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イノベーション時代における学校のありかたと可能性(竹村詠美)

「教育の未来を考える起業家 竹村詠美のおすすめ洋書! 」第1回
What School Could Be: Insights and Inspiration from Teachers across America(学校の可能性)”
by Ted Dintersmith(テッド・ディンタースミス)
2018年4月出版

「伝統的な学校は、今日の世界で素早く動かなくてはいけない子どもたちを乗せた幌馬車のようです。既存の枠組みの中で『もっと良くしよう』と提唱するリーダーは、運営の効率性を求めます。そうすると、馬をもっと働かせて、幌馬車の速度を頻繁に測るようなことを政策として取り入れます。一方で、『もっと良いことをしよう』と提唱するリーダーは、そもそも幌馬車は時代遅れで、よりモダンでスピーディな車が必要だと考えるのです」Ted Dintersmith

AI(人工知能)、ビッグデータ、VR (仮想現実)、ブロックチェーンなど、世の中のあらゆる場面で、インターネットに繋がったテクノロジーが社会を大きく変革する時代に入った。その一方、産業革命以降125年以上変わっていない教育システムはどのように進化すべきなのか、という問いを探求した教育ドキュメンタリー作品“Most Likely to Succeed”は2015年にサンダンス映画祭を皮切りに全世界で5000 回以上開催され、同名の著書は英語と中国語で10万部超を売り上げた。

本作品の制作を推進したエグゼクティブプロデューサー、テッド・ディンタースミス氏(以下ディンタースミス氏)は、映画の公開初年度にアメリカの全州50州9カ月間の旅路につき、200の学校を訪ね、100の地域イベントに参加し、10万人以上の学生、教育者、保護者などと対話し、全米の半数の州議会の教育委員リーダーや教育委員会の委員長と会った。この旅でのインサイトから、学校、学外、行政区、州単位などで起こっている改革の動きと、それを阻む状況をまとめ、あらゆる学校が来るべく時代に備えて変われる可能性について提案をする「What School Could Be (学校の可能性)」を出版した。本書が提唱する「地域一体型の教育改革」はなぜ必要で、どのような社会的インパクトがあるのか、紹介したい。

ディンタースミス氏は、これからの学校は「イノベーティブな時代に必要な準備をするための場」であるべきで、「教師たちと子どもたちが信頼のもと、改革をもたらすことができれば、必要なスキルやマインドセット、考え方を身につける環境を整えられる」と提唱している。米国は「イノベーションにあふれた国」という印象があるが、2001年の教育改革以降、多くの学校はテストの結果を中心とした成果主義が中心となり、クリエイティビティを育む教育とはかけ離れた姿となっている。*

ディンタースミス氏は前述の「全米ツアー」のを通じて、教育改革に向けた動きは学校のタイプや都市/郊外、財政状況に関わらず、あらゆる環境で点在していることを 発見した。注目すべき学校は共通して「PEAK の法則」を兼ね備えているという。「PEAK な教育環境」には以下の4要素が内包されており、これらをプロジェクト、体験型学習、探求学習、知識、専門家などが下支えしている。

1. Purpose (目的):生徒が大切だと考える、社会課題に取り組んでいる
2. Essentials (必須なスキル):イノベーティブな社会に必要なスキルやマインドセットを習得している
3. Agency (主体的行動力):生徒が自分の学びにオーナーシップを持ち、内発的動機を持ち、自律的に動ける学習者である
4. Knowledge (知識):創造活動や物作りを通じて、深く残る知識を学び、学びあいを行っている

PEAK 主体の教育環境を整えるにはどうすれば良いのだろうか? その問いに対して、ディンタースミス氏はこう述べる。「一人の特別な教師だけよりも、多くの教師が動いたほうが学校を改革しやすい。1つのオルタナティブスクールよりも、地域の多くの学校が協働したほうが改革しやすい。昔から『子どもを育てるには村全体が関わることが必要だ』というように、地域が一体になると学校も改革できるのだ」

本書には、全米のさまざまな取り組みが具体的に示されているが、地域全体で取り組んでいる例をいくつか紹介したい。

アイオワ州では、 2012年から “Iowa Big” という、既存の学校に所属しながら、1日数時間ずつ Iowa Big の活動に参加することで、21世紀的なスキルを身につけるというプログラムを提供している。Iowa Big では地域の100以上の団体(企業、NPO、行政)と連携し、生徒が実際の社会課題に取り組むことができる。これは3つの学区を跨いだ取り組みで、生徒、教師、地域組織がチームとなって活動しているそうだ。このプログラムでの成果は、生徒のプロジェクトの達成度に応じて、単位として割り振られる。プロジェクトを通じて、課題設定能力、プランニング、協働、コミュニケーション能力、課題解決力、プロジェクト管理能力など、社会で求められる幅広い力が育まれるのである。

ペンシルバニア州のピッツバーグでは、地元に根ざしたGrable 財団が中心となり、Remake Learning Network (RLN)という250の学校と、美術館、図書館、学童と、3000の幅広い業界の大人が協働するネットワークが誕生した。RLN ではハンズオンな学びを通じて、批判的思考能力や課題解決力、継続的な改善を厭わない力、そしてチームで協働することを目指し、メーカースペースやロボティクス教育、おもちゃ作り、メディアアートなどの環境に、ピッツバーグの子どもたちがアクセスできるよう、さまざまな活動を行なっている。RLN 主催のカンファレンスで刺激を受けた教師が、助成金によりカーネギーメロン大学のテクノロジーセンターを模したスペースを学内に設置したところ、生徒に好評なだけではなく、標準テストの成績も改善したという結果が出ている。ピッツバーグではその後、67の学校も助成金を獲得し、改革に取り組んでいるそうだ。

学力の格差を是正することを狙い、国家で標準化されたカリキュラムは、イノベーティブな時代になぜそぐわないのか? ディンタースミス氏はこう述べる。「教育を標準化すると、子どもたちが興味のあることを深掘りする機会を失わせることになり、イノベーションの時代に活躍するために必須である『ユニークな力を育み、その子に相応しい未来を描きだすこと』を妨げる。アメリカンドリームの源泉を奪っているのです」

本書のさまざまなエピソードから窺えるのは、全国の生徒の学力をデータで比較し、標準化することによって生徒を管理するようなやりかたは、教師から「現場に合わせた教育を実践する力」を奪い取り、生徒のやる気や「自己目的を見つける力」を削ぐことになっている現実だ。本書によると「学習の標準化」に多くの国家予算が投入されたものの**、数学と読解力の全国平均値はこの20年でほとんど変わっていない、という皮肉な状況を生み出している。さらに、テストの点数によって「将来の可能性へのランク付け」を行うことが貧困の連鎖を招き、格差の助長を生み出している状況は、現場の裁量や地域のリソースを活用した「協働型の学校改革の必然性」を暗に訴えかけている。

せっかく大学を出ても、必ずしも学位を必要とされない仕事に就く多くの若者たちや、収入に見合わない学生ローンを抱え、夢を見失う若手社会人の状況を鑑みると、「高校を卒業して、大学に進学することがアメリカンドリームを得る方程式だ」と言われた時代は終焉に近づきつつある。今後さらに劇的に変化する時代に、AIを活用しながら、いかに子どもたちがクリエイティブに世の中の課題解決に取り組む情熱や、解決能力を育めるか。その環境をスケールを持って実現するためには、地域が一体となって、子どもたちの未来のために大胆に行動することが求められている。このメッセージは「大量生産型の工業社会」から脱却を計らなくてはならない日本にも当てはまるメッセージではないだろうか。

注釈:
*
アメリカでは、ブッシュ政権下で2001年に「No Child Left Behind (NCLB)」という、学力格差の是正を、連邦政府の教育関与と、指導内容の標準化やアカウンタビリティの明確化で実現するという未曾有の政策改革が超党派で実現した。その後オバマ政権で2009年に「Race to The Top (RTTT)」として継承されていく中で、生徒や教師の成果を標準テストの結果に偏った形で評価する体制に大きくシフトし、学校がまるで学習塾のような「テスト勉強のための学校」と化した。州によっては、教師の給与が標準テストの結果で左右されたり、テストの平均点数をあげるために、パフォーマンスの低い公立学校が廃校に追い込まれたり、公設民営のチャータースクールが「テスト偏重型教育」で成果を出すことが賞賛されるような状況に陥った。教師には創意工夫やクリエイティビティ、共感力が求められるよりも、クラスの平均点を上げる事が求められ、多くのベテラン教師が教職を離れる流れにもつながっている。

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米国の幼稚園から高校の学校教育の予算の内訳は、約10%は国家予算から、40%は州政府から、そして残りの50%が学区域の固定資産税から出ているそうだ。 (7ページ参照)

執筆者プロフィール:竹村 詠美
一般社団法人 FutureEdu 代表理事、Mistletoe 株式会社フェロー
1990年代前半から経営コンサルタントとして、日米でマルチメディアコンテンツの企画や、テクノロジーインフラ戦略に携わる。1999年より、エキサイト、アマゾン、ディスニーといったグローバルブランドの経営メンバーとして、消費者向けのサービスの事業企画や立ち上げ、マーケティング、カスタマーサポートなど幅広い業務に携わる。2011年にアマゾン時代の同僚と立ち上げた「Peatix.com」は現在27カ国、300万人以上のユーザーに利用されている。現在は教育、テクノロジーとソーシャルインパクトをテーマに、次世代育成のため幅広く活動中。現在 Most Likely to Succeed 日本アンバサダー、Peatix.com 創業者兼相談役、総務省情報通信審議会、大阪市イノベーション促進評議会委員なども務める。二児の母。


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