今日だけを、生きる【寄り添い疲れから身を守る方法】

病気を告知されると、それが良くないものであればあるほど、「こうなったらどうしよう」という想いがめぐります。それは、とても辛いものです。何かの本で読んだのですが、人は「こうなってしまったらどうしよう」よりも、そうなってしまったときの不安はそれよりも強くないと書いてありました。

一概にそうとは言い切れないとは思うのですが、夫の場合はそうでした。体調が悪い時期が2、3カ月続いて、「後輩より速く走れなくなった」「すぐに息が上がる」「頭が痛い」…そうして、「これってなんなんだろう」といつも私に話してきていました。20代で病気になるなんていう考えがすっぽり抜けていた私は「疲れてるんじゃない?」と、心の底から思っていました。

そのあと、彼の肌で気になることがあったので、一緒に皮膚科に行きました。私にとっては、本当に軽い気持ちで受診したつもりでした。で、そこで病気が見つかったんですね。予想だにしていない出来事でした。

夫もショックを受けていましたが、どこか吹っ切れた表情をしていました。「俺は今病気になった。治療法はこれだと言われ、来週から始まる。それをやるだけだ」と。

反対に、不安が強くなったのは私の方でした。夫の入院時の体調は不安定で、輸血でなんとか維持している状態。「明日どうにかなってしまったらどうしよう」という想いで、ただただ泣き続けていました。

そんなとき、電話から聞こえる母の一言に救われました。

「今日のことだけを考えなさい」

明日を考えるといてもたってもいられないけれど、今日だけを考えることにしてからは、重い荷物を明日に持ち込まず、一旦下ろして寝ることができる、そんな感じがしました。

仕事が終わって面会に行く。顔を見て「今日も、1日が終わる」そう思えれば、それでヨシ。これがいつもまで続くのだろうと思うことは、自分を苦しめてしまうことになります。

お子さんが仮死状態で生まれたお母さんが「3歳になるまで、発達が心配で毎日生きた心地がしなかった」と話していたことがあります。また、あるお母さんは、医者にお子さんは将来歩行に問題が起きるかもしれないと告げられましたが「わかりました。それはそのとき考えます」と言いました。どちらのお子さんも、元気に育っていったそうです。

寄り添う側の心配は絶えません。でも、明日よりも今日のことを考えれば、ほんの少し楽になる気はしませんか。私が当時よく思っていたことは「信じないことはいとも簡単で、信じることはこんなにも難しい」ということです。家族のことも、自分のことも。「大丈夫」なんて、とうてい思えない。それは本当に至難の業。

でも、たとえこの先を信じられなくても、せめて今日だけは乗り越えてほしいのです。今日が終わって明日になれば、また今日が来ます。そして、今日のことだけを考える。そうやって、私は11年寄り添ってきました。人生は長いようで短い。でも、短いようで長いのです。自分の体と心を守りながら、今日を生きていきましょう。


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