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デイドリーム・ステーション

キネとミノ #4 「デイドリーム・ステーション」

あらすじ

電車に乗るとしょっちゅう寝過ごしてしまうんだ、と嘆くキネ。
寝過ごしてもしらない駅に行くとわくわくしてくるよね、というミノ。
だったら、いっそふたりで電車に寝過ごしに行ってみようという話になり、その計画をやってみることに。
電車で眠ったふたりの行き着く先とは…?

Part1 寝過ごしの計画

「ふぁーあ。さいきんあったかいから、眠いねえ」
「そうだね。もう5月の連休も終わったし」
 キネとミノのふたりは、昼休みの中庭で日向ぼっこをしていた。ちょうどお弁当を食べ終わって、次の授業がはじまるまでのんびりとしているところだ。

 眠そうなキネは、ふたたび軽くあくびをして言った。
「そういえば、この前電車に乗ってるときうっかり寝過ごしそうになっちゃってさ。慌てて飛び起きたんだけど、危うくしらないところに連れて行かれるところだったよ」
「まあたしかに、乗り物乗ってると眠くなるよね。あたしはバスに乗っているときにも寝過ごしたことがあるな」
「ミノでもそんなことあるんだ! じつはわたし、この前は未遂だったけどこれまで何度も電車で寝過ごしたことがあるんだよね。あのときの不安な気持ちといったらないよ! 
 目が覚めて、あれ、降りる駅まだだよねって時計を見るともう到着時刻は過ぎてて、窓のそとはなにやら見慣れない風景。そして次の到着駅のアナウンスを聞いて、あわわ、やっぱり乗り過ごしちゃったってわかったときのショックといったら…はあ」

 話しているうちにそのときの気持ちが再現されてきて、キネはしょんぼりとした顔になった。ミノはうなずきながら言った。
「わかるよ。一瞬パニックになって、自分がだれで、何をしにどこへ向かっているところだったのか、ぜんぶ飛んじゃうよね」
「そうそう! 心臓がどきどきするよね」
「うん、わかるわかる。でもそういうときってね、ちょっとわくわくしてこない? ふしぎな世界に迷い込んじゃったみたいな、物語の主人公になったような気分になるっていうか」
「うーん。それはないかな…」
「それはちがったか…」

 ふたりはぼんやりと中庭を眺めた。ハチの羽音が近づいてきて、それから遠ざかっていった。
 しばらく考えていたキネは言った。
「あのね。わたしが電車に乗るときって、いつも待ち合わせとかお店の予約があって乗るんだよね。遅刻しちゃうとだれかに迷惑かけるかもしれないから、だからわたしはミノみたいにおおらかな気持ちになれずに焦っちゃうんだよ、きっと」
「なるほど。あたしはとくに用事がなくてもふらっと一人で買い物しに電車に乗るからな。だから乗り過ごしてもそんなに焦らないのかも」
「そうか! だったらわたしもなんの予定もなく、乗り過ごしてもいいやって気分で電車に乗ればいいんだ。そうしたら、ミノみたいにふしぎな気持ちを味わえるかな?」
「まあ、あたしだっていつも無意味に電車に乗ってるわけじゃないんだけど」
 ミノはすこし怒ったふりをしてキネに言った。
「ごめんごめん、そういう意味じゃないんだよ」
 キネがそう弁解すると、ミノは表情をくずして言った。
「うん。まあたしかに、そういうときってわくわくした気持ちにはなるよ。でもだからといって、さあその駅で降りて探検してみようってふうにはならないね。すぐ反対側の電車に乗って戻っちゃうから」
「ええ、それはもったいない。どうして?」
「だって、一人だとあたしはそこまで行動力ないもの。いつかそういうことができたら楽しいかな、とは思うけどね」

 ミノの話を聞いたキネは、急に顔をかがやかせて身を乗り出した。もう眠気はどこかに吹き飛んでしまったようだ。キネは言った。
「だったらさ、ふたりで電車に乗って寝過ごしてみようよ。そして起きたところのしらない駅で降りて、その町を探検するの。そうすれば、わたしもミノといっしょになってわくわくできるよ」
「ふむ、面白そうだね。電車のなかってふつうは寝ちゃいけないのが基本だけど、その日は逆に寝に行くってわけね」
「そうそう。なるべくいつも使わない路線を使って、まず電車で二人とも寝てみる。で、先に起きた方が片っぽを起こす。それで次の到着駅で降りてみる。するとそこは自動生成のランダム・ダンジョンみたいに、わたしたちのしらない世界が広がっているはず!」
「でもさ、そんなにうまく寝られるかなあ?」
 ミノはあやしい表情で言った。
「あたしは寝なきゃって思うと緊張して眠れなくなるタイプなんだよね。その遊びをちゃんとやろうと思ったら、両方ともしっかり寝ないと意味ないでしょ? うとうと程度だったら一駅分のあいだで起きちゃうだろうし。ふたりがぐっすりと寝ている時間ぶん、電車はランダムな未知に向かって進むっていう仕組みなんだから」
 このミノの疑問に、キネはアイディアの湧き出るまますらすらと答えた。
「とにかく、寝やすい条件を整えてから電車に乗れば大丈夫だよ。まず、前日の睡眠時間を大幅に削る。そして当日の午前中は軽めの運動。それからなにかむずかしい本を読むかクロスワードパズルでもやって脳を疲れさせて、仕上げにお昼ご飯をたっぷり食べてから電車に乗ろう。
 わたしなんてなにもしなくたって寝ちゃうんだから、これだけしていけば爆睡かくじつ! ミノも、それだけやれば眠れるんじゃないかな」

 キネの計画を聞いて、すこし憂うつな顔でミノは言った。
「電車で寝るためだけに、そこまでしないといけないのか…」
「いや? いやならやめとくけど」
「いやじゃないし面白そうだけど、とりあえず睡眠時間はあんまり削りたくないね」
「じゃあ、それは不健康だしやめとこう。前日はいつもどおり寝ること。まてよ、電車にもパジャマとか枕を持っていけばもっと本格的に眠れるかも…」
「それ、もう趣旨変わってるからね。それだったら、いくらでもどうぞ寝てくださいっていう電車もあるんだよ。寝台列車っていうんだけど」
「あ、聞いたことある! それもけっこうなロマンがあるよねえ。寝てると勝手に遠いところまで運ばれてるんでしょ」
「日本なんか狭いから、たかがしれてるような気がするけどね。大人になったら海外旅行に行って、大陸のほうで乗ったりしたら面白そうだけど…まあそれはともかく、そのプラン、さっそく今週の日曜にでもやってみようか。ふふ、眠りこけちゃうのは、どっちかな?」

Part2 日曜日のキネとミノ

 その週の日曜日。電車での睡眠をかくじつにするためにキネとミノが考え、実行した計画はこうだった。

 まず、当日はがんばって朝6時に起床する。8時にコンビニで待ち合わせして、近くの河原をのんびりとウォーキング。それからふたりで公園に行って、フリスビーをして思いきり遊んだ。
 身体を動かしたあとはキネの家に行ってお勉強。勉強がひと段落したふたりは一緒にクロスワードパズルを解いて、ぞんぶんに頭を使った。

 頭と体がほどよく疲れたところで、お昼ご飯。この日、キネとミノは焼きたてパンが食べ放題のお店に行った。そしてサラダとスープをセットにして、チーズクロワッサンやベーコンエピ、焼きカレーパンや明太子フランスなど好きなパンをたくさん食べた。それでぷっくりとお腹がふくれたふたりは、おもむろに駅へ向かった。キネは言った。
「どうミノ、ここまですれば寝れるでしょ?」
「まあね。ほんとういうと、いますぐ帰ってちょっと横になりたいくらいだよ」
「おお、いい調子だね。わたしも、いまここに布団と枕があったら秒速で寝れるコンディションだな」
「うう。こんな状態で電車乗るのつらい…」

 日曜日の駅は混み合っていた。ふたりは路線をかくにんして、ICカードで改札を通った。ミノは言った。
「そういえば、切符を買うときはもちろん目的地を決めて買うけど、カードの場合はべつに行き先を決めなくても問題ないんだよね」
「たしかに。改めて考えるとそうだね。ICカードは、さいしょからランダムなわくわく要素をもってるってことだ」
 ふたりはそんなことを話しながらやってきた電車に乗って、その先で二回乗り換えた。そしてとなりの県に向かう各駅停車の電車に乗り込んだ。

 この路線の電車に乗るのは、ふたりとも初めてだった。列車は横一列のシートではなくて、二人掛けのシートと四人掛けのボックス席が並んでいた。空いていたので、ふたりは四人掛けの席に向かい合って座った。
 ミノは言った。
「なんか遠足みたいだねえ」
「たしかに! オリエンテーションしてる気分になってきた」
 キネは子どもに戻ったようにそう言った。
 当初の目的を忘れていないミノは落ち着いてキネに話しかけた。
「ここからは喋らず、しずかにしていようか。黙って目を閉じていれば眠くなるでしょ。しかしこの路線ってけっこう遠くまでつづいてるから、どこまで行くことになるのやら」
「わかった! じゃあ、おやすみ。ミノ」
「おやすみ、キネ」
 運転手のアナウンスがあり、電車が動き出した。
 ふたりはそうして、それぞれのまぶたをゆっくりと閉じた。

Part3 デイドリーム・ステーション

 もう三駅分くらい進んだかな。どうしよう。なんだか、興奮して目が冴えてきちゃったよ。ミノはもう寝てるんだろうな。おお、すやすやだ。さすがのミノも、早起きしてあれだけ遊んだら寝ちゃうか。せっかくだから、しばらく見てようっと。

 キネはそう思って目を開けると、正面で眠っているミノの顔をまじまじと見つめた。
 ミノの寝顔ってかわいいなあ。起こすのなんてもったいないよ。よし、スマホで写真にとっておいて、あとで見せよう。これはかなりのレアものだね。
 キネはこっそりミノの寝顔をスマホのカメラに収めると、そのとなりの席に移って目を閉じた。

◯…○…◯…○…○…◯……○…◯……○…◯……○…◯……○…◯……

「ミノ、起きて起きて。無事しらない駅に着いたよ」
「あれ、すっかり寝ちゃってたよ。キネもちゃんと寝れた?」
「うん、興奮してミノほどじゃなかったけど」
「まさかキネのほうが先に起きるとは…」
「ふふ、冒険となると目覚めがいいんだよ、わたしは」

 キネとミノのふたりは電車を降りてホームに出た。
 その駅で降りたのはふたりだけだった。ずいぶんと長いホームだ。
 ふたりは出口がありそうな方に向かって歩き出した。しかし、行けども行けども改札はどこにも見当たらない。ミノは言った。
「これ、ほんとうにこっちで合ってるの?」
「うーん、歩いてればどっかには出ると思うんだけどな…あ!ほら、あそこに出口はあっちだってあるよ」
 キネが指差したほうには、「出口➡️」という案内板があった。
「ほんとだ。じゃあ、もうすこし歩いてみようか」

 そうしてしばらく歩いていくと、ホームからあがる階段があった。階段を上って線路の真上をとおる通路から窓をのぞいて見ると、ローカルな作りのわりに巨大な駅であることがわかった。幾重にも線路が並び、それに沿っていくつものホームがずらりと並んでいる。

 その光景は、見渡す限りどこまでも繰り返しつづいていた。

 ミノは言った。
「こんなにおおきな駅があったなんて。それに、今のところだれとも会ってない。無人駅ってふつうは駅員さんのいない駅のことだけど、この駅はお客さんすらいない…」
「うん、ここまで無人だとちょっと不気味。電車もぜんぜん通らないし」
「あ、次はあっちだって」
 矢印にしたがって行くと、先ほどとはちがうホームに出た。今度はその先にある階段を下りて、地下に行くようだ。ふたりは案内板にしたがい階段を下りて、地下道に入った。しばらく行くと通路は十字に別れていた。
「これ、どっちなんだろう…?」
 通路の壁に取り付けられたいくつもの案内板を見ると、てんでばらばらな方角に矢印が向いていた。

 「出口➡️」「出口⬅️」「出口⬆️」「出口↗️」「出口➡️」「出口⬇️」

 それを見たキネは感心しながら言った。
「こんなにたくさん矢印が並んでいると、なんだか格闘ゲームみたいだねえ」
「もう、バカなこと言ってないで改札探そうよ。これじゃ駅から出られないよ」
 余裕のあるキネに対して、ミノはちょっぴりごきげん斜めになっていた。
 キネは言った。
「うーん、こっちかなあ。カンだけど」
「うう。なんで駅から出るだけでこんなに複雑なの…」

 その先でも似たような通路はつづき、階段を下りたり上ったりしているうちに、またさいしょと同じようなホームに出てしまった。やはり改札はどこにも見当たらない。ついにミノは言った。
「ちょっと疲れた。あそこのベンチで休もう」
「うん。そこの自販機でジュースでも買ってくるよ」

 ふたりは長椅子のベンチに座ってジュースを飲んだ。黙り込んだミノを見たキネは、ため息をついて言った。
「はあ、どうしてこんな駅で降りちゃったんだろ。ぜんぶわたしのせいだね。ごめん、ミノ。またへんなことに付き合わせちゃって」
「べつにいいよ。あたしはキネがあたしの感覚をわかろうとしてくれただけで、十分うれしかったし」
「そう? でもこのままじゃ駅を出て探検もできないね」
「キネは元気だねえ。ね、ほんとうにこの駅から外に出たい?」
「うん。しらないとこ歩くの好きだもん」
 キネが胸を張ってそう答えると、ミノは急に真顔になった。
「だったら、キネ。あたしのこと、どうして起こしてくれなかったの?」
 ミノは聞いたこともないような冷たい声で、キネにそう訊ねた。キネはびっくりして答えた。
「どういう意味? ちゃんと起こしたじゃない。そうだ、この証拠写真を見てよ。ふふ、ミノの寝顔。これはレアだよね」
 キネはスマホを取り出すと、ミノに先ほどの写真を見せた。ミノは言った。
「どうしたの。なにも写ってないけど」
「え? そんなバカな…」
「キネ。まさかほんとうにあたしがずっと寝てて、自分だけが起きてたなんて…思ってないよね?」
 キネは思わずため息をついた。
「うー、やっぱりそうか…うすうすおかしいと思ってはいたんだけど」
 キネはやれやれと自分の頭を撫でると、前髪を指先でつかんでその毛先を見た。ミノは言った。
「そう、これはキネの夢だよ。さあ、そろそろ起きなさい!」
 ミノはキネの前に腕をひろげると、その両手を思いきり叩いた。
  無人のホームに気持ちのいい音が鳴り響いた。

 ぱーん!

 これで、夢が終わる。この出口のない駅からもおさらばだ。
 そう思いきや、キネはまだそこにいた。彼女は目をぱちくりさせると、にこっと笑った。意外そうにミノは言った。
「あれ、まだ起きないの? せっかく起こそうとしてあげたのに」
「夢だってわかったら、起きるのなんてどうでもよくなっちゃった。ねえミノ、今日はこのままふたりで、この駅でぼーっとしてようよ。もう一回ミノの寝顔も撮りたいし」
 キネは空中に差し出されたミノの手を掴むと、ミノを膝枕にしてベンチで横になった。キネの予想外の行動に、ミノはびっくりして叫んだ。
「ええー!!」
「どうせ夢なら、ゆっくりしてこう。終点まで行ったら駅員さんが起こしてくれるよ」
 自由すぎるキネに、ミノはほとんど呆れてしまった。
「ほんとう、キネはしかたない子だね」
 ミノはそう言うと、キネの頭をゆっくりと撫でた。

 この駅に次の電車がやってくるまでには、まだまだ時間がかかりそうだ。

Part4 ドルフィン・ダンス

 電車が動きはじめると、キネは一駅着く間もなくすやすやと眠りはじめた。ミノはそれをうす眼でかくにんすると、今度はふつうに目を開けて眠っているキネを見つめた。

 やっぱり、キネが先に寝ちゃったか。いつもキネは寝つきいいもんな。あいかわらず無邪気で、なにもしらない天使みたいな寝顔だねえ…。よし、あたしもがんばってすこし寝て、それからキネを起こそう。

 ちょうど眠気を感じてきたミノがそう思っていると、キネのとなりに外国人の旅行者らしき若い男性が乗り込んできた。

 ふとあたりを見渡してみれば、いつのまにか車内は混み合っていて、シートは満席だ。家族づれもいるようで、車内には子どもの笑い声が響いていた。外国人か。まさかとは思うけれど、ここで自分が寝てしまってはキネの身が危ないかもしれない。心配になったミノはしばらく眠らずに、注意深く起きていることにした。

 無精髭を生やした外国人は、大きなバックパックを持っていた。ふつうだったらペットボトルを入れるのに使うサイドポケットには、黄色い花束が刺さっている。彼はバックパックからくたびれた本を取り出すと、足を組んでそれを読みはじめた。

 警戒中のミノは、こっそり慎重に視線を送った。しかし若い外国人はすぐそれに気がついて目をあげたので、ミノとばっちり目が合ってしまった。
 よく見ると、かなりハンサムな顔立ちだ。ミノがそう思っていると、彼は思いがけずミノににっこりと笑いかけた。
 この外国人の意外な反応に、ミノはどきまぎとして車窓に目をそらした。へんな人ではなさそうだし、とりあえずはそこまで警戒しなくても大丈夫かな。ミノはそう思って安心した。だけど、もう少しだけようすを見ていよう。

 光溢れる明るい車内は、まどろむような空気で満たされている。ミノの眠たい目には、さまざまな風景が訪れては去っていった。

 のどかな田園地帯、住宅街、山中、国道沿い、工場が立ち並ぶ工業地帯。
 電車は大きな川を越え、小さな川を越え、何度かみじかいトンネルを通過した。停車した駅から次の駅へと、電車はゆっくりと、でもかくじつに進んでいく。それでもキネはまったく起きる気配がない。ほんとうによく寝る子だな、とミノは思った。

  一瞬、川を渡った先にあった堤防の踏み切りで、ふたりの女の子がこちらに向けて手を振っているのがミノの目に飛び込んできた。歩行者用の、みじかい踏み切りだ。あっと思ったときには通り過ぎてしまったので、手を振り返そうかと考える暇もなく、その姿はまぼろしのように消えた。そして、その印象だけがミノのなかに残った。

 制服を着た小学生だったような気がする。すごく楽しそうで、ふたりとも花が咲いたような笑顔だった。今日は日曜日だけれど、学校で行事でもあったのだろうか。それに、彼女たちはどうしてこの電車に向かって手を振っていたんだろう? なにかわけがあるのか、それともただ純真で、無垢なだけなのか。

 ミノがふしぎに思いながら改めて正面を見ると、いつの間にかあのハンサムな外国人の姿は消えていた。ミノが車窓をぼんやり眺めているあいだに、どこかの駅で降りたのだ。

 思わず警戒的な視線を送ってしまったけれど、いなくなったらいなくなったでさみしいような気もする。旅は道連れっていうんだし、警戒なんかせずに、なにか話かけてみてもよかったのかもしれない。そうすればわりと気が合って、旅の面白い話を聞かせてくれた可能性だってあったのに。
 
 そう思うと、ミノはちょっとざんねんな気持ちになった。そしてふとキネを見ると、そのとなりのシートに一本の黄色い花が置いてあることに気がついた。さきほどの外国人が持っていた花だ。ミノはそれを手に取ってみた。ふんわりといい匂いがして、ミノは花粉にまみれたミツバチのような気分になった。

 あの外国人は、いったいどこに行くつもりだったんだろう?
 そしてあの女の子たちは、どうしてわたしに向かって手を振っていたのだろう?

 ミノはぽけっとして、ふしぎな気持ちで黄色い花弁を見ていた。なんだか、ゆめのなかにいるような感じだ。ミノはうとうとして目を閉じかけた。あ、やっと眠れそう。そう思ったのもつかの間。森の中を走っていた電車は急に明るい、ひらけたところに出た。

 海だ。

 ミノは、わあ、とおもわず声が出た。そしてこの爽快な景色を見せようとキネを起こしそうになって、あわててやめた。

 いけない、いけない。ふたりとも一度しっかりと眠って、それから起きるのが今回のルールなんだから。そう気を取りなおし再度閉じかけたミノの目に、今度は黒くて巨大なものが海から浮かび上がってくるのが見えた。

 クジラだった。クジラは大きく潮を吹いて、海上にまばゆい虹を作った。と、つづいてイルカの群れが海面から次々と飛び出してきた。
 おどろいたミノは、今度は立ち上がって大きな声で言った。

「ちょっとキネ! 海がすごいことになってるよ。起きて!」
 ミノはそう言いながらキネの腕を引っ張ったが、キネはあいかわらず、まったく起きる気配もない。彼女はしあわせそうに眠りつづけていた。

 そこでミノは、はっと気がついた。

 そうだ。わたしたち電車で寝ることばかり考えてて、ふたりともかんぜんに眠ちゃったときのこと、ぜんぜん考えてなかったな…

 そのことに思い当たったミノは、クジラとイルカの群れを見ながらキネのとなりに座った。そして眠っているキネの手をとり、黄色い花を自分の胸に置いてそっと目を閉じた。ゆめのなかで眠るなんてへんな感じだな、とミノは思った。

 まあいいか。どうせ終着駅まで行ったら、駅員さんが起こしてくれるもんね。

エピローグ ゆめの終着駅

 晴れやかな青空のしたを、電車が通りすぎて行った。その電車には、もうだれも乗っていない。乗っているのはキネとミノだけだ。ふたりは肩を預けあって、ぐっすりと眠っている。
 電車はゆめの終着駅に向けて、懸命に走りつづけていた。

                         (おわり)

テキスト:マキタ・ユウスケ
イラスト:まりな

次回予告 #5 「ガチャフィギュア工場のひみつ」

 大好きなガチャフィギュアシリーズの新作を揃えるためサイフの限界に挑戦するミノと、それを応援するキネ。ふたりはフィギュアを見ながら、それを作った女の子のことを空想する。果たしてガチャフィギュアはすべて揃うのか…?
 乞うご期待〜。

さいごまで読んでいただきありがとうございます! 気に入っていただけたらうれしいです。そのかたちとしてサポートしてもらえたら、それを励みにさらにがんばります。