、写真で見る鮮やかでからっとした陽気が目の前にあるとは終ぞ思いにくいものだった。
 一通のメッセージすら迷ってしまい中々送れない彼に、プライベートの約束を取り付けられたはずがない。運がいいのか悪いのか、誰にも会わないつもりで買い物に来た市街地にて、雑誌の一コマのように着飾った友人に微笑みかけられた。もちろん色眼鏡を掛けた彼の感想だが、友人は確かに普段より数段きまっていた。
 ふっと緊張を解いたような笑い方で手を振られ、ようやく我に返る。おお、とうろたえた声で応えながら近づくと、向こうもゆったりと歩み寄ってくる、その足運びもどこか美しい。
「何してんの?」
「買い物。そっちは…」
 一度声を出すと、随分彼も力を抜くことが出来た。友人は人のいい笑顔のまま、うん、と言葉を濁す。
「人待ってたんだけどさ」
「遅刻?」
「いやー、急に来れなくなったって。どうしよっかな」
 なるほどと何度か頷いて、改めてその恰好に目をやる。しわも色褪せも毛玉もない。流行りを取り入れたこなれた服装だと思う。対して彼は、日ごろ大学にも着ていく着古した安物のスウェットだった。目が合ったときから覚えていた気まずさに加え、その恰好が意味することを想像してじんと胸が縮こまる。
「…服、変?」
「あっ」
 ばれないように見ていたのはあくまでつもりで、友人は余計に自信のなさそうな顔をしてしまった。
「いやいや、ごめん、お洒落してんなと思って」
「いいと思う?」
 うん、と当たり前のように相槌の様には返せず、彼は心の中でぐっとハードルを一つ乗り越えて、「俺はうん、いいと思う」と答えた。頼りない返事になってしまった。
「彼女?」
 そして口をついた言葉が彼自身の胃をえぐる。本当に一抹の覚悟。
「ううん。付き合ってない」
 友人は寂しそうだった。その声になぜか余計に胃が痛くなる。そしてその痛みが彼の覚悟を軽くした。
「そっか。俺もう用事終わったんだけど」
「ああ、お疲れ」
「どっか行かない?」
 友人はふーっと息を吸った。吐きながら頷く瞳でじっと彼を見つめる、その表情は、関係性の外の住民である彼を信頼していると言っていた。
「うん」
 訥々と話しながら市街地を離れていく。白い道路に整えられた低木のエリアを抜け、凹凸が激しい路地に差し掛かり、ふと友人を見遣る。
 背負う快晴の青空も、吹き流れる銀杏もただの背景だった。軽やかな風が捲るコート、やわく乱される前髪。モデル自身が引き立つように設定されたレンズだから、彼の眼はその一瞬を鮮明に焼き付けた。

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