化かし化かされ いとおかし

袋小路でまどわされ

「ここは・・・どこだ!?」
  おかしい、スマホの地図の指示通りきたはずなのに・・・目的地にいつまでたってもたどりつかない?
  人通りが少なくなり、気付くと狭い裏通りにいた。
  もしかして化かされてる?
  まさか・・・
  なんとかこの出口の見えないラビリンスから脱出しなくちゃと、僕は再度スマホの地図を見つつ歩き出した。すると
「イテ!」
  なにかが足にぶつかり僕はその場に転がった。
  誰かに襲われた?
「このソコツもんが!」
  顔をあげると、白髪にヒゲのちょっと怖そうな老人の姿があった。
「なにあわてとる。早く立ち上がってそのイスを元に戻せ」
  言われてようやく自分の状況を理解した。
  目の前にはおじいさんのいる机があり、僕はその前に置かれた椅子を蹴飛ばしてしまったのだ。
  僕はあわてて立ち上がり、蹴飛ばしたイスを元に戻す。
  よくみるとおじいさんの机の上には分厚い本と、スパゲッティのような棒がささった箸立てみたいなのがあった
「あの・・・おじいさんはもしかして占い師さん?」
「お前さん、占いに来たんじゃないのか?」
「いえ、道に迷って・・・すみませんでした」
  立ち去ろうとする僕のえりぐりを、おじいさんはむんずとつかんだ。
「せっかくだ、占ってけ」
「でも僕、急いでて。待ち合わせに遅れそうなんで」
「蹴飛ばした罰だ。道も教えてやるから、とにかく座れ」
  その気迫に、僕は従わざるをえなかった。
「お前さん、かなりの方向音痴でうっかりものだな」
「わ、わかりますか?」
「占わなんでもわかるわ。そして・・・」
  おじいさんはじーっと僕の顔をみつめた。
「迷いがあるようだ」
「は、はい、道に迷っていて」
「いや。迷っているのは人生にだ。このままこの生活をしてていいか、なんて思ってないか?」
「え!」
  図星だった。
「地方出身者か、いまだ都会になじめていない・・・」
「わ、わかるんですか?」
「ふむ、田舎者の顔だからな。それにお前さん、ちょっと人相がかわっとる。手もみせてごらん」
  正体を見破られたような気がして僕は心臓がとびはねそうだった。
「なにドギマギしてるんじゃ、セクハラじゃないぞ、手相をみるだけだ」
  占い師のおじいさんは僕の手を強引に引っ張った。
「・・・?!」
  おじいさんが目をパチパチしながら僕の手を見つめて固まった。
  や、やば!
  あわてて自分の手をみると毛がふさふさと・・・僕はあわてて手を『直した』。
「ん? 年のせいか、一瞬、手が毛むくじゃらに見えたが・・・」
「ま、まさか、アハハ」
  僕は笑ってごまかす。
「ふむ・・・やはりかなり変わった手相だ。おまえさん、夢想家だな。それで夢を抱いて都会へ来たか」
「はい、田舎は気楽なんですが・・・」
  都会に出たいと言った時、両親はもとより、親戚縁者みんな僕をとめた。
  危険な街へなど行くな、と。
  故郷は山も川もあるし田んぼや畑もあるし海にいけば魚もとれる良い所だったけど・・・。
  おじいさんは虫眼鏡で僕の手相をさらに調べながら言った。
「気持ちはわかる。だが今の外回りの仕事は向いてない。方向音痴だし、なによりうっかり者だ」
「努力してるんですが」
「都会じゃちょっとした失敗が命取りだぞ『手袋を買いに』って話を知ってるか?」
「いえ・・・」
  首をかしげる僕におじいさんは話はじめた。
「手袋を買いに行く子狐の話だ。母狐が買い物する時はこちらの手を出すんだよと、片方だけ人間の手に変えたんだが、子狐は間違えて反対の狐の手を出してしまった」
「え! そ、それで子狐は?」
「店の人が親切で、手袋を買って無事に帰れた。でも、世の中そんないい人間ばかりじゃない」
  おじいさんは僕の顔をギロリと見つめた。
  も、もしや・・・バレてる?
  さっき動揺して出した手がアレだったから・・・。
「お前さんみたいなうっかり者、またいつ尻尾を出すことか・・・」
  尻尾って・・・やっぱバレてる?
「まあ、そんなびびるな。都会で占い師とかやってると、色んなやつが来るから、化けた狐ぐらいじゃ驚かんよ」
「す、すみません」
  よかった・・・おじいさんがいい人で。
  都会暮らしで危険な目にあったり逃げてきた仲間の話もいっぱいきかされてた。
  涙ぐみそうな僕におじいさんは言った。
「もう田舎に帰ったらどうだ?」
「でも・・・」
「ふむ。出会いを求めているんだな」
「え、どうして、そうか、占い師ですものね」
「あほ、年頃の野郎の考えなんて人間も誰も同じだろ。さて、一応見てみるか、恋愛運も」
  また虫眼鏡でおじいさんは僕の手を見た。
「化けてても手相って占えるんですか?」
「つべこべ言うな・・・おお!?」
  おじいさんは声を上げた。
「良縁きたる、だ!それも近いぞ」
「本当ですか?」
  僕の懐疑心はその言葉で消し去られた。
「うむ、手相にはっきり出てる。そして今の仕事も長くない」
「そ、それは困る」
「向いてないから早めにやめろ、心が擦り切れる。仕事なんてどうにでもなる。私も最初は会社勤めだったが今の仕事にたどりついた。それにお前さんやめたくなくとも、この調子じゃもうすぐクビだ、遅刻ばかりだしな」
「あ!」
  僕は約束の途中だったことを思い出した!
「やば、もう行かなきゃ!」
  席を立った僕におじいさんが後ろから叫んだ。
「ちゃんと初詣には行け! おいそっちじゃない、反対だ。表通りに出たら右に曲がって三つ目の白いビルだぞ」
「あ、ありがとうございます・・・てかなんでどのビルかわかるんです? それに占いのお代は?」
  そう言おうと振り返ると・・・不思議な事にそこにはなにもなかった。
  おじいさんも、そしておじいさんの前にあった占いの机も道具も椅子も、すべてまるっと消えていた。
  ただその後ろには赤い鳥居に囲まれた小さなお稲荷さんの祠が見えていた。
「・・・そういうことか。お代はお稲荷さんかな、今度必ず持ってきますね!」
  僕はお稲荷さんに頭を下げた。
  道を教えてくれてありがとう。
  そしてもう少しこの都会で頑張ろう、と思いながら、僕は待ち合わせの場所のビルへ急いだ。


化けましておめでとう

  慣れない振袖でお参りを終え、私は横の売店に向かった。
「おみくじください」
  売り場の巫女さんは、なぜか私の姿を鋭い目でじっと見つめた。
「あなた、それ」
「え?」
「そのエリマキ・・・ホンモノの毛皮ね」
  おみくじを手渡す巫女さんの言葉に、私は一瞬、正体見破られたのかってドキリとした。
  そんなはずない。
  今日は着物も髪の毛も美容師さんにきれいにしてもらったし、出かける前に鏡でしっかり点検してきた。
  だからバレたりするわけない、
「いまどき珍しいわよね、本物の毛皮。せいぜい気をつけなさいね」
  そういいながら巫女さんはおみくじを手渡してくれた。
  私はそそくさとその場を立ち去った。
  考えすぎよね。そうだ、最近は動物愛護とかで毛皮が流行らないし攻撃する人もいるから注意しろって意味かも。
  ウールのショールにすればよかった?
  でも、やっぱりこれぐらいは毛皮でキメたかったから・・・そうよ、本物の自慢の素敵な銀色の毛皮で。
  気を取り直し、私は人の少ない場所でおみくじを見ることにした。
  折り畳まれた白い紙を広げると・・・『大吉』の文字が!
「やった!」
「よっしゃ!」
  私の声にかぶるように、別の声がした。
  あわててその声を確かめると、背中合わせに着物姿の若い男の人がいた。
  その人も私に気づき、申し訳なさそうに頭を下げた。
「おどろかせてすみません、大吉出たもんで、つい叫んじゃって」
「いえ、私も」
  お互い会釈をして、私はあらためておみくじの続きを読む。
「良い人と巡り合えるでしょう、北の方角が吉」
  私が太陽と反対の方角を確認しようとしたら、またさっきの男の人と向き合ってしまった。
「す。すみません。おみくじで『南に良縁あり』って書かれてて・・・」
「い、いえ・・・」
  彼は南の方向で、私は北・・・って。
  もしかしたら、って、ちょっとドギマギした。
  細身でちょっと頼りない感じもするけど、すごく優しそうな人だ。
  でも、やっぱり無理・・・この『人』とは。
  気付くとまた目が合ってた。
「す、すみません。キレイだなって・・・そう、そのかんざし、藤の花ですよね。僕、大好きで」
「はい、私もです。珍しいですね、男の人で藤の花が好きとか」
「実家の近くにあって、小さい頃から大好きで。満開だと全部がきれいな紫の世界みたいに見えるんですよね」
  照れ臭そうに話す彼の目はキラキラしていた。
  嘘じゃない本当の言葉だ、って伝わってくる。
「かんざしだけじゃなくて、あの・・・着物も毛皮もすごく素敵です」
  良かった、少なくとも毛皮が嫌いな人じゃなくって。
「あなたの和服も素敵です、いい色で似あってます」
「そうですか、おじいちゃんのなんです、草木染とかで」
「草木染め! 私もちょっとだけやったことあります」
「意外ですね、都会なのに」
「いえ、私も田舎者で。木や花が好きで。住んでるまわりは山や畑もあるんですよ」
「わあ、遠くからわざわざお参りに?」
「すごくかなえたいお願いがあって・・・」
  私はため息をついた。
  そう、ざわざこの遠くの大きな神社まで来たのは、今年こそ良い相手に巡り合いたかったから。
  親や友達に色んな人を紹介してもらったけど、いつもピンとこなくて。
  みんなには『条件厳しすぎ』とか言われてるけど・・・。
「立ち入ったこと聞いちゃって失礼しました・・・あの、じゃあ・・・」
   立ち去ろうとする彼に私は思わず声をかけた。
「あの・・・おみくじ、結ばないんですか?」
 呼び止められて彼はちょっと嬉しそうに見えた・・・のは私の勝手な思い込みかもしれないけど。
「そうですね・・・でも、どこもいっぱいだなあ?」
キョロキョロと周囲を見渡していた彼は、奥の方の木を指さした。
「あそこなら結べそうです」
植え込みの奥へと進んでいく彼に、私もついて行った。
その奥には小さな祠があり、祈願の為のお供えらしい素焼きの狐の人形がズラリと並んでいた。
「お稲荷さん?」
「ですね、いっぱい狐が並んでる」
不思議なことに、白い人形の中に、一つだけポツリと黒いのが混じっていた。
「かわいいけど、一匹だけ違う・・・」
私のつぶやきに、彼は言った。
「違うのはダメですかね?」
「え?」
「僕はいいと思うんです。みんな違っていて。違いがあってもそれが素晴らしければ」
  気が弱そうな彼だけど、この言葉には力強さがあった。
  そして私は、そんな彼が素敵だなと思った。
「私もそう思います」
私の返事に彼はニッコリとほほ笑んだ。
「よかった。ぼくもちょっと人と違ってて、いえ、かなり違ってるんですけど・・・でもこんな僕でよかったら付き合って・・・いや、とりあえず友達になってもらえませんか」
  いきなりの彼の言葉に私はときめいた。
「僕じゃダメですか」
「いえ、そんな」
  この人はいい人だ。
  この人となら・・・でも私はまだためらっていた。
  そんな私に彼は手をのばした。
  身を固くする私の手から彼は,おみくじをとりあげた。
「まず、これを結びましょう。ここらへんかな」
  彼は細長くたたんだおみくじを結び付けようと、私に背を向けた。
  枝はかなり高く、彼は思いきり手を伸ばし、つま先立ちで足をフルフルさせていた。
  彼の動きにあわせて羽織もゆれていて・・・え?
 その下から、立派なフワフワした長いものが飛び出していた。
 どうみてもそれは、立派な狐の尻尾・・・。
「えっ・・・」
  私の声に彼が振り向いた。
「どうしました!?」
「あの・・・尻尾」
「え・・・」
  彼は私の言葉に急に表情がこわばり、自分の腰に手をやる。
「いや、こ、これは、あの・・・作り物です、ハハ、面白いでしょ。最近流行ってて」
「そ、そうなんですか、そうですよね、ホンモノのわけないですよね」
  その時だった。
「あんたら、なにしてるの!」
  私たちの前にはかま姿の巫女さんが割って入ってきた。彼の『尻尾』をぎゅっと握った。
「イ、イテ!」
この巫女さん、さっき私におみくじ売ってくれた人だ。そして巫女さんは私のエリマキも引っ張った。
「あ、やめて、痛・・・」
「あんたたち、お稲荷さんの前なんだから、バレないようにしゃんとしてななさい!」
  私と彼はお互いをマジマジと見つめ合った。
「あなた・・・も?」
「もしかして君も?」
「さあ、お参り終えたら、正体バレないようとっととお帰りなさい! 間抜けな若いの」
  巫女さんは私たちを追い立てながら、最後に付け加えた。
「その先においしい狐うどんのお店あるから」
「あ、ありがとうございます」
  お礼を言う私たちに、巫女さんは手だけでなく、ハカマの横から飛び出した大きな尻尾も降ってくれていた。
  私たちは思わず顔を見合わせて笑った。
  巫女さんもお仲間で、私たちのこと気づいていたんだ。
  私たちは笑いあい、歩き出した。
  おいしいうどん屋さんへ、そして二人で歩き出す新しい未来へと。

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