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夢ばかり見る日々/春の始まり

夢を見た。

夢の中では、私のかつて住んでいた街が雪に覆われていて、寒々とした風景が広がっていた。葉を落とした木にも雪が積もっていて、その木は雪の重さに今にも枝が折れそうだった。

私はその寒々とした街の中を歩いているのだけれど、道の途中にぽっかりと穴が開いていて、その穴はものすごく深い。きっと下を見たら落ちてしまう、落ちてしまったらもう二度と戻ってはこれない…という、まるで「ノルウェイの森」の直子のような気持ちになったところではっと目が覚めた。

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夢であることに気がついてホッとする。暖かいベッドと布団に感謝しながらまた目を閉じた。

妊娠してからというもの、とにかく色んな夢を見る。これは色んな妊婦さんが言っていることなので、同じように夢をよく見る妊婦さんは多いんじゃなかろうか。どうやら妊娠しているときは眠りが浅くなりがちなので、夢をたくさん見ることになるらしい。楽しい夢ならいいのだけれど、ホルモンバランスの乱れなのか、体調のせいなのか、何だかちょっと楽しいとはかけ離れた夢が多い気がする。

妊婦って眠っているときも心が休まらない。というか1日中ずーっと心は休まらない。初期は悪阻がひどくて起きる羽目になるし、中期に入ると夜中トイレに起きることが増え、ぼんやりとお腹の胎動を感じながら「おお〜元気そうねえ」とウトウトできる日はいいんだけど、はっと目が覚めたときに「あれ…?そういえばあんまり動いていない…?」みたいな夜は辛い。動いてくれ〜と念じながら眠れない夜を過ごすことになる。そして、足がつることも増えるので、痛みで目が覚めるなんてこともしばしば。

これでもまだ中期終わりかけなんである。友達が後期は本当に眠れないと言っていたので、今から戦々恐々としている。

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そういえば、私の妊娠生活は夢から始まったようなものだった。

妊娠が分かる少し前に、寝ているときにやけにはっきりと「ママ、大好き!」という声がしてはっと起きた日があった。

何だかその台詞だけはとてもはっきりと覚えていて、あれ、女の子の声だ、とぼんやりとしながら、うーんあれは私だったのかな?誰の声なんだろう?と考えつつ日々を過ごしていたら、娘がお腹の中にいることが分かったのだ。

もちろん、性別の確率は2分の1だし、偶然だと言ってしまえばそれまでなのだけれど、私はきっとずっとあの声を忘れることはないんだろうなぁとぼんやりと思う。

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これは全妊婦さんみんなそうだと思うのだけれど、とにかく妊娠生活って不安との戦いなんである。

朝起きて、「無事かな?」と不安になり、仕事をしながら(仕事中って胎動が少なくなりがちなのだ)「元気かな…」と不安になり、検診が終わってホッとしたのも束の間、また次の検診まで不安な日々を過ごし、検査結果を待ちながら不安な日々を過ごし、お腹が張ると横になりながら不安になり、食べ物を口に入れるときも不安になり…。

ひとつの不安がなくなるとまた次の不安がやってくるんである。そして、そこに体調の悪さだったりホルモンバランスの乱れが加わるので、本当に妊娠生活って凄まじく大変なんである。

私の場合、特に初期が辛かったので中期になってだいぶ精神的にも身体的にも落ち着いたかな、と思っていたけれど、やっぱり不安が完全になくなることはなく、急な腹痛で耐えきれなくなり病院に駆け込んだり、本当に無事に産めるのか不安でいっぱいになったり、色々と調べて落ち込んだり、そんな日々をずーっと繰り返している。

不安になるってことはもうちゃんと、私は子どもの心配を無意識にしてるってことなのかぁとちょっとしみじみしたりしてしまうけとやっぱり不安は不安なのだ。とにかく無事に産まれてきてくれと願うことしかできない。こうして、人は少しずつ親になるのかもしれないね。

「出産は奇跡です」みたいな短い言葉で片付けてしまうには、あまりにも妊娠生活って壮絶すぎるんじゃなかろうかと思うのだけれど、妊娠生活を実際に送ってみて、やっぱり改めて子を産むという決断をして、産んで、日々育てている人たちってこんなにも色んなものと戦ってきたのかと思うと改めてすごいなぁと思う。出産は待ってくれないから、コロナ禍だろうと被災地だろうとどこでも子どもは産まれてくる。もちろん不安は人それぞれだから、比べることなんてできないけれど、やっぱりそうした未知の不安と隣合わせの妊婦さんたちが少しでも心が休まりますようにという気持ち。そして、私もなるべく心穏やかに過ごしたい。

そして、みんなまるでそれが何事もなかったかのように飄々と子育てをしながら生きているように見えてしまうからすごい。というか、実際のところは産まれてきたら大変過ぎてもう…って感じなのだろうか。まあ出産って終わりじゃなくて、長年にわたる育児の始まりでしかないもんな…、でも妊婦の身からすると出産を乗り越えて、毎日育児をして、みんな本当にすごいとしか言えないんである。

そうやって色んな人がこの妊娠生活を乗り越えて、社会が今まで回ってきたんだなぁと思うと、何だかその世界の不思議さみたいなものにじーんとする立春の日なのだった。






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