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ツイッター政治は3%の過激派ばかり? 「一部の声を大勢の総意に感じさせる」SNSプリズム

 インターネットの留意点にこんなものがある。「声高な糾弾者たちは特定集団のマジョリティとは限らない」。なんらかの超人気コンテンツや有名人に関する炎上が起きた際、過激化した何百人ものファンがSNSで悪目立ちしていたとしても、そのスタンスが超巨大ファンダムの多数派ではないかもしれない。年齢層がはばひろい集団なら、日常的にSNSで趣味にまつわる発信をしている人すら過半数ではない可能性がある。たとえば、アメリカだけで5,000万人を超える『スター・ウォーズ』ファンのうち、一体何パーセントが『最後のジェダイ』が気に入らないからといってわざわざアジア系女優や監督への中傷攻撃に参加したのだろうか?
 こうした規模の誤診の問題は、2024年現在でも報道や政治の専門家を悩ませている。

Xや党派的メディアで大々的に報道されている事象が、一部の声高な人々の関心ごとに限るのか、それよりも広範なのか。こうした判断は、プロのメディア業界人ですら難しくなっている。
主要因:X、Facebookといったプラットフォームを動かしているのは大量のフォロワーを持つアカウントだ。その多くは非常に挑発的で、党派的で、懲罰的である。こうした性質の発信をアルゴリズムが増幅させていく。結果、小規模なことや些細な分断が巨大に見えるようになる

Why America isn't as divided as we think, according to data - Axios

 もとをたどれば、ソーシャルメディアの影響力が注目されていった2010年代とは「SNSを過大評価していた時代」でもあったのではなかろうか。その代表例がアメリカ政治である。特に文化左派方面のでアイデンティティ政治がSNSで盛り上がり、そうした社会正義ムーブメントへの反動派閥も生んだ結果、文化(的政治)戦争が一大タームになった。しかし、ドナルド・トランプ大統領のサプライズ勝利を経た2010年代終盤には「SNSで熱心に政治を語っている有権者は現実だと少数派」とするリサーチが注目されていった。

過激派は6%なのに、政治クラスタの過半数

 フィルターバブルやアルゴリズム、選挙介入など、2010年代米国のSNS過大評価疑惑を追う本に『ソーシャルメディア・プリズム』がある。国勢調査等をもとにわかりやすくまとまってるので、ざっと引用しよう。

2016年、「極端なリベラル」を自認するアメリカ人はわずか3%、「極端な保守」も3%だったのに対し、大勢のアメリカ人(47%)が「穏健」「ややリベラル」「やや保守」を自認していた。これにアメリカ人の5人に1人が自分のイデオロギーについて「わからない」または「考えたことがない」と回答していたことを考え合わせると、あの3%という数字は雄弁だ

「極端にリベラル」ないし「極端に保守」を自認するアメリカ人は3%ずつしかいなかったのだが、ピュー研究所の調査によれば、共和党派の55%が民主党派は「極端にリベラル」だと、そして民主党派の35%が共和党派は「極端に保守」だと思っている

クリス・ベイル, 松井信彦『ソーシャルメディア・プリズムSNSはなぜヒトを過激にするのか?』

 「分断」がトレンドワードになっていたアメリカ政治だが、じつは民主党、共和党の二大党派間で社会政策ベースの意見の距離は大して変わってなかった。一方で加速した党派敵対に関しては、そもそも二大政党の両方がウィングを広げたり岩盤支持層維持に尽力したりと色々あるのだが……2010年代マスメディアにも影響を与えたTwitter(現X)の話に入る。

党派によらず、たいていの穏健派がオンラインでは政治について一切議論しない。ピュー研究所がツイッターユーザーを対象に実施した 2019年の調査では、中央値のユーザーは国政について一切ツイートしておらず、国政についてのツイートがわずか 1回かまったくなしというユーザーは 69%にのぼっていった。また、アメリカの成人によるツイート全体で見ると、国政についてのツイートは 13%しかなかった

ツイッターでは政治的コンテンツのほとんどが少数のユーザーによる投稿だった。具体的には、政治について頻繁にツイートするユーザーは全ツイッターユーザーの6%でしかないが、その投稿は全ツイートの20%、国政に言及しているツイートの73%を占めている。さらに、政治について頻繁にツイートするユーザーの半数近くを過激主義者が占めていた。過激な意見の持ち主はアメリカの人口の6%ほどなのだが、政治について頻繁にツイートするユーザーの55%が、きわめて保守ないしきわめてリベラルを自認している

クリス・ベイル, 松井信彦『ソーシャルメディア・プリズムSNSはなぜヒトを過激にするのか?』

 ここで使われているピュー調査を掘ってみると、国政クラスタの平均年齢は高い。

65歳以上のツイートは米国成人の総ツイート中10%に過ぎない一方、国政関連の投稿では33%を占める。より広げると、50歳以上のツイートは全体29%だが、国政関連では73%にのぼる。対照的に、18~29歳の若年層のツイートは全体20%でありながら、政治関連だとわずか4%である

Small Share of U.S. Adults Produce Majority of Political Tweets| Pew Research Center

 つまり、Twitterの米政治クラスタは、現実の有権者層を反映するすぐれた鏡とは言いがたい。ゆえに、オンライン空間で熱狂的に支持される政治的見解が広範な人気を博しているとは限らない。国政選挙の命運を握るマジョリティたる穏健派は、リベラルだろうと保守だろうとインターネットで政治見解をあまり公表しないのだから。

Twitter左派は高学歴白人ばかり

 さらに米政治を掘ってみよう。SNS民主党員にフォーカスした2018年調査に「The Hidden Tribes of America」がある。これをNew York Timesが特集したことで「WOKE(差別問題など社会正義に熱心な左派)」系は民主党派有権者のマジョリティではく、高学歴白人過多で多様性に欠けたグループであることが多いと知れわたった。記事の派手なところだけざっと紹介。

  • 米民主党には「WOKE」に支配された政党というイメージがあるが、SNS上の民主党派と現実の有権者の傾向は重ならない

  • SNSで活発に政治発信する民主党員に対して、そうでない民主党員グループはより多様性に富み、穏健で、教育水準が低い。後者こそ、大統領予備選で比較的穏健な候補、つまりバーニー・サンダースでなくジョー・バイデンを勝たせたマジョリティである

左:SNS上の民主党員/右:リアル世界の民主党員
  • 白人は「SNS民主党員」の7割を占めるが「その他の民主党員」では半数程度である。対照的に黒人は「SNS」で11%だが「その他」だと24%にのぼる。中道、穏健派は「SNS」の3割しかいないが「その他」では過半数

  • 「ポリティカル・コレクトネスは米社会の問題」と考える「SNS民主党員」は半分以下だが「その他の民主党員」だと7割をこえる

  • カジュアルなNYTリサーチでは「Twitter民主党員」の8割がリベラル、大学の学位持ちで、ポリティカル・コレクトネス問題視は2割にとどまった。このうち黒人回答者はわずか2%

  • SNSで政治意見を発信していない民主党員、ひいては民主党員全体が穏健寄りなことを踏まえれば、民主党員の過半数が「左傾化より穏健化を望んでいる」結果になった世論調査も驚きではない

  • これらの結果さえ、Twitter民主党員の力を過小評価してるかもしれない。彼らはSNSを通じて政治ジャーナリストと関わり、メディア報道に影響を与えることで社会通念形成に強力な影響を与えている可能性がある

ソーシャルメディア・プリズム

 SNSの魔力のひとつは、限られた人々による主張を大勢の総意かのように感じさせるプリズム作用だ。2010年代アメリカ式ツイッター文化左派にしても、この「ソーシャルメディア・プリズム」のリスクを秘めていた。「多様性」を掲げてメディアに影響を与えていった同集団は高学歴白人ばかりだったため、民主党支持層の鏡としては「包括性」を著しく欠いていた可能性が高い。こうした影響力の誤診は大統領選挙にまで届いたかもしれない。

2016年と2020年の民主党予備選挙において、圧倒的なインターネット人気を誇った左派バーニー・サンダースの敗因となったのは、穏健、黒人、南部、高齢層での支持の低さとされる。対バイデンだと非大卒白人層もファクター

 2016年当時、マイノリティ層集票を当然視していたと言われているヒラリー・クリントン陣営は、重要票田かつ穏健派、消極的民主党支持が多い黒人グループへの対策をおこたった結果、彼らの棄権が大きな痛手のひとつとなって敗北した。民主党はここから学んだのか、2020年選挙に黒人層や高卒白人から支持を受ける超党派売りのジョー・バイデンを立てて勝利した。民主党政権に転じた2020年代初期になると、バドライト不買運動に象徴される保守派文化戦争が盛り上がっていった。こちらにしても、大統領予備選で「反WOKE」を掲げたロン・デサンティス候補の空まわりを見るに、共和党員の投票動機としてあまり機能していない。
 現地聞きとりの類で興味深いのは、めったに政治的見解を発信しない穏健派の声だ。多くの人が政治家たちの文化戦争にうんざりしている。少数派を攻撃する宗教保守あるいはMAGA議員に対して「セクシャルマイノリティの人々が安全に過ごせるようになるべきだ」と憤る共和党員だっているし、トランプ支持の白人男子高校生を攻撃していった左派活動家を見て「子どもにあんな酷いことをするなんて信じられない」と嘆く民主党員もいる。「被差別マイノリティ」属性とされる有権者でも、画面上でめだつラディカルな権利運動の派手な主張には及び腰であったりする。こうした穏健派の多くは、とくに経済、治安の対策強化を求めている。つまり、基本的な国勢調査と変わらない。
 政治選挙の命運を握るマジョリティであるはずの穏健層は、声高ではないこと、そしておそらく「普通すぎる」ことでインターネットや報道で目だたない。日本も似た状況かもしれない。
 SNSは政治に影響をもたらしたし、社会問題にも貢献した。たとえばMeToo運動は、欠点を指摘されることもあるが、総体的には酷い目に遭った人々に償還を与えうる選択肢、さらなる被害者を減らしうる方法を教えただろうし、国際規模で性加害への問題意識を向上させたはずだ。2023年ハリウッド組合ストライキにしても、立場の弱い脚本家たちの団結に貢献したのは元TwitterことXでの情報共有とされた。当然、不平等や人権の問題は軽視してはならないものだ。多数派に支持される意見が絶対に正しいわけではないし、その反対も同様である。それでも、あるいはだからこそ、ごく一部の意見を強大に思わせるSNSの魔力の存在を心にとどめていたほうがいいだろう。
 こうしてるあいだにも、穏健や中道どころか一般ユーザーのSNS通常投稿は減っていっているし「ソーシャルメディア・プリズム」を利用する工作が珍しくなくなっている。冒頭で紹介した『最後のジェダイ』中傷騒動には、米国の混乱とイメージ低下をねらったロシアの介入が報告された。

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