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生産工場を失ったニットウェアブランドが思うこと、そして未来のこと


ジリリリリリリ。


寒さ厳しい長野県の朝、全てを切り裂くけたたましいベルの音、始業の合図。
4年経っても意識していないと肩を揺らすほどの音量と音圧。
サイレンのようでずっと嫌いだった。何度も耳を塞いこの音を聞く最後の朝になるなんて、想像もしなかった。

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改めて自己紹介させていただきます。新田至歩(にったしほ)と申します。
先月、私がデザイナーを務めるニットウェアブランドtunicaの製造元、そして私の勤務先でもあるニット工場が廃業しました。
この場を借りて今まで工場と関わってくださった多くの方々に感謝を申し上げます。

今回は工場での思い出とニット業界に対する思い、そして今後のブランド運営についてお話しさせていただきます。

1.工場での思い出


約4年前、私はテキスタイルエンジニアとして長野県のとあるニット工場に入社しました。

1本の糸から編み出される「ニット」という無限の世界。その魅力は、楽しさも苦しさも、まさしく底のない沼で。とんでもないところに足を突っ込んでしまったと気付くまで、それほど時間はかかりませんでした。

テキスタイルエンジニアとしての仕事:
ニットCADという専門のコンピュータソフトを用い、自動横編み機で編成するためのデータ作成、そして編み機を操作し編み立てまで行っていました。
取引先ブランドのサンプルを担当したり、オリジナルの編地を開発したりも。



そして入社して2年が経過したころ(2020年11月)、tunicaというニットウェアブランドをスタートしました。

モデル:明澄

tunica(チュニカ):
ラテン語で「被膜」の意。ニットと向き合う日々のなかで編み目ひとつひとつに空気と光を含んでいることに気が付き、私たちの繊細な感情を包み込む被膜となるニットを作りたいという思いから名付けました。


こういうブランドをやりたい、と工場の上の人たちに提案した時の資料(と呼べるほどのものではない…)は今でも手元に置いていつでも見返せるように。なかなかうまく言葉で表現ができないことがもどかしく、説明しながら泣きそうになったことが昨日のことのように思い出されます。




テキスタイルエンジニアとして、そしてデザイナーとしてニットの深い深い沼にずぶずぶと足を引きずり込まれながら、忙しない日々の楽しみとなっていたことがありました。

それは、工場に勤める皆さんとの交流です。


"老舗工場"、そんな肩書きを名乗るような環境でどんな人々が働いていると思いますか。想像してみてください。


実はあなたが想像する人物像の、8倍は個性が強い人々が働いています。(※個人の感想)
少女のような心を持つベテラン、絶対に褒め言葉をくれないおばちゃん、紳士な佇まいのパチンカーおじいちゃん etc。万が一にも個人が特定されては申し訳ないのでぼやかした一例を挙げましたが、本当に個性豊かな人たちが集まった工場だったと思います。まあ私もそのうちの1人だったわけですが...。

私とは違ったのは、その多くの人がニットとともに長い歴史を歩み、高い技術をもった職人さんだったこと。何度その背中に憧れを抱いたか数え切れません。
「褒め言葉をくれない」などと先ほどは紹介してしまった方もいましたが、皆さん根は本当に優しくて、半人前な私やtunicaのことをあたたかく見守ってくださいました。
工場での最後の日も、「tunica期待してるよ」「無理だけはするな」「困ったら連絡しろよ」、そんなあたたかい言葉をたくさんかけていただきました。次の就職先が決まっていない方も多く、それぞれが大きな不安を抱えるなかで私にくださった言葉や表情のあたたかさをこの先忘れることは絶対にありません。



出勤時間が近いおじいさんと毎朝かわす朝刊の話題。全く知らなかった相撲の世界も少しだけ話せるようになったり。

年の近い同僚とお昼のニュースを聞き流しながらするアニメの話題。あのキャラにはこんなニットを着て欲しいなんて、終わりのない妄想を笑って聞いてくれるのがうれしかったな。

うまく編めなくて夜中まで工場にこもり、夜勤のおじさんと語り合った小説の話。太宰ばっか読んでないで同じ新田なんだから新田次郎は読んでおけよと言われたっけ。



長年積み重ねてきた歴史が終わってしまうこと、培ってきた高い技術が継承されないこと。心から残念でなりません。

けれどそれと同じくらい、いやもしかするとそれ以上に、工場の皆さんとの何気ない日々をもう二度と共に過ごせないことが寂しくてたまらないのです。
会社がなくなるということは、その会社に関わる全ての人々の日常に喪失という変化をもたらすことです。心に悲しみや不安を与えることです。

工場の長い歴史にとって私が過ごした最後の数年は本当に短いものでした。けれどその密度は例えようがなく濃いものだったといえます。
同じ工場の一員として、高い技術力をもった個性豊かな皆さんと過ごした日々に、感謝と誇りでいっぱいです。

大好きな5Gの機械。私より長生きしているおじいちゃんのような編み機ですぐに調子が悪くなる手間のかかる機械でしたが、そこがまたたまらない愛おしさでもあり。tunicaで人気の「雷鳥ニット」もこの機械がじっくりと時間をかけて編んでくれました。ありがとう。


工場が廃業した理由について、私は経営に携わっていたわけでもありませんし、ましてや私の口から話すことではないでしょう。
もしかすると、多少でも生産現場の苦しい現状を耳にしたことのある方は「アパレル業界・ニット業界に殺された」などと思われるかもしれません。
しかし実際に勤めていた私が思うのは、業界のせいだけには出来ないということです。さまざまな考えを持った人々をまとめ、厳しい状況の中でも共に歩み経営していくというのは本当に難しい。ましてや先ほどお話ししたように個性豊かな人々の集まりだったわけですから。

とはいえ社会を見渡すと、高騰し続ける原料費にも関わらず氾濫する安い服。上がることのない賃金に厳しい労働状況。
考えてみれば生産現場が豊かになれないのは、このような状況が生み出した必然である気がしてなりません。

2.国内ニット業界に思うこと


tunicaの製造を担っていた工場が廃業したことで、新しい工場とのお付き合いが始まりました。

相変わらず、工場でお話を聞いたり勉強させてもらえることはいつだって刺激的な時間です。
編み機の音やゴミ箱の中の捨て糸、ハンガーラックの端で長い時間眠るスワッチ。
古さの中にもどこかで新しい光を感じられる景色。
どこも同じなんだなと思ったり、そんなやり方が出来るんだと新しい発見があったり。
こういった時間が私のクリエーションにとってはなくてはならないものだと改めて思い知らされ、大切に守っていきたいと強く感じました。


話をするなかでうれしく思ったのは、日本には高い技術をもった職人さんが多くいること。
残酷に思ったのは、その素晴らしい技術を継承することの難しさ。そして、小さなブランドがものづくりを続ける厳しさ。

生糸産業からメリヤス業へと時代とともに変遷し、数十年ものあいだ浮沈の激しいファッション業界のクリエーションを支えてきたニット。
その長い歴史のなかで生真面目な性質の日本人がコツコツと積み上げてきた技術の高さは、現時点での力が間違いなく最高のものであり、これからも研鑽され磨き上げられていくことでしょう。

しかし、そのことをうれしく誇りに思いながらも「10年後は続いているかわからない」と苦しげに笑う熟練の職人さんの顔が私にははっきりと浮かびます。
後継者不足や経営不振など理由はさまざまあれど、「このままではいけない」という強迫観念が現在の国内のニット業界には渦巻いています。
どんなに磨き上げた技術も、素晴らしい人材を抱えた工場も、継続されなければそこまでで喪失してしまいます。
私が、そしてtunicaが経験したまさにあの喪失です。

もちろん中には今後も順調に歩みを続けていくであろう工場もたくさんあります。ファクトリーブランドや海外進出など、新しい挑戦や研究に弛まぬ努力を続けていらっしゃいます。
しかし、こういった工場にはtunicaのような小さなブランドはお付き合いさせてもらえないのが現実です。

何百枚、何千枚と量産される商品はそれだけたくさんの利益をもたらします。
苦労して作った商品も、たった10枚の量産か300枚の量産か、どちらにしても生み出すときの苦労は変わらないのですからその苦労からはたくさんの利益が生まれる方がいいに決まっています。そのことは工場で働いていた身として嫌というほど思い知らされてきました。
そして大きな工場になればなるほど抱えている人材や設備は多く、それらを守るためにたくさんの利益が必要で、わずかな利益しか産むことのできない小さなブランドとのお付き合いはできない。しない。これは当たり前のことであり企業として正しい判断です。

ものづくりは時に残酷なのです。


とはいえこのような正しい判断が必要な大きな工場だけが残っていくのだとしたら、小さなブランドはものづくりを続けることができません。

大きな工場で作ってもらえるくらいの枚数がつくブランドに成長する。それも一つの大切な目標ではあります。

けれど、天邪鬼なデザイナーでもある私は全てのブランドがそれではつまらないと思ってしまいます。
少量だからこそ挑戦できる技法があったり、使用できる素材があったり。購入するお客様からしても「僅かしか生産されていない」といった希少性に魅力を感じる方もいらっしゃるのではないでしょうか。

うれしいことに、こういった私の考えに賛同してくださる職人さんが少なくともまだ日本にはいらっしゃいます。
しかしその人たちは「10年後は続いているかわからない」と苦しげに笑うのです。
この職人さんたちとこれから私はものづくりを続けていくわけですが、この人たちが幸せに生活を送り、そして10年後も(願わくはもっと先までも)ものづくりを一緒に続けていくためにはどうしたら良いのか。
それこそが今後のtunicaの活動の目標であり、続けていく意味でもあると思っています。

3.今後のtunicaについて


ものづくりの残酷さを美しい洋服へと昇華するのがデザイナーである私にできることであり、これからもtunicaのクリエーションは続きます。

今後の目標は大きく分けて2つ。

①ブランドとしての成長


tunicaを纏ってくださる皆さんには「tunicaの世界観・感性に触れることで、日々をより文化的に豊かに過ごしてもらいたい」と思っています。そのためには私自身が感性や審美眼を磨く努力を続けなければなりませんし、適切な方法で情報発信もしていきます。
もちろん売上枚数を伸ばすことも諦めません。ある程度以上の枚数が無ければ利益を生み出すことができないのは変わることのない事実です。何より自分の作ったものがたくさんの人に届くことは作り手にとって代え難い喜びであり、これはデザイナーである私を含め関わってくださる工場の方も同じ気持ちです。

ニット技術の追求も続けます。私にはテキスタイルエンジニアとしての魂が根付いてしまっているためやめようにもやめられません。


②国内ニット業界の現状を知ってもらう


ブランドの活動を通してニット業界の現状を多くの人に知ってもらいたいと思っています。
そしてブランドを応援してくださったり、お洋服を購入してくださる皆さまのモノ選びの指針になっていきたい。今まで述べてきたような国内の生産現場の状況を知ったうえで少しでも考えてくださる方であれば、破壊的な価格の「安さ」だけでものを選ぶことはできなくなると思います。
驚くほどの安さの裏には絶対に誰かの苦しみや悲しみが含まれています。これは絶対にです。
好きなものの選択に変な重みを感じてほしいわけでは決してないのですが、あなたが購入してくれた1着がブランドに勇気を与え、そしてその勇気が鬱積した業界に一筋の光をさすかもしれないということを頭のほんの片隅に置いてもらえたらと思います。

tunicaを纏う人はもちろんですが、私はtunicaに関わる人全てが幸せで、健やかであってほしいと心から願っているしそのために行動します。
だからこそ信頼のおける工場の皆さまと密に関係を築き、商品に還元し、お客様とも健やかな日々を共有していきたいと願っています。

知ることで、考えることで行動は変わります。そして行動はのちに世界を変えます。

これからも私は現場に足を運び、自分の目で見て感じた現状を、職人さん達の声を発信していきます。そこからさらに環境が改善に向かい、ニット業界に興味を持って働きたいと思ってくれる人が生まれたりしたらもう、泣くほどうれしい。

私はtunicaのデザイナーとして皆様の健やかで豊かな日々のために骨身を(あくまで健やかに)削っていく所存です。素敵なお洋服を纏う幸せは他に変えられない美しい喜びを孕んでいますから。
どうか少しでも応援していただけましたら幸いです。

4.最後に


ここまで長い文章をお読みくださりありがとうございました。
拙い文章で伝わりにくい点など多々あったかと思いますが、私がニット大好き人間でこれからもtunicaとして頑張っていくぞ!ということが伝わっていましたら何よりです。そしてあわよくば国内のニット生産現場に興味を持っていただき、tunicaを応援してくださったならばこの上ない幸せです。

廃業したばかりの頃は気持ちが沈み鬱鬱と日々を過ごしていました。
ひとりきり、ポーンと冷たい海に投げ出された感覚で、何も持たず泳ぎ方も知らない私はこの海原をどう進めばいいのか分からず、ただただ暗い水底を見つめていました。

けれど思い起こせば工場でのたくさんの思い出がありかけがえのない経験がありました。それは抱えて水に浮かんでいられないほどの重さの。
そして何よりも、tunicaを応援してくださる皆さんの存在が私を強くしてくれました。
私は何も持っていないなんてことは無かった。
それらは穏やかで優しい波となって背中を押してくれています。
進み方は泳ぐだけじゃなかった。

心より、本当にありがとうございます。こんな言葉では伝え切れないほどの感謝を込めて。




言葉にできない感情を包み込む被膜、それこそがtunicaのニットです。

次の新作発表は2023年4月頃を予定しています。
いままでの工場では作れなかったアイテムなんかも自由に企画していて、とってもどきどきしながら準備を進めていますので、楽しみにお待ちいただけましたら幸いです。
SNSでは進捗状況やなんてことのない日々のことなどを更新しています。よろしければ覗いてみてください。
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◎online storeは2023年2月にリニューアル予定ですので、そちらも楽しみにしていてください。

また皆様にお披露目できる日を、お会いできる日を、心から楽しみにしています。

これからもtunicaと、そして奮闘するニット業界をあたたかく見守ってください。私も皆さまの健やかな日々を願いながら創作に励みます。


明日もどうぞ健やかに!

写真協力:Soya Fujita, 写真上手な元上司
たくさんの感謝を:tunicaに関わってくださった工場の皆さま、tunicaを応援してくださる皆さま、家族、友人