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育休マイスターは実在する! /『男コピーライター、育休をとる。』第2話を語る

僕(魚返洋平)の著書『男コピーライター、育休をとる。』がWOWOWでドラマ化され、7月9日から放送・配信がスタートした。
主人公・魚返「洋介」を瀬戸康史さん、妻の「愛子」を瀧内公美さんが演じている。
ノンフィクションエッセイである原作にドラマならではの脚色や創作が加わり、もうひとつの魚返家の話が誕生した。まるで平行世界に転生した自分たちを見るような不思議な感覚だ。

このnoteでは、「原作者 兼 視聴者」の視点で、ドラマの各話に沿って原作(実話)との比較を楽しみつつ、ちょっとした裏話なども話していきたい。ネタバレというほどのものはないけれど、一応、各話を観た後で読まれることを想定しています。

#2 育休への道

第2話「育休への道」で、洋介は「育休マイスター」カマチに会い、制度について教えを乞う。一方、臨月の妻・愛子は、いよいよ出産のときを迎えようとしている。

今回は原作の【第3章 育休への道】にぐっとフォーカスしたエピソードだ。

冒頭、いきなりオークションから始まる。育休期間をどれくらいにしようかという洋介の迷いが、比喩的に表現される場面だ。
原作では「なんだかオークションみたい」と書いただけなのに、ドラマ化ではそこを膨らませて、こんなにキャッチーな場面になった。こういう「映像ならではの醍醐味」は、今後も多くの場面に散りばめられている。

ところで原作を読んでもらえれば分かりますが、僕の職場はこういうことにリベラルで、育休を取るにあたって心理的な障壁がまったくといっていいほど、なかった。
だからこそ、WOWOWからドラマ化の話を最初にいただいたとき、「そこはどう描くんだろう?」というのが気になっていた。

というのも、男性の育休取得に対して障壁のある職場はまだまだ多くあり、その葛藤に劇性を見出すべきだろうか? でも、原作の主眼はむしろ「育休に入ってからのあれこれ」なんだけどなあ、と思ったわけである。

育休を取るまでに苦労・格闘しすぎると、原作の主旨から逸れる。かといって、まったく難なく取れてしまうと、視聴者が共感しにくい。どういうバランスにするんだろう?

細川徹さんの脚本を読んだとき、その解決法に「なーるーほーどー」と唸った。
上司を説得するための理論武装に、ひとり勝手に苦心する洋介。
一方、拍子抜けするほどあっさりOKする上司。
という構図になっている。

育休への逆風を想像して、ああでもないこうでもないと先回り(シミュレーション)する男性は少なくないはずで、思わず肩に力が入るその感じがここで描かれる。

ちなみに、村上淳さんが演じるこのクリエイティブディレクター浜崎をはじめとして、営業部長の千木良(演:池田成志さん)、同僚の梶原(演:少路勇介さん)、神林(演:酒井善史さん)、阿部(演:川面千晶さん)、遠藤(演:日比美思さん)といった職場の仲間たちには、実在のモデルがいない。完全にドラマ版のオリジナルで、このあたりは他所の広告会社を覗いているようで楽しい。

第1話と同じように、実際の広告会社らしいリアリティを部分部分で担保しつつ、ほどよく戯画化(デフォルメ)されたポップな光景だ。

ただし。主人公のほかに一人だけ、実在モデルに基づく社員が登場する。     それが、「育休マイスター」ことカマチ(演:赤ペン瀧川さん)なのです。

ドラマよりもドラマっぽい、育休マイスター

このカマチ(蒲池優)というキャラクターは、原作にも出てくる僕の同期、「クマキ」がモデルになっている。
クマキ。本名を、熊木勝英という。職種は、ドラマ同様ストラテジックプランナー(主に戦略をつかさどる人)。

クマキのことを勝手に「育休マイスター」と呼んだのは僕だ。
でも、制度について異様に詳しくコンプリートしているさまも、収入や保障についてシミュレーションプランをやたら綿密に準備してくれた様子も、ドラマで描かれるこのまんまである。ハローワークに行って制度について直接ヒアリングした、というのもクマキの実話。

さらに言えば、ここで小道具としてちょっとだけ写る、複数プランのシミュレーション資料。これも、当時クマキがつくってくれたパワーポイントやエクセルのテンプレートがほぼそのまま用いられている(具体的な数字などは加工してあるが)。僕が当時のクマキの資料を、制作チームに提供したのだ。

いかにもドラマ然とした、フィクション度が高そうなカマチという人物が唯一、実話に即しているというのは妙に面白い。 
ただし外見とか喋り方とか、表面的な印象は全然ちがう(実際のクマキは、もっとソリッドなタイプだ)。

そしてふつうのドラマなら、こんなに詳細な制度説明を盛り込むことはまずないのだが、この屋上の場面ではあえてそれをやっていて大胆だ。建物を使って数値データを見せる演出ギミックに驚くし、飽きることがない。山口監督のサービス精神!

ちなみに、ドラマでカマチ自身は育休を「5日」しか取らなかったというオチがついているけど、実在のクマキは「3カ月」取得したとのことだ。

僕の会社では最近(2020年度)、男性の育休取得率が「77%」に至った。この年に出生届を出した男性が195名いて、そのうち150名が育休を取得したらしい。  
僕が育休を取った2017年当時は社内の男性取得率「21%」だったから、この数年間で飛躍的に伸びているんだな、と感慨深い。
ただ取得期間については、取得者のうち49%が「1週間以内」。30%が「1週間~1カ月」。150名全員の平均をとると「21.9日」で、今後はこの数字も伸びていくといいなと思う。

いまこの文章を書いている途中で知った最新情報によれば、この国の男性育休取得率も「12.65%」に達したそうだ(厚生労働省「令和2年度雇用均等基本調査」より)。前年の「7.48%」から急激な飛躍だ。

原作の頃なんてまだ5%台だった(本の帯にも書かれている)というのに。 いや、そもそもこのドラマのポスターにある「それは、まだ男性の7%しか体験していない『旅』だった。」でさえ、もう過去の話になってしまう! 世の中がぐぐぐっと動く振動を感じる。

千木良部長の言葉

第2話では、洋介が育休を取ると知った仲間たちが、好き勝手にいろんなことを言う。「イクメン」とか「奥さんが怖いのか」とか「半年も必要か」「せいぜい1週間だろう」「上司によるだろう」とか。
多くの職場で、男性育休に向けられやすい偏見のあれこれがこのミーティングの場面に集約されていて、原作にないシーンながら異様にリアルだ。細川さんの脚本、すごい。

僕が実際に言われた、というか今でもたまに言われる言葉は「イクメン」ぐらいだが、この単語について思うことは、原作の【第8章 「イクメン」にはうんざりだけど】に書き尽くした。要するに、「イクメン」って表現に対して極めて冷静な距離を保ちたいわけですが、ドラマの脚本も似たスタンスをとっていることが分かる。

ところで去年、朝日新聞社の主催するこんなイベントに参加したとき、

「男性が育休をとりたくなるコピーを考えてください」と、まるでドラマ第1話のようなリクエストをされ、以下のようなコピーを書いた。

ここからの一年を、
妻は一生おぼえてる。

#父になったら育休とろう

千木良部長の印象的な台詞「子どもが生まれてからの一年を、妻は一生忘れないよ」はこれともシンクロする。

ドラマではまず千木良部長の実感として語られているのがいい。実際、コピーライティングは言葉の創作というより、言葉の「発見」に近いところがあって、こうやって誰かが何気なく言ったことのなかに強度ある言葉を見出せることも多いのです。

千木良部長、なんかいいんですよね。バブルを経験した世代の広告会社の男性営業職といえば、「前時代のおっさん」みたいな文脈で悪しき点ばかりを指摘されがちだけれど、愛せるところもたくさんあるのだ。個人的には。

最初の2話だけでずいぶん長くなってしまった! 次回は第2回放送ぶん、つまり第3話&第4話をまとめて取り上げます。

(つづく)
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