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ファンタジー短歌の方法④世界観構築

前回のあらすじと今回のテーマ


前回は「異世界」を表現する際の方向性と、その意味について検討しました。未読の方は以下をご一読ください。

今回は世界観の作り方を考えてみましょう。本記事では、小説で使われる世界観の構築方法を短歌に応用できるか検討してみます。ファンタジージャンルに焦点を当てた説明になりますが、その点はご容赦ください。

世界観の基本的な考え方

世界観とは、個人や集団が、世界を理解し解釈するかを決定する枠組みです。この枠組みには、宇宙観や人生観、歴史観など、世界に対する様々な考え方が含まれています。

読者の皆さんも、日々の経験や蓄積された知識を通じて、独自の世界観を形成しています。世界観は時代や文化の影響を受け、生活と密接に関わるものです。説得力をもった表現をするためには、主体の世界観に寄り添った描写する必要があると考えます。

しかし、短歌は文字数の制限により、世界観を細かく説明することは難しいです。限られた言葉の中で世界観を構築するために、何を作中に取り入れ、何を省いてもよいか決めておくと後々楽です。

世界を成り立たせる要素

では、世界が成り立たせるためには具体的にどのような要素が必要でしょうか。鳥居(2021)は『物語を作る人のための世界観設定ノート』で、以下の要素を挙げています。

■世界はどんな要素で成り立っている?
1.歴史
2.文化
3.宗教
4.国家
5.階級
6.地形・気候
7.食事
8.人口
9.村・町・都市・国・他地域との関係
10.経済
11.技術の発展
12.ファンタジックな存在

鳥居彩音『物語を作る人のための世界観設定ノート』

本記事では、上記の要素の中から特に重要な①歴史・文化、②地形・気候、③技術の発展、④ファンタジックな存在の4点に焦点を当てて検討します。他の項目に興味を持たれた方はぜひ出典をご覧ください。

①歴史・文化

皆さんが書こうとする作品世界では、国や町はどのように発展し、どんな文化が受け継がれているでしょうか。登場人物の思考や行動は、彼らが置かれている物理的または精神的環境、つまり、その歴史と文化によって形成されます。

ただし、歴史や文化をそのまま記述すると露骨な描写になりがちです。異世界を描写する際には、主体の価値観をなるべく間接的かつ自然に描写するとよいでしょう。言うは易く行うは難しですが……。

まず、吉岡太朗の短歌を取り上げてみます。

はるかなる常世の国からやってきたもんとして耐える屁のこきたさに

吉岡太朗『世界樹の素描』

ユーモアを感じる歌です。「常世の国」とは遠くにある理想郷を意味します。引用歌を含む連作では、主体が妖精として表現されています。

上の句では、主体の出自を説明することで、隠されたプライドや自己認識を示唆しています。妖精としての価値観を提示し、放屁に対する葛藤が表れています。吉岡の歌は、公共の場での放屁が失礼とされる価値観を前提としており、現実世界の価値観からも理解がしやすいです。

連作全体で見たときには引用歌の印象が変わってくるので、歌集もぜひ読んでみてください。短歌でどのように方言を活かしているかも注目ポイントです。

読者を驚かせるような価値観を取り入れることもできます。雪舟えまの歌を見てみましょう。

うれいなくたのしく生きよ娘たち熊銀行に鮭をあずけて

雪舟えま『たんぽるぽる』

一読して、熊銀行とは?と疑問に思います。熊に鮭をあずけて大丈夫なのでしょうか。童話的なモードで読んでみると、熊銀行というものがあり、熊に常習的に鮭をあずけていているイメージが見えてきます。なんだか楽しそうですね。

この世界観では経済的なプレッシャーや、労働のストレス等の生活苦は、意図的に除かれているように思います。現実世界には憂いが多いですから、そうならないでほしいと願う、祈りのような歌と言うこともできるでしょう。

②地形・気候

歌の背後にあるとなる地形や気候は、主体の生活様式や作品の雰囲気に影響を与えます。例えば、海辺の村に住むのと、都市に住むのとでは生活様式が変わり描写が大きく違ってきます。自然詠でも、都市詠でもそうですが、周囲の環境ごと詠んだほうが描写が豊かになります。

小説であれば周辺国家の設定まで必要なケースもありますが、短歌ではそこまで詠み切れません。連作のボリュームにもよりますが、最低限、主体の生活圏や、描写したいシーン周辺設定だけでも問題はないと思います。

大森静佳の短歌を見てみましょう。

狂うのはいつも水際 蜻蛉来てオフィーリア来て秋ははなやぐ

大森静佳『カミーユ』

この大森の歌では、秋の風景とオフィーリアが描写されています。まだ蜻蛉が飛んでいるぐらいの少し涼しい秋の気候や、水際の湿った空気感を想像させます。

オフィーリアはシェイクスピアの『ハムレット』に登場する人物です。ミレーが描いた川に浮かぶオフィーリアの絵画はご存知の方も多いでしょう。オフィーリアは狂気に陥り川で溺れ死んでしまった女性です。

歌のメインテーマはオフィーリアの感情、つまり狂気についてだと言えます。ただし、オフィーリア自体が描写の中心にはなっていません。

歌の前半後半のそれぞれ最後の部分に「水際」と「秋」が置かれることで、空間全体自体に視野を広げる作りになっています。オフィーリアを直接的に描写せず、彼女を取り巻く環境に焦点を当てることで、読者へ空気感を手渡すことに成功しています。

③技術の発展

技術の描写は慎重に行う必要があります。時代背景や設定された世界に不釣り合いな技術は、物語の世界観を損ねる「オーパーツ」となりかねません。世界観を統一した連作を作成する場合は使用する名詞に調整が不可欠です。

抜きがたき敵基地星も 新爆弾ためせば、あはれ 新星ノヴァと燃え果つ!

松宮静雄『SF短歌 ウルの墓』

『SF短歌 ウルの墓』から星間戦争の歌を引いてみました。主体は敵の基地が星を観測できる地点から語っています。宇宙船内なのか、どこかからのカメラ映像なのかはわかりません。宇宙空間に生身でいることはできないので、おそらく室内だと思われます。「新星と燃え果つ」は敵基地が超新星爆発とともに燃え果てるということですね。

「基地星」や「新爆弾」といった用語は、未来の高度なテクノロジーを示唆します。この歌では2023年よりも未来の文明が描かれていますが、逆に、過去を連想させる「羊皮紙」などの用語が使われた場合、全く異なる時代の雰囲気が出てきます。その世界観のその場所には何があるのかは、設定によってある程度決まってしまいます。

④ファンタジックな存在

現実世界では、妖精や竜などのファンタジックな存在はを目にすることはできません。いないものを描写することになりますから、描写は現実世界から遠ざかります。うまく詠み込めば読者に驚きを与えることができますが、下手をすると歌の没入感を弱め、歌全体の解像度を下げてしまうので注意してください。

川野芽生は以下のように、竜を詠み込んでいます。

天上に竜ゆるりると老いる冬われらに白きいろくづは降る

川野芽生『Lilith』

竜が天空たたずむ姿が見えたでしょうか?この歌は2通りで読めます。現実世界をベースにした読みなら、冬の空から降る雪を竜の鱗に見立て、ファンタジーの要素を現実世界に投影していると解釈できます。一方で、異世界における実際の竜が空に浮かぶシーンを直接描写しているとも読めます。

「ゆるりると」浮かんでいるとすれば、東洋の蛇に近い竜でしょうか。竜と人々の関係性は良好な様子なので、この竜は畏れの対象というよりは神聖な存在として描かれているようです。

この歌のようにファンタジックな存在を導入する場合は、その存在が世界観ではどのように扱われていて、どのように調和しているのか考慮して表現する必要があるでしょう。

まとめ

世界観を作っていくイメージは見えてきたでしょうか。ファンタジーの世界観についてさらに詳しく考えたい方は、宮永忠将の『クリエイターのためのファンタジー世界構築教典』もおすすめします。「物語の舞台の決定」「なぜ魔法が必要か?」等々、面白いテーマが取り上げられていて、創作に役立つこと間違いなしです。

世界観設定がある程度できたところで、次回は異世界の描写について検討します。

参考文献

・大森静佳『カミーユ』(書肆侃侃房)2018
・川野芽生『Lilith』(書肆侃侃房)2020
・鳥居彩音『物語を作る人のための世界観設定ノート』(株式会社パイ インターナショナル)2021
・松宮静雄『SF短歌 ウルの墓』(短歌新聞社)1980
・宮永忠将『クリエイターのためのファンタジー世界構築教典』(宝島社)2020
・吉岡太朗『世界樹の素描』(書肆侃侃房)2019

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