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カラオケで歌いたいほど愛してる

真夜中の買い物から特別感が失われてしまったのは、いつからだろう。

祖父母の家から徒歩10分の距離にスーパーベルクができたとき、私も従姉も小学生だった。
それまでは公園や片道30分ほどのスーパーしか遊ぶところがなかった私たちは、瞬く間にベルクに魅了された。
ベルクはお菓子コーナーが充実していて、店内で焼かれたパンも試食ができ、おまけに紙コップのジュースが買えるイートインスペースまであった。

祖父母の家に泊まりにいくときはたいてい夏休みか冬休み。
アスファルトから立ち上る余熱にくるぶしを焼かれながら、あるいは雪に足を取られながら、私と従姉と4つ下の弟はいつも喜び勇んでベルクを目指した。
夜でも子どもだけで遊びに行っていい、初めてのスーパー
それが、ベルクだった。

昼間に親や祖父母と一緒に行くベルクと、夜に子どもだけで行くベルクは、まるで別物のようだった。
昼のベルクはちょっとよそよそしく、大人にしか用がないような冷たい顔をしている。
対して夜のベルクは、だいぶ親しげだ。

昼間と違いカートが頻繁に通らないぶん、私たちは色とりどりの駄菓子をしゃがんで一つひとつじっくり眺めることができた。
大人の目がないから、好き放題買い放題だ。
まるでヘンゼルとグレーテルが出会ったお菓子の家みたい。

お惣菜やパンも値引きされているから、お小遣いが少ない私たちでも気軽にカゴに入れることができた。
煌々と明るい店内で見る夜の食べ物は、いつだってどれも輝いて見えた。

そして、夜は人が少ないぶん、店内の陽気なBGMがよく聞こえた。

あなたのべルック~ 暮らしにベルック〜 Just for your life(じゃっふぉーゆらーいふ)」

スーパーといえば流行のJ-POPのインスト曲だと思い込んでいた私たちにとって、歌詞つきの歌は衝撃だった。

「"あなたのベルク"だってよ!!!」

甘やかな朗々とした歌声に耳を澄ませた私たちは、次第に一曲まるまる歌えるようになった。
意気揚々とベルクの歌を歌いながら点々と街灯の灯る牛糞の匂いがする道を歩いていると、急にぽかっと「Belc」の看板が現れる。
クリーム地に赤く大きく浮かび上がるその文字を見るや否や、私たちはこれから始まる楽しい買い物に心を躍らせ、ベルクに向かって走り出した。
その高揚感たるや!

そんな子ども時代から十数年の月日が流れ、私と従姉は西葛西で一緒に暮らしていた。
たまたま自転車を漕いでいたときにベルクを見つけた私は、興奮しきって従姉にこの街にベルクがあることを告げた。

「今すぐ行こう!!!」

あっという間に同じテンションになった従姉と、深夜の道をウキウキ歩く。闇にぽっかり浮かぶ看板が郷愁と結びついたとき、私たちは完全に子どもに戻っていた。

「この店も駄菓子あるかな!」
「焼き鳥の出店出てんじゃん!」

大はしゃぎで店内に入ると、懐かしい匂いに包まれる。
そうだ、これが私たちのベルクだ。
人がまばらな店内で、ベルクの歌は変わらず明るく流れていた。
私たちは特にほしいものなんてなかったのに、値引きされた骨付き肉や寿司をしこたま買った。
そしてエコバッグをぶんぶん振りながら、ベルクの歌を歌って帰った。
私と従姉は生活リズムが違うから一緒に出掛けたりする機会はあまりなかったのだけれど、夜のベルクだけは別だった。

その後ひとり埼玉に越した私は、またしてもベルクと再会した。
家からちょうど10分くらい、祖父母の家の近くにあったベルクと同じくらいの距離に建っていたのである。
はじめは喜びに心を震わせたものの、残業した夜にビールやコッペパンを買いに行くようになると、明るいテーマソングが思い出とない交ぜになってしっとりと身に染みてくるようになった。
一日の終わりにへとへとでたどり着くベルクは、もう明るく楽しいだけの場所ではなかった。

駄菓子コーナーにしゃがみ込むことをしなくなった代わりに、青果コーナーや大豆製品の棚の前で過ごす時間が増えた。
ベルクはテーマパークのような無邪気な遊び場から、より生活に密着した切実な存在へと、暮らしのなかで変貌を遂げていたのだ。
一人で行く真夜中の買い物は、もう心躍るイベントではなく、明日を生きるための必要な習慣となっていた。
もう私はベルクを遊び場とする子どもではなく、「暮らしにベルク」を体現する大人の一人なのだ。

私も従姉も弟も全員成人し、祖母は死に、もう祖父母の家にはしばらく行っていない。
そのことが、時々信じられなくなる。
ベルクにいるとほんのたまに、自分が小学生のように錯覚する瞬間がある。

真夜中の買い物のキラキラ感は大人になって失われてしまったものの、ベルクは私たちにとって相変わらず特別なスーパーだ。
見かければどんなときもほんのりと嬉しくなるし、従姉と二人でドライブをしているときならほぼ必ず寄る。
カラオケにベルクのテーマソングがあったら弟と三人で熱唱したいよね、なんて話も出るほど、私たちはベルクを愛している。
この歌はいつも、私たちが無邪気な子どもだったころの記憶をはるか彼方から呼び起こしてくれる。


こちらはメディアパルさんの企画、「#好きなスーパー 教えてください!」に参加しています。
下の記事のなかの「あのころ(いろいろなお店が休業を余儀なくされていたとき)、私は必需品を買うことのできる便利な場所というだけでなく、スーパーへ行くことが貴重な楽しみだと感じていました」という一文に、「そうなのそうなの!スーパーに行くことってめっちゃ楽しいの!」と子どものころの興奮がよみがえり、参加させていただきました。
子どもだけで夜のスーパーに行く特別感、懐かしいなぁ。


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