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「ソーシャル・パイオニア」が人生100年時代の未来を切り拓く(リンダ・グラットン)

LIFE SHIFT(ライフ・シフト)─100年時代の人生戦略』で知られるロンドン・ビジネススクール教授のリンダ・グラットンさん。最新刊の“The New Long Life: A Framework for Flourishing in a Changing World”(2020年5月刊、日本語版2021年秋刊行予定)では、人生100年時代を生きるために重要なフレームワークと進むべきロードマップを示しています。執筆にあたってリンダさんは何度か来日し、講演活動の傍ら取材を進めていました。そのさなか、編集部に立ち寄ってくれたリンダさんとの対話を、特別編としてお届けします。

私たちの選択には、社会からの制約がある

——『ライフ・シフト』は日本でもたくさんの方に読まれ、大きな反響がありましたね。

ライフ・シフト』で私たちが行なったのは、人々が自分たちの選択肢に気づく手助けをすることだったと思います。個人的な行動を起こすためには、気づくことが第一歩だからです。自分たちの人生が、父親や母親、祖父母の人生と同じではない、と。

これまでは教育、仕事、引退という3つのステージで人生が構成されていました。誰もが同じ時期に同じ順序でそれを経験するため、周りに従えば良かったのです。それがマルチステージの人生に移行すると、それぞれが異なる意思決定をすることとなります。ですからより多くの選択肢が必要となるのです。

ただ、「あなたには選択肢がある」と言っても、それを行使するのは難しいことです。マルチステージの人生を選択していくうえで重要なのは、有形資産だけでなく「無形資産(intangible assets)」に目を向けることです。私たちが『ライフ・シフト』で示したのは、スキルや経験といったキャリアの生産性に寄与する「生産性資産」、心身の健康や家族・友人との良好な関係といった「活力資産」、新しいステージへの移行を手助けするマインドセットや人的ネットワークなどの「変身資産」という3つの無形資産の重要性です。

——日本で暮らす人にとって、「人生100年時代」が現実的だと感じられるからこそ、多くの人に届いたのだと思います。とはいえ、実際にマルチステージの人生を歩むためにはどうすればいいのか、多くの人が悩んでいます。

そうですね、「気づいた」次の段階として重要なのは、「どのような行動を起こせばいいのか」ということです。新刊の“The New Long Life”では、より実践的なフレームワークを提示しました。また、新しいステージにうまく移行できる人には、ロールモデルがいて、その真似をしてみる傾向があることがわかっています。ですから私たちは、実際にそのロールモデル……「Social Pioneer(社会的先駆者)」たちを取り上げ、彼ら自身の経験を紹介しています。

そのなかで、とある日本人夫婦が登場するのですが、彼らの直面している課題は、日本の社会や制度が今後、どれほど変化するのかを推測しなければならない、ということです。変わっていくだろうと見越して人生を歩んでも、実際には変わらないかもしれない。その逆もまた然り。そのなかで選択肢を選ぶのは非常に難しいことです。

それに実際、どう選択するのかは、その人が暮らす世界によって制約があります。日本は平均年齢が約48歳で、女性がCEOになったり、男性が子どもと一緒に過ごすことを優先したいと考えたりしても、なかなかその選択を選ぶのが難しい社会です。自分たちが暮らしている社会と、その選択肢には相関性があるのです。

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たとえば、私が父からもらった一番のアドバイスは、「慣習に従うな(Don't conform)」というものでした。「周りの人に合わせてはいけない。いつも自分らしく」と。きっと日本だと「みんなと同じでいなさい」と言われるでしょうね。集団主義的な傾向がありますから。けれどもこれからの時代、より一人ひとりが自立的であることが求められているのです。

ロールモデルの存在は、変革の原動力になる

——私たち編集部では、2019年からスタンフォード大学のビル・バーネットさんらとともに、新たな活動を始めたんです。「Designing Your Life(デザイン・ユア・ライフ)公式ワークショップ」という、デザイン思考を自らの人生設計に取り入れる試みです。誰かからアドバイスされるのではなく、自分に合ったコンパスを見つけて、自ら人生を再設計していこう、と。

素晴らしい試みですね。私たちの新刊でも、人生のステージを模索する「Explore(探求)」を、基本原則の一つに挙げています。世界はつねに変化していますから、「私はこれになる」と宣言したからといって、そうなれるとは限りません。私たちはつねに旅の途中にいるのです。

——そこで自ら道を見いだすのは難しいことですよね。デザイン・ユア・ライフ公式ワークショップでは、自分の人生観と仕事観を見極めることが、その手助けになると考えています。

それは重要なことです。 私のアプローチとしては、自分がどんな世界に身を置いているのかを理解し、その次に自分自身を理解するようにしています。なぜなら、世界がどのようになって、どう変わろうとしているのかが、自分自身の選択にも大きな影響を与えるからです。たとえば、どんなに自分が「柔軟な働き方をしたい」と思っていても、「朝の8時から夜の10時まで働いてほしい」という会社では、それは叶いませんから。

新刊では「ありうる自己像(possible selves)」という観点から、「プラットフォーム」を構築することを紹介しています。自分が何か別の存在になれることを想像して、新しいスキルを身につけることが、新たなプラットフォームの構築につながる、と。たとえば、こうして今お話ししていることをAIによって翻訳して、理解することができるようになりましたよね。他の分野でもそういったことが起きています。だからこそ、私たちは人生を通じて新たなスキルを学びつづけ、可能性を追求し、選択肢を広げなければならない。基本的には「考え続けよう(keep on thinking)」ということです。私たちはこの本で、そのための原動力(the engine)を示しているんです。

──そういう意味では、『ライフ・シフト』も日本に暮らす人にとって大きな原動力になっていると思います。危機感を覚えながらも、まだ具体的な行動に移せていない人もいるかもしれませんが……。

心理学に「human agency(人間の行為主体性)」という言葉があるのですが、新刊にはその考え方が色濃く反映されていると思います。自分自身にもっと責任を持たなければならないのです。誰も自分の代わりに運動してくれないし、誰かにお金を払って友人を作ってもらうこともできない。自分自身でやらなければならないんです。

ただ、そうやって何か危機感に迫られて、人生がうまくいかないから変える、というより、未来にワクワクするから変わる、変えられる、という考え方ができるといいですよね。人とのつながりが多様であればあるほど、自分がなりたいと思えるような人と出会える可能性が高くなるのです。そのためにも、ロールモデルとなるような社会的先駆者が重要です。

たとえば、育休を取得した日本の男性に話を聞いたのですが、彼らはそれがどれだけ大変なのか話していました。「なぜそんなことをするのか」「なぜ家にいなければならないのか」と、自分たちのいるコミュニティから疎外されてしまう。けれども、育休を取得した男性同士がお互いの経験を共有し、その困難さを正直に語り合えるようなコミュニティがあれば、彼らの選択を後押しすることができるはずです。

それに、今は物理的に会えなくても、テクノロジーによってバーチャルなコミュニティを簡単に作れるようになりました。それも彼らの手助けになるでしょう。私の同僚で、女性運動について研究している社会学者が話していたのですが、社会運動というものはたった一人のパイオニアから始まって、ともに語り合える人が集まり、コミュニティが形成され、より多くの人が参加できるようになっていく。いわばボトムアップ型の変革です。もちろん、社会変革には、政府や企業による「Social Ingenuity(社会的創意工夫)」が不可欠ですが、一方でトップダウン型の変革が行き詰まっているのも、日本の現実ではあります。ですから、コミュニティによるボトムアップの変革が重要なのです。

──社会的先駆者がもっと日本に増えていくような仕組みを、企業や政府が考えていかなければなりませんね。

いちばんインパクトがあるのは、やはり柔軟な働き方を実現できるような環境を用意することだと思います。日本でも外資系から始まって、少しずつそういう制度を整える企業が増えてきていますよね。そして国が、人々が希望を持てるようなシナリオ(narrative)を提示していくことも重要です。考え方というのは想像以上に、実際の行動に影響を与えます。歳を取ることに対して楽観的に捉えられる人は、悲観的に捉える人よりも老け込まないと言われているんですよ。

──日本では若者ですら悲観的な人が多いですからね。内閣府による7カ国での調査で、日本の若者は他の国と比べて「自分自身に満足している」「自分には長所があると感じている」と考える人の割合がもっとも低く、自国の社会に満足している人の割合ももっとも低い結果が出ています。

それだけ多くの若者が強いプレッシャーというか、同調圧力を感じているということなんでしょう。それならやっぱり、私の父の言葉をもう一度送ったほうがいいですね。“Don't conform! ”って。でもそれを知っているのと、実際に行動できるのには大きな違いがあります。そのためにも、自分に最適なツールを見つけて、それを活用すべきなんです。私たちの本が、その変化を促す触媒の一つになれば良いなと考えています。

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企画・取材:翻訳書ときどき洋書 編集部
構成:大矢幸世

【プロフィール】
リンダ・グラットン(Lynda Gratton)
ロンドン・ビジネススクール教授。人材論、組織論の世界的権威。2年に1度発表される世界で最も権威ある経営思想家ランキング「Thinkers50」では2003年以降、毎回ランキング入りを果たしている。組織のイノベーションを促進する「Hot Spots Movement」の創始者であり、「働き方の未来コンソーシアム」を率いる。邦訳された著書に、『ワーク・シフト』『未来企業』『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)─100年時代の人生戦略』がある。
リンダさんが編集部に来てくださったのはパンデミック以前、2019年暮れのことでしたが、彼女が示す社会像と問題提起、それに対する解決策は、ますます実感を伴い、私たちに必要なものとなってきています。今後予定されている“The New Long Life”日本語版の刊行にもご期待ください。

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