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ネプリ感想#1 歌眠「宵越しの歌」

はじめに

ツマモヨコです。大学生をしながら、短歌を詠んだり読んだりしています。
短歌ネプリの感想をいつも書きそびれるので、noteに公開する習慣をつくることで改善を図る予定です。運動が三日坊主になるからジムにお金を払って後に引けなくする、的なアレです。
ご存じない方のために。ネプリとはネットプリントの略で、番号を入れるだけで誰でもコンビニでプリントできる印刷物のことです。イラストや文芸など様々なジャンルの創作者が、作品を手に取ってもらうためにネプリ(ネップリとも言うが歌人は大体ネプリと呼ぶ。なぜ……?)を発行します。私は主に短歌のネプリを出力し、読んでいます。

印刷は3/3まで!

さて、早速感想を。今回私が出力したのは、歌眠さんの「宵越しの歌」。3月3日まで公開中なので、まだの方はぜひ。スマホやPCから直接閲覧できる、PDF版もあるそうです。ありがてえ……。

印象に残ったいくつかの短歌を引いて、感想を述べておこうと思う。

「めっちゃ邪魔」への連帯

思い切り走りだしたら社員証、社員証めっちゃ邪魔やねんけど
歌眠「宵越しの歌」より

「思い切り走りだしたら社員証」までは575の定型。しかし、「社員証めっちゃ」は8音。定型に比べるとやや収まりが悪いうえ、上の句と下の句を繋ぐように「社員証」が畳みかけられている。このリフレインは、反復で味わいを増すというより、何度も現れて邪魔な社員証そのものに見える。勢いよく駆け出そうとしたものの、首にぶらさげた社員証が揺れて邪魔。その景を描写するだけでなく、音数やリフレインでも異物感が強調されている。そのため、読み手は作中主体の苛立ちにいつの間にか連帯していく。単に走るのに邪魔なのかもしれないが、「走りだしたら」=興味や夢を探求しようと試みること、「社員証」=今の会社での環境や労働時間などのしがらみ と比喩的に捉えることもできて面白い。

方言も効いている。「めっちゃ邪魔やねんけど」は恐らく関西弁。逆接の「けど」が文末に置かれると、肝心の「けど、何なの?」が分からない。「けど」で尻すぼみに終わるような文章は、会話ではままあるように思う。私は関西弁ネイティブであり、「めっちゃ○○やねんけど!」はよく使用する。後ろに続く言葉はないのに「けど」と言ってしまうのは、よく考えると不思議だ。文末で何だか消化不良にしぼんでいく「けど」は、思い切り走りだした主体の失速とも重なる。言葉による勢いのコントロールが、景と文法との両側面から行われているように思う。その巧みさと初読時のコミカルな印象とのギャップがとても好きな歌だ。

うつくしい、こころの護り方

故郷にはifがたくさん落ちていて踏まないようにゆっくり歩く
歌眠「宵越しの歌」より

「if」は、人生において自分が選ばなかったほうの選択肢だろうか。久しぶりに故郷に戻ると、過去に直面した人生の分岐点に思いを巡らせてしまう。地元の知り合いの結婚・出産・就職・転職なども、目に入ってしまうかもしれない。
もし自分の選択に後悔があれば、「if」を全て踏みつぶし、粉々にすることで存在証明を図ってしまいそうだ。しかし、主体は「踏まないようにゆっくり歩く」。「そうであったかもしれない私」を壊さず、しかも自分自身の歩みを止めない姿に、凛々しさを感じずにはいられない。たとえそれが精いっぱいの強がりであったとしても、うつくしい態度だと思う。自尊心とはまた違う、こころの護り方。

また、読んでいて想像するのは、ガラスの破片や氷のように光る「if」の隙間を縫う光景だ。なぜか夜のコンビニからの帰路を想像してしまった。「もし」ではなく「if」とい英語が置かれているのも、英語の授業を思い出す。中学生の頃、英語を日常の会話に混ぜるルー大柴構文が流行した。イマドキJCはルー大柴を知らないのにも関わらず、だ。きっと覚えたての単語を使うのが嬉しかったからだろう。作者の意図かは分からないが、この短歌にひとつだけ英語が用いられていることで、そんな「地元ノリ」を思い出すに至った。私にも、「if」の間をゆっくりと歩く日が来るだろうか。そのときは自分にできる限りの優しさで、私だったかもしれないものたちに向き合えることを願う。

しんどいオブザイヤー受賞作

完璧なひとになりたい 完璧なひとと友達になりたくはない
歌眠「宵越しの歌」より

わかる~~~~~!!!!!しんど~~~~~!!!!!と思いながら、目をぎゅっとつぶってしまった。自身は完璧を目指しておきながら「完璧なひとと友達になりたくはない」のは、きっとその「友達」への劣等感に苛まれるためだろう。無意識のうちに友人に対してイニシアチブをとりたがってしまったり、不用意に他人と自分とを比較してしまったり。人間関係あるあるな気がするが、これがあるあるだとしたらほんと人間嫌だな……。ピンポイントにしんどさのツボを突く短歌で、比喩も珍しい表現もないのに心に突き刺さる。装飾がない分まっすぐ飛んでくる槍みたいだ。
あるいは、自分が完璧になる分にはいいが、完璧なひと(というより完璧主義者)の細かい性格とはそりが合わない可能性もある。「自分はいいけど他人はだめ」という思想だ。これはこれで往々にしてエンカウントするタイプであり、うっすら心当たりもある。分かりたくないけれど分かってしまう。読んではしんど~~~~~!!!!!となり、また読んでは……を繰り返してしまう魅力がある。夜中に死亡キャラについて思いを巡らせるときに似た心の動きになる。

さいごに

作者の歌眠さん、素敵なネプリをありがとうございます。本当は全首鑑賞したいくらい、どれも好きでした。コミカルとシリアスの境界に立つような歌も好きですし、「花」や「夜空」といった定番のモチーフで新鮮な歌を仕上げられる手腕も尊敬です。

外側をつたうだけだと知っていて でも たて書きで降らすなぐさめ
歌眠「宵越しの歌」より

これは短歌のことを詠んだ、メタ的な歌なのかなと思いました。「宵越しの金は持たない」という美徳が存在しますが、いくつもの夜を越えて「でも」の続きが読めることを、そして「でも」の続きを詠まざるを得ない自分自身をも、うれしく思います。

読んでくださった皆様にも、感謝を。

2023/02/28 ツマモヨコ


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