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“パパ友”より“町友”か/『男コピーライター、育休をとる。』第7話・第8話を語る

僕(魚返洋平)の著書『男コピーライター、育休をとる。』がWOWOWでドラマ化され、7月9日から放送・配信がスタートした。
主人公・魚返「洋介」を瀬戸康史さん、妻の「愛子」を瀧内公美さんが演じている。
ノンフィクションエッセイである原作にドラマならではの脚色や創作が加わり、もうひとつの魚返家の話が誕生した。まるで平行世界に転生した自分たちを見るような不思議な感覚だ。

このnoteでは、「原作者 兼 視聴者」の視点で、ドラマの各話に沿って原作(実話)との比較を楽しみつつ、ちょっとした裏話なども話していきたい。ネタバレというほどのものはないけれど、一応、各話を観た後で読まれることを想定しています。

#7  パパ友がほしい

第7話「パパ友がほしい」は、洋介が生後4カ月を迎えたオトを連れて、町の子育てコミュニティスペースへと積極的に繰り出していくエピソード。

前回に引き続き、原作では【第4章 乳母車で街へ出る】にあたる内容だ。
生後2カ月くらいの最もヘビーな時期に比べると、ほんのすこしだけ落ち着いた魚返家である。

冒頭、いきなり「父乳」(ふにゅう)という“我が家スラング”が紹介される。
細かい話ですが、これは第4話「おっぱい、うんち、育休と私」で一瞬出てきた父乳とは意味がちがう。あっちは一般名詞というか、生物学的用語。
当時の僕はそんな言葉がすでにあることを知らずに、粉ミルクを指すオリジナルワード(“わが家スラング”)として「父乳」という言葉をつくったつもりでいた。

僕と妻のあいだでだけ通じる、こんな“わが家スラング”が、育休のあいだにたくさん生まれたことを原作に書いた。現在も使いつづけている言葉は多くないが、いまはいまで新しいスラングが日々生まれたり忘れられたりしている。

そのときそのときの共通言語は、共通の記憶でもある。一緒に過ごすということは、「言葉と記憶を共にする」ことだからである。「あのころ」を一緒に振り返るとき、その言葉でしか振り返ることのできないニュアンスや気持ちが、たぶんある。

あと言葉といえば、僕自身はいわゆる赤ちゃん言葉を使うことがなかったので、娘に対する洋介の言葉づかいはけっこう新鮮だった。

同窓生が、またできた

洋介と同じように、このころから娘と2人だけで出かけることも多くなった。そのあいだは当然ワンオペになるわけで、普段2人でやっていることを1人でやるのは大変といえば大変。けど何をやればいいかはだいたい分かっていて、それはやはり育休の賜物だと思う。
娘が2歳になって以降は、2人で僕の実家へ泊まりで帰省したりもする。

さて、子育てコミュニティスペースを訪れた洋介は、どうもしっくりこないと感じている。このへんの感触は原作にそんなに細かく書かなかったけれど、脚本になったものを読んで「そうそうそう、こういう感じだった!」とまるで自分ごとのように(まあ半分は自分ごとだが)共感した。

「高校時代、自由参加のスキー合宿に行ったら、部屋にはラグビー部軍団と自分だけだった思い出」に比べれば、こんなのアウェイのうちに入らない

(大和書房刊『男コピーライター、育休をとる。』 第4章より抜粋)

という部分が、まさか実写化されるとは予想しなかったけれど。

一方で、ちゃんと書いておきたいのは、あのころコミュニティスペースで知り合った人や得た人脈の一部とは、いまでも関係がつづいているということ。たとえば、区の子育て系NPO法人の素敵な人たちとつながるきっかけにもなった。だから僕はコミュニティスペースには感謝しているのです。

あ、細かい補足が。
育休について「女の人だけの…?」と言われ、「それ産休っすね」と洋介は返しているけれど、2021年には育児・介護休業法が見直され、2022年からいちおう「男性版産休」と呼ばれる新ルールもスタートすることになっています。制度もどんどんアップデートされていく。

僕も洋介のように、当時 “パパ友” はいなかった。
でもそのあと町に住み続けるなかで、素晴らしく頼もしい父親たちには出会えたし、なにより娘が保育園に入り、毎日の送り迎えを繰り返すなかで仲良くなった仲間たちがいる。それは、そう、もはや父親にかぎらないのだ。
「父親であること」が何か決定的な要素かというとそんなことはなくて、お母さんたち・お父さんたち、どちらもひっくるめて保護者メイトという感じになっていくんですね。

たまにみんな子連れで食事したり、LINEグループでやりとりしたり、同じアルバム(デジタル)に写真を追加していったり。
どこか共学の学校の同窓生のようなつながりを、疑似的にではあるけどいまも感じている。
同じ時期に同じ町で同じ年ごろの子を育て、思い出をともにした仲間。それはむしろ、「町友」(まちとも)とでも呼びたい人たちだ。
そういえばあのラグビー部軍団の彼らは、いまも「ラグ友」なのかな。

第8話サムネanother

#8  映画は映画館で

そして迎える、第8話「映画は映画館で」。
オトと一緒に留守番する洋介が、なんとか映画館に行けないかと作戦を練る、ほぼそれだけの回だ!ここへ来てドラマは原作からいったん大きく飛躍し、オリジナルな展開を描く。

それでも自分の体験でこの話に近かったものはなんだろうと振り返ってみると…。

① 家の隣町にあるこぢんまりとしたフレンチレストランに、どうしても行きたくなった。妻とランチぐらいは食べたかった。

② その隣町に一時保育可能な託児所があることをリサーチした。

③ 託児所に問い合わせ、予約し、何時間か預け、無事に妻とゆっくりフレンチを食べた。

というわけで、現実には作戦成功したのかな。ちょっといいレストランに行きたい、というのもまあ「あるある」かもしれなくて、アメリカ映画だとよくベビーシッターが家に来るやつですよね。

脚本を読んで「なるほど徹底的にコントをやるんだな」と把握していたけれど、完成した映像を観ているあいだ、いつしか「いち視聴者」になって反射的に笑っている自分がいた。

これはもう、ぜひ観てくださいとしか言いようがない。
気持ちはリアル、表現手法はギミカル。それはこのドラマ全体の特徴でもあるだろう。

さらにこの回は、「電気炊飯器の驚くべき活用法ランキング」(そんなものがあるか知らないが)で1位2位を争う話なんじゃないかと思うがどうだろう。何と争うか? たぶん「亀仙人がピッコロ大魔王を封印するために実施した炊飯器利用」ではないだろうか。

鬼コーポレーションへのご提案

第8話では、洋介の見るいわば悪夢に、鬼たちが登場する。洋介のクライアントらしい。主に「地獄事業」を運営しています、みたいなこんな会社に対してコピーを提案しなければならないという。

この場面では、洋介が苦し紛れにひねりだすコピーではなくて、颯爽とあらわれた新入社員・今泉がプレゼンするほうのコピーを、僕が書かせてもらった。

第1話のとき同様、いかにもリアルなコピーを、今度はこんなにばかばかしい設定で書いていく。架空なので、無責任に悪乗りしていい。これは楽しかった。劇中で使用されたコピーは、

鬼からみれば、人が鬼。

という1本だけだが、僕が用意していたコピーはほかにもいくつかある。この際だからここで成仏…もとい地獄に落としておきます。

さあ、かわいいほうの地獄へ。

事業方針を大きくシフトチェンジするキャンペーンスローガンを想定した。たぶん、これぐらい掲げないと新規顧客層も開拓できないと思う。

この時代、地獄のほうが平和です。
今日も、あなたの心に鬼がいます。

こんなに長く人々に寄り添いつづけてきた事業もないだろう。そこに対してユーザーの気づきを促したい。

人間に、見切りをつけよう。
そこで、鬼になれるかどうか。

とまあ、こんな感じで、今泉にはいろいろ用意があったに違いない!
鬼たちに刺さるのか、はたまた千木良部長に鬼の角が刺さるのか。知る由もない。

第8話の最後で、「またしても映画を観られなかった」洋介と愛子。そのプロジェクターとスクリーン(僕の家にはこんなのを設置するスペースはない)をいつか使い倒せる日がくるといいね、と思う。

(つづく)
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