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【短編】刹那の花火が記憶に残るのは

「それが、あなたが校舎の屋上から飛び降りようとした理由?」

「だって、刹那的なものは皆の記憶に鮮明に残るじゃないか」

 放課後、グラウンドでは多くの部活生が練習に励む中、少女が少年を責める形でその会話は繰り広げられていた。

 しかし、少年は反省するどころか反抗的な態度をとるばかり。
 それも、そのはず。
 少年とって少女は、計画を台無しにした邪魔者なのだから。

「昨日さ、花火大会あったの知ってる?」
「当然よ。この町の人なら誰でも知ってるでしょ」

「1人で見に行ったんだけどさ、あまりにも綺麗で感動してさ。
 どうしてかって、考えたんだよ」

「それで、刹那的なものだからって結論になったわけ?」
「花火だけじゃなくて、桜もそうでしょ? 後は、尾崎豊が好きなんだ」

 そう言って、少年は盗んだバイクで走り出すと口ずさむ。
 それに対して少女は、呆れたようにため息をつくだけだった。

「……何? 言いたいことでもあるの?」
「……えぇ。あなたは、大事なことを何も分かってないんだもの」

 少女は少年を指さして、相手を真っすぐ、そして力強く見据える。
 真正面から啖呵を切る少女に、少年はひどく気圧された。

「勘違いしてるようだから1つ教えてあげる。
 そういったものが記憶に残るのは、ただ刹那ってわけじゃないから!」
「……え?」

「多くの人の記憶に残るのは、誰もが絶対に、何度もそれを見るからよ!
 桜は春になれば毎年咲くし、花火も夏になれば毎年行われる!
 尾崎豊だって、毎年大手の音楽番組が絶対に取り扱うから、みんな尾崎豊のことを思い出して、記憶の中に残し続けるのよ!」

 それは、少年にとって思いもよらなくて、けれど、どこか心の内にストンと入ってくる考えだった。

 故に、少年は何も言い返せない。
 言い返すことは、出来なかった。

「ついでに言っておくけど、もし仮にあなたが死んだとしても、せいぜい地方の新聞の片隅で取り扱われるくらいで、それで全部終わりよ!
 1年経って、あなたを覚えている人は、誰も居ないんじゃないかしら!」「……そんな」

 あぁ、確かにその通りかもしれない。
 そうして納得してしまえば、少年の心に残ったのは、何をしてたんだろうという虚しさだけで。
 少年は、もはや呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。

「……君は?」
「……何の話よ」

「もし、君がここに来るのがもう少し遅かったとして、僕が飛び降りる瞬間を見たとしてもさ。
 それでも君は、君も他の人と同じように、俺のことを忘れるの?」

「は? 当たり前でしょ。
 逆に、どうして覚えてないといけないのよ」
「何のためらいもなく断言するんだね……」

 少年は、自殺はそんなにも重いものではなかったのかと頭を抱える。
 対して少女は、再び呆れ顔で、自殺問題は重大な話だけど、珍しいものじゃなくなったって言っているのよと追撃を行う。

 命を落としてはいないが、少年のライフはもうゼロだった。
 少女の口から、ため息が漏れる。

「そんなに誰かの記憶に残っていたいなら、生き続ければいいじゃない」
「え?」

「毎日生きて、誰でもいいから1日1回くらい話しかけなさい。
 そうすれば、その人はきっと、あなたのことを覚えてくれるでしょうね。

 ここで飛び降りるよりもずっと長い間、あなたを忘れないでいてくれる。

 話しかけるやつがいないっていうなら、そうね……週1くらいなら、あたしが話し相手になってあげるわよ」

「え、急に優しい? 別人に入れ替わった……?」
「怒るわよ? 話し相手にもなってあげないわよ?」

 怒りの後に、再びのため息。
 少女は呆れ顔のまま、とある4文字を口にする。

虹野にじの歩美あゆみ
「にじの、あゆみ?」

「そう、それがあたしの名前。
 あたしはあなたの名前を覚える気はないけど、何度も会って話をしていれば、いつの間にか覚えてるんじゃない?
 まずは、それくらいまで頑張って生きてみなさいよ」

 またここで会いましょうと告げて、少女はこの場を後にする。
 少年はきっと、同じ曜日になる頃、再びこの屋上へ戻ってくるだろう。

 死ぬためではなく、生きるために。
 『    』という名前を、存在を、自身が生きていたという記憶を残していくために。



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