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『経営管理システムのデザイン』序文

現在,これまでの研究をまとめた著書の発刊に向けて準備中ですが,序文はこんな感じで書き記しました。

著書のタイトルは,『経営管理システムのデザイン:中小企業の管理会計実践の分析』となる予定です。不安と期待とドキドキが重なる時間を日々過ごしています。他の仕事が手に付かなかったりもします。正直自分の研究には何も自信がありません。ただ,まとめることで自分に何が見えたのかを知りたいし,それがお読み頂いた皆さんにどんなインパクトを与えられるかを知りたい。

序文を読んで「つまらん!」「おもしろい!」様々なご意見があるかと存じます。こんなこと考えているんだと知ってもらえると嬉しいです。

序文

そもそもマネジメント・コントロール・システム(Management Control System;以下,MCSと略記する)を設計する経営者は何を考え,どのような管理技法を選択し,それを組織成員に浸透させ,組織目標を実現しようとしているのか。経営者自身は企業目的や目標を実現するために,MCSやその中核である管理会計システムを用いてどのような世界を築こうとしているのであろうか。その設計思想を問おうというのが本書の大きなねらいである。そして,そのために本書が主たる研究対象としているのは「中小企業」である。

「中小企業」という言葉が指すイメージは,人によって異なる。例えば,経営者が企業を代表する立場にありながら,時に組織成員とともに汗を流してモノづくりに励むような町工場的な企業が「中小企業」として一般的に想起されるものだろう。その一方で,製造業では300人以下(資本金3億円以下)でも中小企業に区分され,これらの企業では大企業でも用いられるような管理会計技法を用いてマネジメントが行われている。日本国内に存在するほとんどの企業(およそ99.7%)が中小企業に区分されるがゆえに,「中小企業の管理会計実践」と一言で言っても実は極めて多義的である。研究対象を同定するのが難しい。パパママ・ストアと呼ばれるような極めて小規模な小売業において取引記録を残したり,製造業で生産管理を行うために作業時間を記録することも「管理」である。これを簿記・会計による管理と考えて良いのかどうかは議論の余地があるが,筆者はどんなに小さな企業でも「会計に基づく管理」は行われていると考えている。もちろん,階層型組織を前提とした伝統的な管理会計理論が一定の規模の中小企業においてどのように適用されているのかを明らかにすることも,本書が明らかにしたい中小企業の管理会計実践の1つである。しかし,単なる管理の状況,管理のための技法研究だけでは,「中小企業における管理会計実践」を明らかにしたことにはならない。そこで,本書は「デザイン」という概念を基軸に中小企業の管理会計実践を明らかにしようと試みている。

『経営管理システムのデザイン』という表題の意図は,経営者が企業目的や目標を実現するために,MCSや管理会計システムをいかに設計するか=デザインするかを問うことにある。本書におけるデザインの定義は「与えられた環境で目的を達成するために,さまざまな制約下で,利用可能な要素を組み合わせて,要求を満足する対象物の仕様を生み出すこと」(Ralph and Wand 2009, 108) と考えている。MCSのデザインは,組織規模の大小に関わらず,システム設計者である経営者と,そのシステムで活動する組織成員(管理者や従業員)という関係を前提とする。その中核である管理会計システムにおいて,経営者は組織成員と会計目標を共有し(財務管理機能),彼らの合意と納得を引き出して会計目標を実現する行動をもたらす(動機づけ機能)ことができるように制度設計を行っている。このとき,経営者は組織目的や目標の実現を図ろうとするためにMCSや管理会計システムの構築を図るが,組織成員はその意図を必ずしも十分に理解しているとは限らない。なぜなら,「私たちのコミュニケーションにおいては,情報交換の構造が先にあるのではなく,その場に生じている先行的な編集構造が先にある」(松岡 1999, 119)から,経営者にとって使いやすいシステムであっても,それが組織成員にとって望ましいシステムであるとは言い切れない。だからこそ,デザイナーたる経営者はMCSの設計において組織成員のシステムに対する「理解の理解」が必要になる。立場が異なることで生じる認知ギャップや,それぞれが個人として持つ情報の編集構造をすり合わせできるように,企業内部の情報機構であるMCSや管理会計システムはデザインされなければならない。ここに情報システムとしていかに「デザイン」するかが重要だと考える理由がある。

こうした視点を踏まえて,本書はサーベイ調査とインタビュー調査を用いて中小企業の管理会計実践を明らかにし,『経営管理システムのデザイン』がいかなるものかを示そうとしている。

本書の前半は,熊本県と福岡市に所在する中小企業に対して実施したサーベイ調査をもとに,中小企業の管理会計実践がどのような状況であるのかを把握することに努めた。そこでは企業規模によって利用されるMCSや管理会計システムに相違があることを仮説として設定した。後半は,その研究から得られた知見をもとに,西日本を中心とした各地の中小企業を訪問し,経営者や管理者,従業員へインタビュー調査を行った。主として製造業を対象としているが,従業員数10名程度の小規模事業者から,30名,50名,そして300名を近い中堅企業など,各章で取り上げるケースとしている。そこでは,経営者がどのような目的でMCSの整備を実施し,期待通りMCSが機能しているのかをインタビューしている。中には,従業員に対して調査を行い,彼らの視点から見たMCSや管理会計システムについて尋ねている。このような手続きを経ることで,経営者によってデザインされたMCSや管理会計システムが組織成員に対してどのように受け容れられているのか,経営者と組織成員との間にある認知ギャップや編集構造のズレがどのようにして起きているのか,どのようにすり合わせしていこうとしているのかを明らかにしたいと考えている。限られた時間で十分な調査件数であるとは言えないが,経営者のみならず,組織成員に対してインタビューを実施していることは,本書の1つの特徴である。

以上のように,本書は筆者が行ってきた10年と少しの調査研究を取りまとめたものである。中小企業を対象とした管理会計研究を始めた頃,この領域はまだまだフロンティアであった。しかし,今や多くの論文が発表されるようになり,筆者の研究アプローチが必ずしも学界の最先端とは言えないかもしれない。ただ,中小企業において日々の実務を実践されている皆様からの声に耳を傾け,それぞれにリアリティが持てるような記述を心がけてきた。その結果として,本書が採用する「デザイン」という視点が理論的にも実務的にも何らかのインプリケーションをもたらすことができれば幸いである。

また,筆者の力量不足から,調査方法や実証分析のプロセスにおいて質,量ともに研究として十分なものではないという見解もあり得ることは承知している。ありうべき誤謬は筆者の責に帰するものである。それでも,管理会計や中小企業の研究者はもちろん,中小企業経営に携わる経営者や管理者,中小企業の経営支援を行う会計専門家(公認会計士や税理士など),中小企業政策に携わる行政におられる方々にお読み頂き,わずかながらでも本書が社会的にインパクトのあるものになれば幸いである。

まだ中途半端ですが

少し早めに読みたい人は草稿段階のまとめをこちらのマガジンでご覧ください。1,000円はちと高いかもしれませんが。

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