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フリーライターはビジネス書を読まない(70)

今から京都まで……

柳本の救急搬送さわぎから数日経ったある日の朝、
「今日は京都へ行ってきます」
といいだした。

「京都のどこ? 体はもういいの?」

「先輩のところです。住むところが決まるまで会わないつもりでしたが、さすがに1カ月も経ってしまうと、一度くらい顔を見たいじゃないですか」

「知らんがな(心の声)」
昨日の深夜に、私に聞こえないように声を殺して、電話で話していたことは知っている。京大の院生だという幼馴染の先輩に、今日訪ねていくことを連絡していたのかもしれない。

「体は大丈夫です、たぶん。ちょっと話をして、日が暮れる前には戻ります」

そういって柳本は、独りで出かけて行った。

その日、日が暮れても柳本は帰ってこなかった。ついつい長居してしまっているのかもしれない。それならそれでいいのだけど、自分で「日が暮れる前には戻ります」といって出かけて行ったその時間に、何の連絡もなく帰ってこないというのは、さすがに心配になってくる。

あるいは、あの性格から考えて、そのまま先輩の下宿に住み着こうとして駄々をこねているかもしれない。
もっとも、ロフトベッドの下のスペースは散らかったままだから、最終手段で下宿に住み着くつもりだとしても、いったんは戻ってくるつもりはあるのだろう。宮城の自宅から送ってきたマックもそのままだ。

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12月の日暮れは早い。すっかり夜になった。
柳本からの連絡はない。
いよいよ本気で心配になってきたとき、柳本から電話がかかってきた。

「今どこにいるの?」
思わず、声が大きくなる。

「すみません」
柳本の声に生気が感じられない。
「すみません、まだ京都にいます」

「帰りの電車は分かる?」
26歳の大人にする質問ではないが、交通網の複雑さは宮城の比ではないし、独りで大阪から京都へ出かけるのは初めてだ。乗るべき電車を間違えて、まるで異次元の世界へ放り出されたような状況になっているのかもしれないと思ったのだが……。

「あの……、今から京都まで来られますか?」

「は?」
今から? 京都へ? 何のために?

「警察まで迎えにきてほしいんです。先輩に通報されて、警察に保護されました」

なんだって!? 何をやらかした?
急な状況の変化に混乱しつつ、落ち着こうと努めるもうひとりの自分がいた。

「事情を聞かせてくれる?」

現在時刻は午後8時を少し過ぎたところ。こうなったら行くしかないけれど、京都まで2時間はかかる。
今夜は帰ってこられないな。

(つづく)

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