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怪談『箪笥(たんす)/WALK IN THE CLOSET』

あるところにとても腕の良い伊右衛門という家具職人が居た。彼は「家物」という屋号を掲げ、計測具を使用してもいないのに寸分たがわぬ寸法で家具を作り続ける腕前でよく知られていた。伊右衛門は家具が作り続けられればそれで良く己が食う分以上には代金を要求しないということで評判になり門前には注文する人々が山のように押し寄せていた。

特に評判となっていたのは桐箪笥で水も漏らさぬその精度は「抽斗で金魚が飼える」と云われる程の代物であった。

トントン カンカン

受注生産の箪笥の126棹目が完成した。三和土の上の125棹の横に並べる。

まったく同じ寸法と精度、釘を使わぬのに気密性は高く、それでいて抽斗は軽い。伊右衛門はその出来栄えに満足して客には見せない笑みをこぼす。この男は家具にだけ心を広く男なのだ。

いよいよ127棹目の製作が開始された。ギーコギコーシュッシュットントンカンカンシュッシュットントンカンカン。完成。満面の笑み。

127棹目を三和土に置こうとして、困った。もう置く場所がないのだ。家じゅうを見渡す。家具作りの阿呆である伊右衛門は家具を作ること以外のことを考えたこともない。作業場に置いたままでは次の家具に取り掛かれない。そうすれば伊右衛門は狂死してしまうだろう。

困ってしまい箪笥を抱えたままウロウロしている伊右衛門はやがて作業場に転がっていた錐に躓いて箪笥を落としてしまった。127棹目の箪笥を126棹目の箪笥の中に。

それが、ストンと収まった。

まったく同じ寸法と精度、釘を使わぬのに密度は高く、それでいて抽斗は軽い箪笥の中に別の箪笥が重なるようにきれいに収まってしまったのだ。

伊右衛門は職人であり箪笥に収まった質量は寸分の狂いもなく把握している。箪笥を調べてみると間違いなく箪笥2つ分の重量である。

伊右衛門は驚いた。無理もない、目の前で尋常ならざる光景を見たのだから、というわけではなかった。伊右衛門は阿呆である。なるほどこの手があったか!と膝を打った伊右衛門は己の製作した箪笥を次々と箪笥に放り込んだ。

126棹目の中に125棹目を収め、125棹目の中に124棹目を収め、124棹目の中に123棹目を収め、123棹目の中に122棹目を収め、122棹目の中に121棹目を収め、121棹目の中に120棹目を収め、120棹目の中に119棹目を収め、119棹目の中に118棹目を収め、118棹目の中に117棹目を収め、117棹目の中に116棹目を収め、116棹目の中に115棹目を収め、115棹目の中に114棹目を収め、114棹目の中に113棹目を収め、113棹目の中に112棹目を収め、112棹目の中に111棹目を収め、111棹目の中に110棹目を収め、110棹目の中に109棹目を収め、109棹目の中に108棹目を収め、108棹目の中に107棹目を収め、107棹目の中に106棹目を収め、106棹目の中に105棹目を収め、105棹目の中に104棹目を収め、104棹目の中に103棹目を収め、103棹目の中に102棹目を収め、102棹目の中に101棹目を収め、101棹目の中に100棹目を収め、100棹目の中に99棹目を収め、99棹目の中に98棹目を収め、98棹目の中に97棹目を収め、97棹目の中に96棹目を収め、96棹目の中に95棹目を収め、95棹目の中に94棹目を収め、94棹目の中に93棹目を収め、93棹目の中に92棹目を収め、92棹目の中に91棹目を収め、91棹目の中に90棹目を収め、90棹目の中に89棹目を収め、89棹目の中に88棹目を収め、88棹目の中に87棹目を収め、87棹目の中に86棹目を収め、86棹目の中に85棹目を収め、85棹目の中に84棹目を収め、84棹目の中に83棹目を収め、83棹目の中に82棹目を収め、82棹目の中に81棹目を収め、81棹目の中に80棹目を収め、80棹目の中に79棹目を収め、79棹目の中に78棹目を収め、78棹目の中に77棹目を収め、77棹目の中に76棹目を収め、76棹目の中に75棹目を収め、75棹目の中に74棹目を収め、74棹目の中に73棹目を収め、73棹目の中に72棹目を収め、72棹目の中に71棹目を収め、71棹目の中に70棹目を収め、70棹目の中に69棹目を収め、69棹目の中に68棹目を収め、68棹目の中に67棹目を収め、67棹目の中に66棹目を収め、66棹目の中に65棹目を収め、65棹目の中に64棹目を収め、64棹目の中に63棹目を収め、63棹目の中に62棹目を収め、62棹目の中に61棹目を収め、61棹目の中に60棹目を収め、60棹目の中に59棹目を収め、59棹目の中に58棹目を収め、58棹目の中に57棹目を収め、57棹目の中に56棹目を収め、56棹目の中に55棹目を収め、55棹目の中に54棹目を収め、54棹目の中に53棹目を収め、53棹目の中に52棹目を収め、52棹目の中に51棹目を収め、51棹目の中に50棹目を収め、50棹目の中に49棹目を収め、49棹目の中に48棹目を収め、48棹目の中に47棹目を収め、47棹目の中に46棹目を収め、46棹目の中に45棹目を収め、45棹目の中に44棹目を収め、44棹目の中に43棹目を収め、43棹目の中に42棹目を収め、42棹目の中に41棹目を収め、41棹目の中に40棹目を収め、40棹目の中に39棹目を収め、39棹目の中に38棹目を収め、38棹目の中に37棹目を収め、37棹目の中に36棹目を収め、36棹目の中に35棹目を収め、35棹目の中に34棹目を収め、34棹目の中に33棹目を収め、33棹目の中に32棹目を収め、32棹目の中に31棹目を収め、31棹目の中に30棹目を収め、30棹目の中に29棹目を収め、29棹目の中に28棹目を収め、28棹目の中に27棹目を収め、27棹目の中に26棹目を収め、26棹目の中に25棹目を収め、25棹目の中に24棹目を収め、24棹目の中に23棹目を収め、23棹目の中に22棹目を収め、22棹目の中に21棹目を収め、21棹目の中に20棹目を収め、20棹目の中に19棹目を収め、19棹目の中に18棹目を収め、18棹目の中に17棹目を収め、17棹目の中に16棹目を収め、16棹目の中に15棹目を収め、15棹目の中に14棹目を収め、14棹目の中に13棹目を収め、13棹目の中に12棹目を収め、12棹目の中に11棹目を収め、11棹目の中に10棹目を収め、10棹目の中に9棹目を収め、9棹目の中に8棹目を収め、8棹目の中に7棹目を収め、7棹目の中に6棹目を収め、6棹目の中に5棹目を収め、5棹目の中に4棹目を収め、4棹目の中に3棹目を収め、3棹目の中に2棹目を収め、2棹目の中に1棹目を収め、1棹目の中に……収めるものがなくなった伊右衛門は最後の抽斗を閉めた。

その時、伊右衛門の背後で抽斗が閉まる音がした。

私がある廃屋でこの箪笥を見つけたのはある夏の夜のことだった。その箪笥には127個の箪笥が収められており、箪笥には銘として「伊右衛門・作」と彫り込まれていた。 銘について旧知の図書館主に聞くと、彼女はたしかに数年前まで【家物】という家具店があったが職人が突然失踪したのだ、と教えてくれた。


おわり

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