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今の最先端技術から俯瞰する“空想上”の近未来(倉田幸信)

倉田幸信 「翻訳者の書斎から」第9回
"The Future Is Faster Than You Think"(未来は思っているより早く来る)
by Peter H. Diamandis(ピーター・ディアマンディス)/ Steven Kotler(スティーブン・コトラー) 2020年1月出版

セカンドライフ』を覚えているだろうか。2003年にサービスが始まった仮想世界で、日本では2007年に爆発的に流行した。大企業がこぞって仮想店舗を出店し、新聞には連日のようにセカンドライフがらみの記事が躍った。まるでタピオカやパンケーキのように一気に流行し、そして一気に廃れた。サービスは今も細々と続いているが、もはや覚えている人は少ないだろう。

だが、テクノロジーと食べ物は違う。タピオカの流行に歴史的意味はないだろうが、セカンドライフの流行にはそれがあった。「デジタルデータに過ぎない仮想世界の衣服や土地が、何億円という現実世界のカネを生み出す」ということを初めて証明したからだ。また「明確な目的のない仮想世界に何万人もの人々が集い、交流し、そこで多くの時間とカネを費やす」ということも示した。そうした知識や経験は現在につながっている。オンラインゲームのアイテムやラインのスタンプを有料で販売することから、人々が荒廃した現実からVRへ逃避する映画『レディ・プレイヤー1』の世界観まで、多くのことが間接的にセカンドライフの影響を受けているはずだ。

ビットコインやキャッシュレス決済もそうだが、新しい技術はなかなかその真価が見えない。ただの社会現象として見るのではなく、その技術が大きな流れの中でどのような位置づけにあるのか、一歩引いた大局的な視点も必要になるからだ。それはとても重要であると同時にとても難しい。

本書"The Future Is Faster Than You Think"は、その難しいことに挑戦した本と言えるだろう。

自動運転などの運輸、アマゾンに代表される小売、そして金融や医療や教育に到るまで、各業界で注目されている新奇な技術を幅広く取り上げ、その最先端にいる人や企業がどこを目指しているのかを示し、それらの技術を大きな流れのなかに位置づけようとしている。

技術の集約が“SFのような未来”を現実化する

著者は2030年、つまり「10年後」という具体的な近未来の姿を繰り返し描く。2030年の買い物のしかた、友達とのコミュニケーション、移動手段、TVの楽しみ方──。その視点に立って現在を振り返ると、「なるほど、このサービス(技術)はそういう目的に向かう発展途上にあるのか」と納得できる。換言すれば、今の最先端技術の“歴史的意味”を予測しているとも言えるだろう。

そのような筆者の見方の根底にあるのが、「技術のコンバージェンス(集約)」と「エクスポネンシャル(指数関数的)な進歩」という2つのキーワードだ(詳細は前著『楽観主義者の未来予測』を参照)。要するに、指数関数的に進歩のスピードを増す多方面の技術がひとつに集約することで、SFのように思われていた商品・サービスが思っているよりずっと早く実現する、というわけだ。人工知能、3Dプリンター、ナノテクノロジー、5G通信、仮想現実、量子コンピュータといった個別の技術のコンバージェンスが、近未来の我々の生活をどのように変えるのか、大きな見取り図が見えてくる。

例えば100年間続いた「自家用車」という概念は、ウーバーのライドシェアによって転機を迎え、そのライドシェアは10年後には自動運転に取って代わられるだろう。その頃には「空飛ぶウーバー」が登場している。そしてその先には、真空のチューブを高速走行する「ハイパーループ」や地球上のどこへでも1時間で移動できるロケット移動が見えている、と筆者はいう。読者によっては、あまりに楽観的で単純な技術礼賛に鼻白む人もいるだろう。だが、著名な起業家の多くがそうであるように、世界を変えるにはバランスを欠くほどの強い思い込みが必要なようだ。本書の根底には無邪気なほどの技術礼賛と明るい未来像がある。それはもしかすると今の日本に最も足りない要素かもしれない。

シリコンバレーの描く未来予想図が手に取るようにわかる

筆者のピーター・ディアマンディスは肩書きで説明しにくい人物だ。有名な起業家であり、著述家であり、アメリカのハイテク業界でさまざまなことを画策する仕掛け人でもある。イーロン・マスクやレイ・カーツワイルとも親しく、宇宙開発からシンギュラリティまで守備範囲は幅広い。本書を読むと、シリコンバレーの巨大テック企業の人々がどんな未来予想図を描いているのか、よくわかる。

ディアマンディス自身になにか強烈な独自の主張があるというよりも、普通の人にはよく見えない近未来の水先案内人、テクノロジーと面白いエピソードのキュレーターというイメージだ。文章も上手で、軽快すぎるほどスピード感のある話が続く。気楽に明るい未来を垣間見たい人にお勧めである。

執筆者プロフィール:倉田幸信 Yukinobu Kurata
早稲田大学政治経済学部卒。朝日新聞記者、週刊ダイヤモンド記者、DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部を経て、2008年よりフリーランス翻訳者。

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