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#01 エストニア⑦ 「テクノロジー×街づくり」の幸福な関係

いま注目すべき取り組みを行っている街を訪れ、街づくりの未来を探るプロジェクト。
最初の訪問先は、“世界最先端の電子国家”として発展を遂げたエストニア共和国。
リサーチやインタビューを通して浮かび上がってきた、“負の歴史”から羽ばたこうとする人々の思い。リサーチメンバーの視点から、これからの「テクノロジー×街づくり」の関係を考えていきます。
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エストニアのフィールドリサーチを振り返って:

“世界最先端の電子国家”として、日本でも大きな注目を集めるエストニア。再独立後の建国からわずか20年余り、革新的な発展を可能にしたテクノロジーは、どのような形で人々の暮らしや都市のあり方に影響を与えているのだろうかーー。その実態は、漠然と思い描いていた“近未来都市”の印象とはほど遠いものだった。

“ユーザー目線”が導いた技術革新

石造りの旧市街、旧ソ連時代の遺構、スタートアップが集まる旧倉庫街。それらの街のどこにも、ハイテクな印象は感じられない。その理由を探るうちに、一つの仮説にたどり着いた。この国のITサービスの多くは“ユーザーの目線”を出発点として作られているからこそ、目に見えない形でここまで社会へ浸透したのではないか。例えばeIDカードは「行政と民間の枠を超え、カード1枚でさまざまなサービスを受けられたら」というユーザーの気持ちに寄り添うべく、官民が一体となることで実現した。「Jobbatical(ジョバティカル/記事②参照)」もまた、創業者の「あったらいいな」という思いが出発点だった。

そんなテクノロジーを、エストニアの人々はどう認識していたか。タリンで乗車したタクシーの運転手にテクノロジーの恩恵をどう感じるか尋ねたところ、「当たり前すぎてよくわからないよ」という答えが返ってきた。彼らにとってテクノロジーは拡張されたインフラの一部であり、日々の生活を支えるためのツールに過ぎない。
一方で彼らはこの街に暮らす魅力を、友達と会う時間や、歴史ある街を散策する楽しみ、自然の中で過ごす習慣など、本質的な豊かさの中に見いだしていた。それは、テクノロジーの“消費者”ではなく、サービスの主体的なユーザーとして自ら街に関わろうとする意識的な姿勢の表れでもあるだろう。

これらの気づきを受けて、私たちはこれからの街づくりに関わる二つのポイントを導き出した。


ハードのスケールとそれを生かすソフトの仕組み

一つ目は「街のスケール(大きさ)」。比較的小さな街であるため、人と気軽に会うことができ、自然とも近く、ライフとワークを一体的に調和させることができる。そこに、市民が無料で利用できるトラムの利便性が加わることで、都市生活をさらに快適なものにしている。また国土が小さく、政府と国民との距離が短いことも、国のシステム構築を“自分ごと”に感じさせる環境要因になっている。そこに政府とスタートアップ企業のエコシステムが加わることによって、イノベーティブな発想を加速させ、さまざまなサービスを生み出すことに成功している。人々を活発にするハードのスケール感と、その進展を加速させるソフトの仕組みが、見事な融合を果たしているのだ。

場のアイデンティティにつながる、課題設定と解決のサイクル

二つ目は「歴史とアイデンティティ」。長い間諸外国の支配下に置かれたことから、エストニアの人々にとってアイデンティティの拠り所と呼べるものは独自の言語だけになった。そしてその事実こそが、再独立を果たした若い国の若い指導者たちにとって、革新的な生存戦略に結び付いた。旧ソ連時代のIT開発拠点として培ってきたノウハウを最大限に活用し、デジタルという未踏のフロンティアを舞台に、自分たちの新しいアイデンティティを確立する試み。それは、問題解決のために自ら課題を設定し、さまざまなステークホルダーを巻き込んでいくという、壮大な挑戦だったのだ。
その象徴ともいえるエストニア国立博物館(記事④参照)は、旧ソ連時代の軍用滑走路跡地をコンテクストとして、建築へと見事な昇華を果たしていた。その姿は、空虚なる過去に対してテクノロジーの翼を広げ、イノベーションを動力に新たな歴史へと羽ばたいていくエストニアの姿そのものでもあった。

エストニア第2の都市タルトゥ郊外に建つエストニア国立博物館。長大な展示空間を抜けると旧ソ連の軍用滑走路の跡が広がり、この建築が旧ソ連による支配という負の歴史から新たに飛翔するエストニアの姿を表していることに気づかされる。


にぎわいが自然発生する場の構築

最後に、タリンの都市リサーチにおいて特に印象的だった二つの場所を紹介したい。
バルト海に面した「リンナハル(記事④参照)」は、旧ソ連時代に建てられた巨大な音楽ホールの廃墟であり、いまは若者やアーティストたちの溜まり場になっている。また、タリン駅の操車場や工場、倉庫の跡地エリアであるテリスキヴィ(記事⑥参照)は、リノベーションによってクリエイティブなオフィスやレストランが集積するヒップなエリアだ。リンナハルでは市街からスケールアウトした巨大建築が人々を受け入れる立体公園のような大らかさを醸し出し、テリスキヴィでは個人オーナーのキュレーションで集められたコンテンツのもとに、新しいカルチャーを生み出す自由でクリエイティブな空気感が醸成されていた。

この二つの場所に共通すること。それは、使い方が定義されていない場を人々がいきいきと使いこなし、自然発生的なにぎわいが生まれていることだった。言い換えれば、ユーザーにとってハッカブルな状況をいかに創り出すか。このように“作り手の思想”ではなく、“ユーザーの体験”こそが最も重要だとするならば、街づくりを行うことの役割や意義を果たしてどこに見いだすべきだろうか。
これまでの都市計画のあり方を問い直し、これからの街づくりを考えていく上で、重要な視点がそこにはあった。

キーワード

・ユーザー目線が導いた技術革新
・ハードのスケールとそれを生かすソフトの仕組み
・場のアイデンティティにつながる、課題設定と解決のサイクル
・にぎわいが自然発生する場の構築 

日没後、旧ソ連時代の音楽ホール「リンナハル」跡に集う若者たち。巨大なコンクリートの廃墟だが、人々がくつろぐ公園のような機能を果たしている。

テリスキヴィに広がる公共空間。倉庫をリノベーションした建物の間にレストランのテラス席や卓球台が設置され、人々が思い思いの時間を過ごしている様子が印象的だった。


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リサーチメンバー
主催
井上学、林正樹、吉川圭司、堀口裕
(NTT都市開発株式会社 デザイン戦略室)
https://www.nttud.co.jp/
企画&ディレクション
渡邉康太郎、西條剛史(Takram)
ポストプロダクション & グラフィックデザイン
江夏輝重(Takram)
編集&執筆
深沢慶太(フリー編集者)


このプロジェクトについて

「新たな価値を生み出す街づくり」のために、いまできることは、なんだろう。
私たちNTT都市開発は、この問いに真摯に向き合うべく、「デザイン」を軸に社会の変化を先読みし、未来を切り拓く試みに取り組んでいます。

2018年は、いままさに注目を集めている都市や地域を訪れ、その土地固有の魅力を見つけ出す「Field Research(フィールドリサーチ)」を実施。訪問先は、“世界最先端の電子国家”ことエストニアの首都タリン、世界の“食都”と呼び声高いデンマークのコペンハーゲン、そして、アートと移住の取り組みで注目を集める徳島県神山町です。

その場所ごとの環境や文化、そこに住まう人々の息吹、地域への愛着やアイデンティティに至るまで。さまざまな角度から街の魅力を掘り下げる試みを通して、街づくりの未来を探っていきます。

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