リモートで過ごす春

4月になった。新しい顔ぶれが加わった職場は緊張感とどこか華やいだ雰囲気に包まれていた。

昨日の夕方、次男から電話があった。1日が入社式で、今週からはしばらくリモートで研修だという。それは大変だし、疲れるだろうなと思って聞くと、

「朝、パソコン開いて講習受けて、さっきまで。話聞いてるだけだから、何って大変なことはないよ。けど…つまんないよね。」朝自分の部屋で一人パソコンを開く息子の様子を想像して胸が痛んだ。こんなところまで、コロナによる社会の変化は冷たい現実を押し付けてくる。

3月の終わりに息子の引っ越しの手伝いを兼ねて、大学のキャンパスに連れて行ってもらった。卒業式に保護者は参加できなかったので、記念にスーツを着て写真を撮ろうという計画だった。たまたま研究室に返す本があるからと、息子が所属した研究室に私も連れて行ってくれた。

春休みということもあって、廊下で数人の学生とすれ違っただけで、人の気配はあまりなかった。卒論を指導してくださった教授の部屋の隣に学生達が使う部屋があった。パソコンと専門書が並んでいる。

「ここも本当ならゼミで集まったりするんだろうけれど、結局一度もそういう機会はなかったな。だから、卒論の時は自由に使わせてもらってたけど。」

そうだなぁ、そういう大学3.4年の頃に少人数ゼミで学びあったり親交を深める機会もコロナでなかったんだなと、あらためて胸の片隅がつらくなった。しかたない、これもまたどうすることもできないことだ。隣にいる息子は、新しい部屋に引越しを前に、新生活への希望に燃えているように見えた。

今日も息子はパソコンに向かっているのだなぁ、自分が社会人になりたての頃の華やいだ緊張感や仲間や同僚との出会いを思い出した。あれは特別な春だった。息子にはまた違った特別な春があるのだろう。どちらが、ということではない気もする。しかし、若者が本来ならば出会えた人やできた経験が奪われていることが、どれほどの損失か、考えて欲しいと思うのだ。

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