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ラジオステーション

「では今日の最初のお便り・・・"こんばんは、ルナといいます。いつも楽しみにこの番組を聞いています"」
 ここはガラスで囲まれた放送スタジオ。
 昔風には"金魚鉢"と呼ばれていたりもするその中で、私は"お便り"を読み上げている。
「"実は私、悩んでいます。私の恋人は仕事で今、アメリカにいます。そのせいで長い事、直接会う事ができません。もちろんモニター越しで会話は出来ますが、微妙なタイムラグのせいで気持ちまでズレてしまいそうです。生活時間も違うし・・・どうすれば良いでしょうか?" うーむ、お悩み切実ですね」
 けっこうあるあるな相談だ。
 今の時代、通信は発達していても、それでも限界はある。
 厳密な話をすれば、今やってるDJの私の声だって、届く場所によってかなりの時差が生じているわけで。
「ルナさん、色々な時差、悩みの種ですよね。私も家族と離れた所に住んでいるので、そのお悩みわかります」

 そう、私も"遠距離移住者"だ。
 生まれたのは日本だったけど、今は遠く離れたこの場所で、こんなDJの仕事をしている。
 逆に、こんな辺境の地だからこそ、私でもDJが出来ているのかもしれない。"女性"だからというより"女声"だから、だとは思うけど。
 とにかく辺境とはいえ、夢にまでみたDJの仕事にありつけたし、さらになかなか魅力的な職場だった。
 あえて古いアナログなスタジオのように作られていて、いるだけでも落ちつけた。
 スタジオはまわりをガラスで囲った"金魚鉢"スタイル。
 放送も古い昔のラジオ番組を模している。
 さすがにリスナーからは"ハガキ"ではなく通信メールが送られてきているけれど、それを読みながらリクエスト曲とをかける、ちょっと昔っぽいスタイルでやっている。
そんな趣向がかえって受けて、色々な場所でこの番組を聞いてくれているリスナーがいて、距離に関係なく"お便り"もたくさん届く。
 そして今日も私は"お便り"を読み、それにこたえていた。

「・・・ルナさん、私、ある時、離れた家族とのやりとりの中で気づいたんです。実は"時差"って消せるような気がするんですよね」
遥か彼方に住んでいる手紙の主に、私は語りかけた。
「もちろん物理的に時差は消せないですよ。でも考え方ひとつで、厄介な時差も乗り越えられるかも、って思うんです」
 私は家族とのやりとりを思い出しながら話をした。
「私、ここに来て初めての誕生日の時、家族がそばにいなくて、正直、少し寂しかったんです。でもそんな私に母からバースデイカードが届いて・・・『お誕生日の日に封筒をあけてね』って表書きがあって」

 あの日の事がよみがえってきた。
 冷たい金属の塊のような”ここ”に一人で住むようになった私。
 志をもって来たものの、まわりには知り合いもいなくて、正直心が折れそうな日もあった。
 そんな中、届いた母からの封筒。
 私の誕生日に間に合うよう、母は何週間も前にバースデイカードを書いて送ったはずだった。
「そう、母からのカードにはこう書かれていました『どんなに離れていても、私たちはあなたのことを思ってます、お誕生日おめでとう』ってそれだけなんですけど」
 でも実は、あの時の気持ちを思い出し、ちょっと涙ぐみそうだった。
「それだけなんですけど・・・別にどうって事ない言葉なんですけど・・・   その時、逆にすごく近くに家族の思いを感じたんです」
 地球から遠く離れた場所に行った娘に、母が思いを込めて書いたカード。
 もちろんモニター越しにお祝いを言う事も出来たはずだけど、あえて家族は 私にカードを送った。
 時間がかかっていても、そこには時間を超越した何かがあった。
 モニター越しでは届かないぬくもりが、そこにはこめられていたから・・・。

「カードじゃなくてもいいんです、ほら、もし彼がこの"ラジオ"を聞いていたら、彼はルナさんの言葉をタイムラグなんて関係なく受け取れるはずです。ちょうどルナさんからリクエストもいただいてますけど・・・彼も聞いてくれていたらいいですね」
 奥のブースから"曲がけ"の合図が出た。
 私はそれにうなずき、OKサインを出しながら
「では、このラジオステーションからの今日の一曲目。月にお住まいのルナさんからのリクエストです。地球のアメリカに出張中のカレシさんの大好きな曲"Fly me to the Moon" 二人で同じ時間に同じ曲が聞ける事を祈って・・・」
 マイクをオフにすると、古いけれども素敵な調べが流れはじめた。
 それを聞きながら、私はいつものようにスタジオの向う側にある外窓に目をやる。
 そこにはどこまでも続く漆黒の宇宙空間が広がっていた。
 そう、ここは宇宙空間に浮かぶコロニーのラジオステーション。
 私は今日もこうして放送を届けている。
 人類が宇宙に進出し、どんなに科学が発展しても、こうして声と音楽は人々を癒し続けている、って実感しながら。


  ~ Fin ~

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