見出し画像

鶏、やむを得ず牛を騙る

ことの発端は、お土産でもらった和牛名産地の牛肉レトルトカレーだった。
「和牛」と金の文字で書かれた、真っ黒な箱。そういえば、スーパーでも牛は黒いトレーに入れられていることが多い。あるいは銀。一方、豚や鶏は白かベージュだ。あのトレーから放たれる格式の差はいったいなんなんだろう。

それはともかく、カレーは一人前だった。中途半端に小腹が減っているときに一緒に食べるという選択肢もあるけれど、信じられないことに夫は普段おやつ休憩を取らないタイプだ。
それなら一人で食事をする日に食べてしまおうかな。
ところが待てど暮らせど、夫が飲み会に行く気配はなかった。

「最近、あなたの中学高校時代の同期と集まってないんじゃない?」と、それとなく水を向けてみても、「久しぶりに出社するなら、会社の人と夕食食べてきたら?」とややダイレクトに勧めても、彼は常にさっぱりと「いや、いい」と断ってしまう。

ひょっとして、うちに和牛カレーがあることを知っているのか?
そう疑ってじっと顔を覗き込んでみても、彼は素知らぬ顔で味噌汁を啜っている。

ところがある晩夫は、「〇日に◯◯で飲もうって誘われたんだけどさー……」と切り出した。
ついにチャンス到来である。
心躍らせて続きを促すと、「家で食べたいから断っていいかな?」。

行きなさいよ!!!
和牛カレーが食べられないでしょうが!!!

いったいどうして、彼はそれほどまでに家で食べることにこだわるのか。
「だって電車乗るのダルいし、家で食べればすぐシャワー浴びられるから楽だし」
そりゃそうだけど!せっかく誘ってもらっているんだし、そのお店、かなり高級なところじゃない。たまには外食してくれば?

私の反論を黙殺した彼は、「それにさぁ、好きでもない人と豪華なご飯を食べるより、あなたと食べる粗食の方がおいしいし」と、こともなげに続けた。

いま、どさくさにまぎれて「粗食」っつったな? 
そんなことを言うなら、ご自分でお作りなさいな。

そう冷たく夫を睨みつけると、彼は慌てて「褒めてる褒めてる、身体にいいご飯だよね」と付け足した。
若干ムッとしたまま、一人暮らしのころに比べれば断然品数の多い食卓に目を向ける。
この日の夕食は、玄米ご飯に味噌汁、ゆで卵とカブのぬか漬け、小松菜と鮭の炒めもの、それから納豆。

粗食でも豪華なご飯でも、あなたと食べるからおいしいのです
もはや哀願に近い口調で、夫が言い直した。
何回粗食って言えば気が済むんだ。でもそこまで言われれば、まぁ悪い気はしない。
仕方がない。夫にも、高級レトルトカレーを分けてあげましょう。

レトルトの箱をひっくり返してみたら、とうに賞味期限は切れていた。
翌日いそいそと八百屋で玉ねぎや人参などの野菜を買い込み、スーパーへと移動する。
また粗食と言われるのも癪なので牛肉を買おうと思ったが、黒いトレーに整然と並べられた牛肉の値段は一食で消費するにはなんとも惜しい価格だった。お客さんがいるならまだしも、私たち二人だけで食べる値段じゃないな。
無言で一歩下がって、豚と鶏のコーナーに滑るように移動する。吟味の末に、価格と味に安心感のある鶏むね肉をカゴに入れた。
これらをしっかりと炒めた上から和牛カレーのレトルトをかければ、二人分にかさ増ししたカレーの完成だ。
普段私が作るトマトベースのインドカレーとは違う、つやつや、黒々としたカレーができた。

その晩カレーを一口すくった夫は「なんか、いつも以上に本格的な味がする」と目を輝かせて、パクパクと匙を進めた。
その反応に気をよくした私は、「ふふふ、なんせ今日のカレーには和牛が入っているからね」と高級感のあるレトルトの箱を得意げに見せた。

すると、彼は目を丸くした。
「でも肉、鶏だよ?これ、鶏だよね?」と、匙でわざわざ鶏肉をすくって見せてくる。
んなこと、わかってるよ。
「あなたの家って、“今日は牛肉よ~”って言いながら鶏肉を出してくるタイプ?」
邪気しか感じられない発言を、目をキラキラさせて無邪気に聞いてくる。
ちがうわい。そもそも、そっちが粗食がいいって言ったんじゃん!(そうは言ってない)

牛肉カレーのはずのカレーに鶏肉が入っていたことに夫は狂喜し、これをきっかけに牛と鶏をネタにからかってくるようになった。
ふるさと納税で手に入れた牛肉で牛丼を作ると「これは本物の牛だね!100%のBeefだね!」とやたら強調してくるし、都市づくりゲーム「マインクラフト」で牛を殺した際には「あかん!間違って鶏を殺してしまった〜!(チラッチラッ)」とこちらの反応を窺ってきたりする。「ついでに100グラム78円の鶏むね肉を210〜220円分くらい買ってきてくれない」と出かける夫に声を掛けると、「鶏むね肉という名の牛肉じゃなくて?」と満面の笑みで聞いてくる。

こういう同級生、昔いたよなぁ。
こちらが引けば引くほどノリノリで、しつこくしつこく絡んでくるタイプ。
そんなに盛り上がる要素があるとは全然思えないのだけど。

今年の会社の忘年会にも、夫は参加しないつもりらしい。
いま我が家には、一人前の牛すじ赤ワイン煮のレトルトがある。
その食べどきを虎視眈々と窺いながら、いっそここにも鶏むね肉を入れてしまおうか、ちょいと迷っているところである。

この記事が参加している募集

おうち時間を工夫で楽しく

私は私のここがすき

お読みいただきありがとうございました😆