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ブックレビュー『縄文人がなかなか稲作を始めない件』(笛木あみ、かもがわ出版)

縄文好きさんにはめちゃめちゃオススメだし、そうでないかたにもぜひ手に取っていただきたい縄文本です。
楽しく面白い語り口なので読みやすいですし、軽やかなのに、わりと専門的な最新研究をふまえた内容になっているので、勉強になります。
少し中をご覧いただくと、こんなカンジ。

現代人のみなさん、どうですか、ストレスためてますか。(中略)そんなあなたが求めているのは、もしかしたら、ひと匙ばかりの「縄文スピリット」かもしれません。

「はじめに」より

こんなテイストで語り掛けられてくるので、スイスイ読めてしまいました。
もともと私は、わりと縄文時代が好きです。
なんでしょうね……ルーツを感じるというか、自然の中で生きられたら心がもっと自由だろうなと憧れるというか。
憧れがあるので、仕事で(書店員をやってます)出版社からの新刊案内を見て仕入れるか否かを判断するときも縄文関連の本はちょっと多めの数字を付けてしまいますし、いざ新刊が発売されて売場に届くとわくわくしながら店頭に並べています。そして、自分で買って売上貢献してしまう……。時給1.5時間分に相当する出費でしたが、いやいや、惜しくない、それ以上の価値がある本でした。
時々読み返して縄文時代に思いを馳せると、いろんな事物にがんじがらめになっている現世から少し解放される気がするんです。上記の「はじめに」で著者が指摘している「縄文スピリット」とは、まさにこのことかと。

目次にならぶ文言を眺めているだけでも「縄文スピリット」が感じられて、縄文時代がとても楽しそうに思えてきます。
いくつか、私に刺さった目次見出しを挙げてみます。

「人間社会持続の秘訣は、自然の声をよく聴くこと!」「縄文土器でジビエ鍋!」「貝塚はゴミの山じゃない! 縄文的自然との一体感」「お土産文化の起源? 縄文時代の「贈与経済」とは」「江戸時代なんて一瞬! 1万年に及んだ天下泰平の世」「縄文人、ヒマすぎる問題」「究極の「不要不急」、縄文土器!」「太陽は母なる山へ還っていく」「縄文人のマストハブアイテム、黒曜石とは?」「ムダに信州産黒曜石を取り寄せる奈良の縄文人」「地元にもあるのに、なぜか信州産が欲しい北海道と青森の縄文人」「だって農耕って大変なんでしょ?」「中部・関東の弥生人、あくまで縄文的に農耕をはじめる」「諏訪に残る濃すぎる縄文色」

「目次」より

などなど。
疲れた夜に目次を眺めるだけでも楽しいです。

ただ、本書はこのユルイ語り口調であるにもかかわらず、けっこうちゃんとした研究をもとに縄文時代を紹介しています。また、「分からないことは分からないと言う姿勢」とでもいいましょうか、自説を押し付けるようなことはせず、「今分かっているのはこんなことで、この部分はよく分からないけど、こんなことかもしれないです。今後、分かってくるかもしれません」という姿勢を貫いていて、信頼がおけると感じられました。

一例を挙げると、こんなカンジ。

歴史の教科書ではたった数ページが割かれるのみでスルーされてしまいますし、文字がない時代とされているので実際わからないことだらけなのも間違いありません。(中略)まだまだ不明なことも多く、研究者でも確実な証拠をもって明言できることは少ないのです。

4pより

その他、例えば、イノシシの骨やアスファルトやコハクなどが、生息地や産地でない場所で出土している件について「縄文人が日本列島を縦横無尽に移動し、旅をしていたことの証拠でもあります」(49p)と言い切っている箇所と、集落間のネットワークがあったであろうことについては「婚姻や祭でしょっちゅう行き来していたと考えられています」(49p)のように「証明のしようが無くあくまで推測ではあるが、およそこれが定説である」というような意図で示してある点があり、そのあたりの示し分けというか、言葉の使い分けに気を遣われていることが感じられて、このあたりが、読んでいて「ちゃんとした本だなあ」と信頼度が高まった点でした。
そしてその上で、集落と集落のコネ作りのために婚姻が利用されていた可能性について言及し(そのような研究論文があるのだと推察されますが)、「(そうなると)自由恋愛はなかったのかもしれませんね」と言いながら、文末では「とはいえ、自分ではコントロールのきかない恋愛感情というのはあるものです。いつの時代にもお約束の、禁じられているゆえに盛り上がる道ならぬ恋のドラマもきっとあったでしょうね。」とまとめていて(52p)、この軽やかさがたまらないんです、もう大好きです。

また、「贈与経済」についても言及されていて、勉強になりました。
経済のことはサッパリな私ですが、「市場経済」は聞いたことがありますし、最近、「贈与」という用語が経済関連書のみならず、現代思想関連の書籍のタイトルでもよくみかけるようになり、気になっている単語でした。
「それが縄文の本の中に出てきてる!」と興味をそそられたのです。
そして、贈与経済の崩壊は土地所有という、「カミ」からの贈与だったものが「人間の所有」になっていくことで変化していくという箇所が、すっと腑に落ちる言葉で解説されていて、なんとなく分かったような気持ちになりました。

黒曜石の流通についても、「そうそう!」と相槌を打ちたくなる「知ってたこと」と、「そうだったのか!」という内容の両方が盛り込まれてて、とても興味深かったです。
長野県の黒曜石がなんかすごかったらしい、というのは知っていても、その質の差をこんなに分かりやすく解説してもらえて、理解が深まりました。
信州産の黒曜石がいかに各地に流通していたのか、なぜ信州産の黒曜石がもてはやされたのか、著者の熱い解説は必見です。

そして終盤は、現在に残る「縄文文化」について、アイヌ文化と諏訪大社を取り上げて紹介しています。
遥か遠い昔のはずの縄文が、現代人にも目に見える形で受け継がれていることが感じられて、この瞬間が、「歴史好き」にはたまらない瞬間なんだよなと感じ入りました。
自分の御先祖様が、縄文時代にも絶対どこかにいたはずで(ニンゲンが突然湧き出ない限り、どの時代にもご先祖様は絶対どこかにいたわけで)、縄文時代に思いを馳せつつ、今ここに生きる自分のありがたさを再認識するところまで含めて、「縄文スピリット」に癒されるのでした。

「はじめに」で著者が勧めていた「ひと匙の縄文スピリット」に、深く共感しています。
日々の疲れに縄文時代。オススメです。

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