第286回 火山灰をどう活用するか

1、論文を読んでみよう Vor.3

これまた本業の方でちょっと調べ物をしていて、再読した論文を今日は紹介します。

丸山浩治 2015「考古学的手法を用いた火山学研究」『考古学研究』62ー2

論文というか、正確には考古学研究会第61回総会において報告されたものの書き起こしです。
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2、考古学研究の誌面から**

ちなみに、本論文が掲載されている雑誌の構成を少し紹介すると

今回紹介する論考と同様に、61回総会の研究報告として

中塚武「酸素同位体比年輪年代法がもたらす新しい考古学研究の可能性」

藤山龍三「更新世から完新世への推移と人間活動」

論文として
金子昭彦「縄文土偶の終わり」

展望として
天智天皇山科陵とされる御廟野古墳の立ち入り参加記(杉本宏)

新たな連載企画として
アートな考古学の風景①「アートと考古学」ってなに? (村野正景 岡村勝行)

というラインナップになっています。

どれも刺激的で皆さんに紹介したいものばかりです。

3、復興できる地域と廃絶する地域

さて、ようやくフレームワークです。

・どんなもの?
平安時代、10世紀前半に噴火し、広範囲で積もった火山灰(十和田テフラ)について、発掘調査で堆積が確認された遺構のデータを集めて、それを元に噴火の前後で集落がどう変わったかを調べてきた著者が、改めて課題を提起するもの。

・先行研究と比べてどこがすごい?
まずは、ほかの追随を許さないデータ量。本文でも「地道な作業」とか「古典的な手法」とか自虐的に語っていますが、それによって集められたデータが多いということで統計的に優位なものにもなり得ます。

「広域における総体的な動態を扱った研究例はほとんどない。」

と記述されている通りです。

・技術や手法のキモはどこ?
十和田テフラだけではなく、白頭山テフラ(中国と北朝鮮の国境付近の火山から噴火した火山灰)と合わせて分析。
竪穴建物に堆積したテフラを以下の三つの要素から分類します。
①堆積位置:建物跡の床面か、埋まった土のどの高さか。
②堆積状況:厚く層状なのか、塊や粒で混入している程度なのか
③焼失状況:建材などが焼失した炭化材などの上か下か。

その結果、十和田火山が噴火後で白頭山噴火前に廃絶した遺構を抽出できた。つまり十和田火山噴火後の10〜30年間に起こった変化を伺うことができるようになったということが一義的な成果です。
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・どうやって有効だと検証した?**
上記手法で得られた成果と出土遺物の分析から地域の動態がどこまで説得力を持って描けるのか、ということに尽きると思います。

従来9世紀から10世紀にかけて土師器の甕の形が変わることが指摘されてきましたが、テフラというフィルターを通すことで、画期(変化の転換期となる時期)と地域差が明確になった、と記されています。
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・議論はある?**
描き出された地域の状況を確認してみましょう。

馬淵川中流域は従来から大集落が営まれていた地域ですが、噴火の被害が大きく、その後集落が激減していることがわかりました。

一方で安比川流域も火山からの距離は変わらないものの、拠点的な集落が噴火後に復活しています。

論文所収の地域動態を示した図。スキャナ
ないので画質はご了承ください。

この現象の説明として律令国家の領域とエミシの領域の境目だったことから、復興させる力が働いたということなのだという解釈がなされていますが、この辺りは別のアプローチから反論があるのかもしれません。

分析結果から歴史解釈にまで持っていくことはなかなか難しいですね。

・次に読むべき論文は

大矢邦宣2006「古代北奥への仏教浸透についてー北緯40度の宗教世界」『十和田湖が語る古代北奥の謎』校倉書房

火山灰からの復興の拠点となったのではないかと指摘されている八葉山天台寺の実態について知る必要があると思いましたので、出展元の論文を読んで見たいと思います。

4、データ蓄積が進むかどうかはは最前線の人間にかかっている

いかがだったでしょうか。

今から1100年前の火山噴火が近隣の地域の集落の変遷にどう影響を及ぼしたのか。

火山から同じくらいの距離にある集落でも復興するところと放棄されるところの差はどこにあるのか。

膨大なデータと分類作業によってかなり迫ることができている、興味深い論文でした。

十和田テフラはミヤギの遺跡でもよく見られます。

ですが、著者のいうように詳細な分析に耐えうるような記録がしっかりとれているかと言われるとあまり自信はありません。

考古学者、地域の文化財担当者がしっかり基本となる知識を共有する必要があるという好事例です。

難しくてわからなかったよ、でも論文の趣旨を読み間違ってるよ、でも構わないので、コメントいただけると嬉しいです。

#毎日更新 #歴史 #エッセイ #考古学 #論文


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