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センチメンタルな旅・冬の旅 荒木経惟

 アラーキーの写真集である。
 私はこれまで写真集は二冊しか買ったことがない。ひとつは本書で、あとひとつは神藏美子さんの「たまもの」である。最初に買ったのは本書で「たまもの」は後から買った。
「たまもの」は、評論家の坪内祐三のところから、編集者の末井昭のところに走った作者が、坪内への恋情も断ちがたく、苦しんだ愛憎の五年が記録されている。アラーキーが言った「私写真」の方法である。
 そして本書は、アラーキーの最も優れた「私写真」の達成である。
 「センチメンタルな旅」はアラーキーと妻の陽子さんの新婚旅行の記録だ。どの写真でも陽子さんは、怖い顔をしている。怖いというか何かに挑むような不機嫌な顔をしている。新婚旅行なのに。
 ほぼ20年後、アラーキーは再び陽子さんを撮る。陽子さんは子宮癌で余命は一年と宣告される。二人の間に子供はなく、愛猫チロがいた。
 「冬の旅」は仲睦まじい二人の写真から始まる。陽子さんは笑っていた。それから、病院を見舞う道すがらの写真が並び、チロが写り、やがて陽子さんの死顔、焼かれたお骨が写り、遺影の前の喉仏の骨が写されて、それがチロに似ている、とアラーキーは書く。
 哀切である。
 写真家の篠山紀信は、死顔まで撮ったことでアラーキーを激しく批判した。
 本棚を整理していて、ほぼ三十年ぶりに再読した。頁をめくる度、心を絞られるような気持ちになった。ああ、まだ自分の感性は老いていないな、と少し安堵した。
 たぶん売ってしまうだろう。売る前に、もう一度読めてよかったと思った。

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