夫を亡くし、忘れるのが怖い

夫の葬儀が終わったあと、ノートに日々の感情や思い出を綴っていました。
もういないんだという喪失感と孤独な環境に押し潰されながら、別の恐怖が襲いかかってきたのです。

将来私が忘れてしまったらどうしよう、と。

身内や友人の方から聞いた思い出話をノートに書いたり、写真や遺影で顔を見ることは出来ます。

動画にしなかった夫の声、身体に触れた感触、匂いはもう感じることができず、思い出すのが難しくなってしまうのではないか。

人の記憶は声から忘れていくと聞いたことがあり、動画にも残っていない夫の声を思い出せなくなる日が来てしまうのでないか。

「再婚してほしい」「前向きに生きてほしい」という言葉に、夫の事はもう忘れなければならないのかと思ってプレッシャーに感じたり、

どうして思い出せないんだろう、と自分を責めてしまう日がくるのではないかと想像し不安が増してしまいました。



この気持ちを理解してくれるものがほしくて、ネット検索やグリーフケアの本を読み、

夫が愛して私と結婚したという世界は、無くしてくださいといっても無くならない世界で、 誰にも奪えません。
思い出せなくても、 それは在ったようにあるだけなのです 。

という言葉が自分の中でしっくりきました。



忘れてしまったことすらを忘れる前に、何か出来ることがあるはず。

思い出すのが困難になるか、思い出す必要がなくなるか。必然があればまた思い出せるのではないかと。


7ヶ月経った今でも、声やスキンシップの感触だって覚えてます。

たとえ全てを覚えていなくたって、大切な人なら日常の中でも存在を感じられるきっかけがあると信じています。