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紡がれる絆『ドラゴンクエスト・YOUR STORY』

品川のホテル内にある映画館。
観客は自分以外ほぼゼロだが、客席中央のVIP専用プレミアシートだけが一組の家族で埋まっている。その豪奢でゆったりとしたシートに座っていたのは30代~40代の夫婦と姉と弟。おそらく、ホテルの宿泊組であろうリラックスした衣服でポップコーンを片手に楽しむ姿勢であった。

彼らが見ていたのは『ドラゴンクエスト・YOUR STORY』という作品だ。

それは、いまさら説明するまでもない、有名なゲーム作品『ドラゴンクエスト』を原作として現代的に再構築したアニメーション作品で、感情が表情だけで伝わるほどの高度なCGと有名俳優による吹き替えと三代に渡る壮大な親子の物語として、今世紀でも稀有なドラクエ作品として喧伝されていた。

とはいえ、私の感想は「期待を超えない出来」というあたりに落着していた。あまりにも端折りすぎた物語と、急展開する結末に不満がなかったといえばウソになる。そんなマニア的な、まずマイナス評価が浮かんでしまう自分に嫌気がさし、ため息をついて劇場を出ようとしたときに、私はVIPシートにもたれて感想を語る父子の声が聞こえてきた。

「ドラゴンクエスト、おもしろかったね」
「ああ」
「ゲームもあれと同じなの?」
「そうだよ、まったく同じだよ」
「お父さん、ぼくもやりたい!」
「じゃあ、いっしょにやってみようか」
「ウン!!」

光がそこに射し込んでいた。
映画のわずかな出来の悪さに腹を立てた自分が恥ずかしかった。私が作品を腐している間に、彼ら親子は、パパス、リュカ、アルスのように、ドラゴンクエストという「体験」を継承し、次代に紡いでいたのだ。

高級ホテルに宿泊し、プレミアシートに座って、最高の映画を見た。最高の一日だ。息子はドラゴンクエストをプレイするたびに、この出来事を思い出すことだろう。

キラキラした、私にはとても手が出せないような体験。

新しい価値観に触れ、何か大切なものを持ち帰ることができる。
劇場体験というのは、このようなものをいうのだ。

 私は、何だか酷く——— 彼らが羨ましくなってしまった。


#映画館の思い出 #家族 #ドラゴンクエスト

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