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受験、そして引っ越し

    高校3年の息子は、自由登校期間に入り、週に1日の登校日と教習所通いの生活になった。自分の部屋でのんびりしている時間が多くなった。時々大きな笑い声が聞こえるのは、友達とオンラインゲーム等をしているらしい。これから受験の友人の顔を思い浮かべると申し訳ないような生活である。それでも、2ヶ月近くを、こんな風に息子とのんびり過ごせることはとても幸せだ。

   長男の時を思い出してみると、2月の今ごろは私立受験の真っ只中だった。はじめての受験だったので前日から私も一緒にホテルに泊まり、試験に向かう長男を見送った。息子を待つ間、用意してきた本をだいたい一冊読むのだが、内容が頭に入るわけもなかった。それでも、夕方受験を終えた息子の顔を見るとほっとした。息子の大好きなラーメンを有名店を探しては食べてから帰るのも楽しかった。2月の半ばまでそんな受験にどっぷり浸かった日々をおくり、月末には合格発表があった。残念ながら最後に受験した第一志望からの合格通知は来なかった。悔し涙を流しながら、来年もう一度挑戦したいという長男だったが、私たち夫婦はそんな息子を第二志望の大学に入学するよう説得した。あまり努力家とは言えない長男がさらに一年の受験に耐えられるとは思えなかったからなのだが、今思うと、私たちは長男の可能性を狭めてしまったのだろうか。あるいは信頼されていないという思いを長男に抱かせてしまったかもしれない。最初の受験で親の私たちの方にも、自信も勇気もなかったと思う。その後次男には浪人させているのだから、長男には全く申し訳ない。

   そこからの1ヶ月は慌ただしかった。大学の近くの不動産屋に予約をして、何件かの賃貸物件を見て回った。国公立の合格発表前ではあったけれど、残っている物件でなかなか気に入るところはなかった。それでもようやく契約を決めて、引っ越しの準備、電化製品の購入と追い立てられるように3月は過ぎた。忙しさに心を奪われているうちに、あっという間に引っ越しの日が来ていた。

   3月終わり、家の近くの公園は桜が咲き始めていた。「電車に乗る前に桜の写真撮りたいから乗せていってくれる?」息子に頼まれて公園に向かった。桜並木の下で車を降りて、息子が写真を撮っているのを車から見つめた。写真を撮り終わった息子が笑顔で走ってくる。「撮れたからもういいよ。」その後、もう一度家に帰って、残りの荷物をリュックに詰めて背負った息子を駅に送った。例年より早く咲き始めた桜が、風で舞いはじめていた。

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