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#03 徳島県神山町③ すべてが“自分事”になる豊かな暮らし

いま注目すべき取り組みを行っている街を訪れ、街づくりの未来を探るプロジェクト。
エストニア、デンマークに続く第3の訪問先は、国内外から移住者が相次ぐ徳島県の神山町。
四方を山に囲まれた土地になぜ、ITベンチャーのサテライト拠点やこだわりのコーヒーロースターが?
「ここには、お金以上の価値がある」。その言葉を手がかりに、神山町の魅力をひもといていきます。
▶前編 ② 移住と交流が育むコミュニティの姿
▶「Field Research」記事一覧へ

移住者の取り組みから、神山町の“いま”を体感する

過疎化が進む山間部の町へ高感度な人々が移り住み、ITベンチャーの拠点が次々と進出――。“地方消滅”の危機に瀕した自治体の中でなぜここだけ、流出人口を移住者の数が上回ったのか?(※1)
世界各国からアーティストを招聘する「神山アーティスト・イン・レジデンス」や、人材を呼び込む独自の取り組み、その背景にある「創造的過疎」の思想に学ぶべく、日本全国から熱い注目を集める徳島県名西(みょうざい)郡神山町へ。
フィールドリサーチの案内役は、「東京での“ブロイラー”生活から、神山で自由に生きる“野鳥”をめざして奮闘中」と語る古民家ビストロのオーナー、齊藤郁子さん。働き方や暮らし方、店舗経営に至るまで、常識を覆すような実験に取り組む齊藤さんのお店「カフェ オニヴァ(Cafe on y va)」(記事②参照)を出発点に、変化する町の実像に迫ります。

(※1 出典:2011年度、神山町からの転出者139人に対して転入者が150人となり、それまで減少を続けてきた社会動態人口が町の制定から初めて増加に転じた。出典:神山町公式サイト「人口と世帯数

活気づくコミュニティと、環境への意識の高まり

町役場へとつながる寄井商店街の街道沿いには近年、「カフェ オニヴァ」や「えんがわオフィス」(記事②参照)以外にも、移住者によるお店やオフィスが軒を連ねるようになりました。
東京のWeb制作会社で、日本各地からメンバーを募り、神山町に滞在してもらいながらWebクリエイターの育成にも取り組む株式会社モノサスのサテライトオフィス「モノサスLab」や、横浜を拠点にクリエイターと福祉施設をつなげてものづくりに取り組む「スローレーベル」のコンセプトストア「スロー百掛店(ひゃっかてん)」。また、神山町へ移住後にイベントなどでコーヒーを淹れていた千代田孝子さんは、地域の人々の声を受けて、こだわりのコーヒーロースタリー「豆ちよ焙煎所」をオープン。「カフェ オニヴァ」のコーヒーは、この焙煎所のものを使用しています。
そのすぐ近くでは、東京で映画の予告編やテレビCMの制作を手がけていた広瀬浩二さんがログハウスを建て、敷地内で4頭の山羊を飼育。母山羊のミルクを「カフェ オニヴァ」などに提供したり、齊藤さん自身も山羊たちの散歩を手伝ったりと、新たな交流が広がっています。

「豆ちよ焙煎所」でこだわりのコーヒーを味わい、山羊たちとの散歩へ。のんびりとした時間の中に、神山町の日々を彩る無数の発見や楽しみが浮かび上がってくる。

齊藤さん「『カフェ オニヴァ』を始めてからの5年間で、ご近所に新しい店やオフィスが増えていき、どんどんにぎやかになってきました。顔を合わせて立ち話をしたり、おすそわけをしたり……。この商店街に限らず、地域で育てた農産物を地域で一緒に食べる“地産地食”を掲げ、役場のメンバーや移住者有志が食堂やパン屋などを運営する「フードハブ・プロジェクト神山」など、神山全体を巻き込む新しい動きも広がっています。そんな日々の楽しみの一方で、ふと思い立ったら自然の中で自分だけの時間を過ごすことができるのも、神山の大きな魅力ですね」

その言葉に導かれ、車で5分ほど山道を上がり、道路脇のけもの道へ。木立の間の斜面を下った先には、大きな岩に清流がせき止められた“天然のプール”が。ここは、地元の子どもたちが川へ飛び込んで遊ぶという「どんどろ淵」。夏の間は齊藤さんもここで毎朝のように泳ぎを楽しむという、とっておきの場所の一つです。

また、別の山道を上がっていくと、そこは齊藤さんが所有する通称「オニヴァ山」。「カフェ オニヴァ」で使う薪には、自らチェンソーで切り倒した木材を利用。数十年前に植林され、林業の衰退とともに放置状態となった杉の木を間伐し、山の保全にも取り組んでいます。

台風一過で増水中の「どんどろ淵」を経て、「オニヴァ山」のサウナ建設現場へ。「何事も自分でやってみるのが、神山を楽しむ一番の方法」と齊藤さん。

齊藤さん「オニヴァ山はかつて、細く不健康に密生した杉の木が光を遮る暗い場所でした。でも再び手入れをすることで太陽の光が差し込み、風が吹き込むようになったんです。最近は小さな沢の脇にハンモックを張り、一人静かに読書をしたり、お昼ごはんを作ったりするのが楽しみの一つ。加えて、町の人たちの手を借りながら、小さなサウナを作っています。木の根を掘り起こして平地を確保し、コンクリートで基礎を作り、石を砕いて敷き詰めて、小屋を建てようとしているところです。もともと道さえなかったところですが、薪ならまわりにいくらでもあるし、飛び込むための川もある。この『森のサウナ』のプロジェクトが、神山の放置林の問題をみんなで考えるきっかけになればと思っています」

店づくりを通して見えてきた、神山町のシェア意識

移住者たちのコミュニティ、そして山の現状を肌で感じながら、一行は再び「カフェ オニヴァ」へ。暮れなずむ山々を窓外に、地域の食材を薪で調理した料理や、神山町の地ビール「カミヤマビール」などを味わいました。ちょうど時を同じくして、「神山アーティスト・イン・レジデンス」をきっかけにオランダから移住し、「カミヤマビール」のブルワリー(醸造所)を立ち上げた夫妻など、地域の人々もご来店。古くからの住民と移住者、そして旅の訪問者が自然に触れ合い、笑顔とともに会話が生まれます。
それにしてもなぜ、四方を山に囲まれたこの場所に、これほどまでに高感度なコミュニティが育まれているのでしょうか。神山町との出合いから地域との関わり、町の未来を考える取り組みまで。齊藤さん自身の目線から語っていただきました。

「カフェ オニヴァ」にて。「カミヤマビール」に始まり、地元産の野菜から1頭買いの阿波牛まで、地域の旬の食材を取り入れた本格的なフランス家庭料理を味わうことができる。

齊藤さん「私と神山との出合いは2003年、アウトドア仲間だった歯科医の友人がこの地に構えた住まいを訪ねたことがきっかけです。何度も立ち寄るうちに、自分もここで暮らしたいと思うようになり、もともと美味しいものや気持ちのよい空間が好きだったこともあって、町の人と外から訪れた人たちが交流できるような店を開きたいと考えました。
その後、造り酒屋だったこの建物を見つけて、東京で働きながら週末のたびに夜行バスで神山へ通い、1年半かけて改築を進めました。新築よりも遙かにお金がかかったけれど、でも誰かがいま手を入れなければ、この建物は近いうちに取り壊されてしまう。費用を惜しまず、基礎からしっかり直すことで、100年先へ神山の歴史ある建物を残したいと考えました。元の家主の方も私のやりたいことに共感してくれて、『支払いはカフェが軌道に乗ってから、毎月少しずつでもいいですよ』と、建物に加えて軽トラック、山の土地まで付けてくれたんです。

そのときに感じたのが、神山の人たちの好奇心と人懐っこさです。改築中の店の中にテントを張って寝ていたら、くわえ煙草のおばあちゃんが様子を見に来たときはびっくりしました。なぜかしゃもじの上にごはんを乗せてきて『食べなさい』って(笑)。お遍路さんをもてなす四国の『お接待』文化が根付いていることもありますが、神山の人たちは本当に面倒見がよくて、『使ってないのがあるから』と、工具や車をいただいたり……シェアの精神が根付いていて、人々の間でモノや知識がぐるぐる循環しているんですね。

さらに、改修費の一部を後払いにしてもらえるように工務店と交渉したところ、快くOKしてくれて。最終的に、徳島の各地から40職種もの職人さんが関わってくださいました。彼らの多くは伝統的な技術を身に付けているものの、昔ながらの建築が減って腕を振るう機会がなくなっている。だからこそ、破格の条件で最高の技を提供してくれました。
そうやって数多くの人たちに支えられてできあがったお店ですが、返済についてはおかげさまで、順調どころか早すぎるくらいのペースで進んでいます。お金というものは使ったら減るけれど、信用や人間関係は使えば使うほど増えたり深まったりしていくんだな……と、つくづく実感しています」

人のこと、町のことを“自分事”として感じる喜び

「一方、私自身は、東京で給料という名の餌を与えられて消費するだけの“ブロイラー”として生きていた状態から、いまはようやく“地鶏”になったところ。神山で自由に生きる“野鳥”たちに助けられてなんとかやってきたけれど、まだまだ外飼いの囲いの中で守られている存在ということですね。

例えば、私が100円均一ショップで買ってきたロープを見た近所のおばあちゃんが、山にあるシュロの木で縄を編む方法を教えてくれたり、89歳にしてイノシシ狩りの名人で、私が師匠と呼んでいる方にも、工事用のドリルのために発電機を借りているところです。そんなふうに人の面倒を見るだけでなく、移住してきた人たちの考えを柔軟に受け入れたり、さらに新しいアイデアを提案してくれたり……神山の人たちのたくましさと好奇心には、いつも驚かされるばかりです。

そうやって人と人、人と自然との関係性がつながり合っていくなかで、町や環境のことが次第に“自分事”になってきました。あらゆることをお金で解決し、人任せにしていた東京での暮らしとは真逆の感覚ですね。だからこそ、町の今後のこと、100年後の人たちのことについて、ごく自然に想いを馳せることができるようになりました。お金よりも、ここにはもっと大切な資産が広がっている。山だって、手入れをするほど生産的になっていく。こうした気づきやつながりを生み出していく状況こそが、何物にも代えがたい神山の豊かさなんだと思います」


→ 次回  03 徳島県神山町
④ 地域とサテライトオフィスの幸福な関係


リサーチメンバー (徳島県神山町取材 2018.10/1〜2)
主催
井上学、林正樹、竹下あゆみ、吉川圭司、堀口裕
(NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室)
https://www.nttud.co.jp/
企画&ディレクション
渡邉康太郎、西條剛史(Takram)
ポストプロダクション & グラフィックデザイン
江夏輝重(Takram)
編集&執筆
深沢慶太(フリー編集者)


このプロジェクトについて

「新たな価値を生み出す街づくり」のために、いまできることは、なんだろう。
私たちNTT都市開発は、この問いに真摯に向き合うべく、「デザイン」を軸に社会の変化を先読みし、未来を切り拓く試みに取り組んでいます。

2018年は、いままさに注目を集めている都市や地域を訪れ、その土地固有の魅力を見つけ出す「Field Research(フィールドリサーチ)」を実施。訪問先は、“世界最先端の電子国家”ことエストニアの首都タリン、世界の“食都”と呼び声高いデンマークのコペンハーゲン、そして、アートと移住の取り組みで注目を集める徳島県神山町です。

その場所ごとの環境や文化、そこに住まう人々の息吹、地域への愛着やアイデンティティに至るまで。さまざまな角度から街の魅力を掘り下げる試みを通して、街づくりの未来を探っていきます。

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