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司令の休暇 阿部昭

 一時期、気に入って阿部昭ばかり読んでいた。共通一次の試験問題にでて、あの作家は誰だ、みたいに盛り上がったが、すぐに盛り下がった。話としては、元海軍の父が病に倒れ死ぬまでの話である。ここに兄の話が絡んだりする。親が死ぬ話は、「海辺の光景」をはじめとして私小説界では鉄板である。恋人が病に倒れ死んじゃう話並に多い。と思う。親の人生と自分の過去を俯瞰するにはもってこいの筋立てだからであろうか。
 阿部昭は他に「単純な生活」とかあって、鵠沼かどこかの単純な生活が語られる。ハマったのは、文章である。それこそ単純な文章なのに滋味深い。なんか大した事件も起こらないのに読ませる。
 恥ずかしながら昔々「文学界」の新人賞に応募したことがあって、それは当然落ちたのだが、ある日、TV朝日から(あるいは下請けの制作会社から)電話が掛かってきた。なんでも「ニュースステーション」という番組で「人はなぜ小説を書くのか」という特集をやるので、アンケートに協力して欲しい、というのである。賞に応募すると、電話番号がTV局に流れるのか、と今なら大問題だが、当時はその辺ガバガバだったのだろう。私も大して気にしなかった。はぁ、とか言って協力した。聞かれたことの大半は忘れてしまったが、一つだけ、「好きな作家は?」というのがあって、それだけ覚えている。
「阿部昭です」
「えっ? ナベアキラですか」
「アベアキラ」
「なべ?」
「いや、あべ」
「ああ、アベアキラですね」
その頃、"なべやかん"という芸人がいて、"なべおさみ"の子供で、大学入試で不正があったとか、たけし軍団に入ったとか、ちょっとした話題だった。
 電話の主は、どこかで"なべやかん"を連想してしまったのだろう。しかし、「文学界」に応募する人間の好きな作家が「なべ」って?! そんな作家おらんし! ていうか、こいつ本なんて読まないな。などと思い不快だった。
 後日、ニュースステーションの特集を見た。いろんな人がでてたが、中に自分の戦争体験を書き続けてる人がいて、その量が半端なかった。天井まで堆く原稿が積まれている。本当に原稿の山だった。毎日書くと言う。まだ、終わらないと言う。誰も読まない小説を大量に書き続けるこの人の人生ってなんだろう、と思った。それはそのまま自分に返ってくるようで、暗然とした。

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