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ゆらり揺られて

私の趣味、というよりストレス発散方法は電車の一日乗車券を使ってただひたすらぐるぐると回り続ける環状線に一日中乗ること。

何故電車なのかと聞かれれば自分でもどうしてなのかはよくわかってないが、ただゆらゆらと揺れる電車とレールの音が心地よく溜まりに溜まったストレスをゆっくりと浄化してくれるからである。

だけど、そんな私がもう一生電車になんて乗らないと決めた、ある出来事が最近突然起きた。


ここ一ヶ月。仕事が立て込みすぎてほぼ休みなくノンストップで働いていた。原因は取引先側との発注した内容の意見の食い違い。
後で確認したところ新卒で入った新入社員の子が発注をかける商品の名称を見間違いして発注をかけてしまったものだから全く注文もしていない別の商品が取引先の会社に送られてしまったらしい。他にも何かミスがないか確認作業を行なっているとあれよあれよとちょっとしたミスが発覚し、その修正作業に追われていた。

はぁ。帰りのタクシー内で運転手の目があるにも関わらず大きなため息が出てしまう。ため息を聞いた運転手も何を思ってなのかバックミラーで私の顔を見ると話しかけてきた。

「お仕事、大変そうですね」
突然話しかけられ、準備も出来ていなかった私は一瞬身体をこわらせながらも苦笑いで返事をした。
「ちょっと、仕事でトラブルが、、、」私は戸惑いながらもそう答えた。親しくない人に話しかけられるのは苦手だが、タクシーの運転手の人は美容師並みに話のも仕事だから仕方がないと胸の中で自分自身に妥協を迫る。
「最近仕事で部下がミスをしたんですけど、それの処理についこの間まで追われてて、ようやく収拾はついたんですけど、、、」
「けど?まだ何か心配事でも?」ミラー越しから少しそう聞く運転手に言おうか言うまいかと一瞬悩みつつも親身になってこんな草臥れた女の話を聞いてくれる運転手に悪い気がし話すことにした。
「いや、こんな事運転手さんにいうのもあれなんですけど、私ストレス発散によく電車に乗るんです」
「電車、ですか?それはどこかへ行ってストレス発散を?」
「いえ、ただ一日乗車券を買ってただ目的もなく電車に乗るだけです。ただ揺られているだけでなんとなく心地がいいんです」
「なるほど、、、」運転手の相槌から数秒だけタクシーの中は静寂に包まれた。人間、相手の話で理解や関心がないともし相槌を打ってもどうしたらいいか分からず黙ってしまう現象がよく起きる。かくいう私も話はいいもののやはり引かれてしまったのでは?と数秒が1分に感じてしまうほど心の中で後悔した。あの時言わずにスルーしておけばよかったと後部座席でミラーに映らないよう若干顔を伏せているとちょうど信号に差し掛かったところで突然運転手が思い立ったようにある場所の名前を言った。
「私も定かではないのですが、〇〇駅の環状線に乗るホームの一つに珍しい電車があるとか」
「珍しい電車、、、ですか?」
「ええ、どうやら切符を買おうにもすぐ売り切れてしまう幻の電車で乗車できれば幸運だとか」
幽霊や占いの類は信じない私は半信半疑で運転手の話を聞いていた。いつ何時に売り切れるかはわからないが、その電車は〇〇駅にある事は確かなようで乗っただけで幸運になれるとか、詐欺師に騙されて幸運の壺を買っちゃうような主婦じゃないんだからと心の中でぼやいてみた。しかし、唯一の癒しであり、ストレス発散方法である電車。しかも幻と言われれば気が揺るがないわけではない。むしろ話を聞いていくうちに乗ってみたいという気持ちが大きく膨れ上がってきているのが自分でもわかる。
「本当にその電車乗れるんですか?」
「運が良ければ、ですけどね。あ、お客さんつきましたよ」
そう言ってタクシーは目的地である自宅マンションの前に到着した。
メーターが止まり、運転手がおつりの準備をしようと釣り銭箱を開けている最中、私の心は決まっていた。
「運転手さんごめんなさい。やっぱり駅に向かってもらえますか?」すると運転手も「今からですか?!」と驚きの表情と困った表情で私をみた。それもそのはず、もうすぐ電車も終電の時間に差し掛かっている。わざわざタクシーを使い自宅前まで来たというのに今度はわざわざ終電しかない駅に行こうというのだから、言ってることは変人以外の何者でもない。
困り果てた運転手も幻の電車の話をしなければよかったと今頃になって後悔の念が込み上げてくる。だが後悔先に立たずとはよく言ったもので後部座席に座っている彼女の目は真剣そのものだった。
「今から行っても多分幻の電車には乗れないかもしれませんよ?」
「大丈夫です。その時はまた機会を伺います」
運転手はそのまっすぐな瞳に負け、ハンドルを半回転させ元きた道の途中にある駅に向かうことにした。

十数分後、タクシーは目的の〇〇駅に到着した。
時刻は終電まで残り10分程度。そこから今日幻の電車が走る改札を見つけなければいけない。私はすぐタクシー降りて運転手に礼を言うと乗車代金より少しかさ増しした代金をつり銭板に置いて飛び出した。
走って改札に向かう私の後ろで運転手が何が言っているようだが、もはやその声も届かぬほどに私は幻の電車というものしか眼中になかった。
終電を狙う周りの利用者は皆疲れ果てたサラリーマンやバイト終わりであろう大学生などよく見れば人間色はさまざまなもので、先ほどまでの私もこの人達と同じように仕事に疲れ果て、そのまま帰るところだった。しかし、今の私に疲れなど毛頭ない。幻の電車を一眼見ようと撮り鉄並みに必死だった。
駅構内を走り回り、決定的なミスを犯したことに気がついた。
「そういえば私、幻の電車行きの改札知らないじゃん」
自分勝手な行動で一番大事な情報を忘れていたなんて、と意気揚々に走り出した数分前の自分を殴ってやりたいと思った。だが、駅構内にいる以上もはや後戻りする選択はない。こうなれば是が非でも自分の力だけで見つけ出してやると心に決めた。
時間は終電まで残り3分。3分で何ができるのかと言われれば考えは思いつかないが行動あるのみとさらに改札があるであろう場所に向かって走り出す。

だが3分後、無情にも駅に終電が到着してしまいタイムリミットとなった。駅員が締め作業に入る中私も帰るために出口へと向かう。

その時だった。きた時にはなかった改札へ降りるための階段が突然目の前に現れた。
「何この展開、ありなの?」思わずコメディ映画的なツッコミを自問自答しつつも私は駅員に気づかれないよう階段を降りた。

薄暗い視界の中、ひとつだけポツンと設置された改札機に使えるかわからないが前に買っておいたていきベンチの上で淡く光る蛍光灯が唯一の視界の助けになっていた。人の気配もなく、駅中というにはあまりにも静かすぎる。
ひとまずベンチに腰を下ろし、電車が来るのを待ってみた。
体感で5分、さらに10分。待てど待てど電車の走行音や警笛の音はおろか走行中のヘッドライトが光る様子もない。
やはり幻の電車は今日はもうないのか、はたまた嘘の情報を掴まされたのか答えは電車が未だきていないのことで歴然。ため息を吐きながら立ち上がった時だった。
「まもなく0番線に電車が参ります。ご乗車の方は白線の内側にてお待ちください」
まるでタイミングでもどこかで見計らっていたかのように流れるアナウンスに少なからず気分を濁した私だったが、地下鉄のトンネルから進んでくる光と警笛の音に気分は一瞬にして晴れた。
警笛の音が次第に大きくなっていくにつれ、期待に胸はどんどん膨らんでいく。
そして薄暗いトンネルの中から現れた電車がようやく目の前に停車した。見慣れない色をしたその電車は空気が抜けるプシューという音を立てて扉を開いた。
妙に生暖かい風が車内から流れ出す。私はひとまず幻の電車に乗れる記念に車体を背景に自撮りを一枚。
撮った写真をフォルダに保存して意気揚々と電車には乗り込んだ。中は想像していたよりも普通で幻の電車というからには特別な何かがあるのではないかと期待していたが、存外そういった物珍しいものは見受けられず、至って普通な電車。誰もいない席に腰を落ち着かせるとプシューと音を立てて扉が閉まり、よく耳にする音声アナウンスでゆっくりと発車した。徐々に加速していく電車とそれに合わせて揺れる身体。乗り心地も普通すぎるほど普通だ。
やはり噂に尾鰭がついただけだったか。期待と現実は比例しないのだと肩を落とした。しかし、電車には変わりないので遠慮なくこの時間は楽しませてもらうことにする。自分の環境に目を瞑り身体一身に電車に預ける。普段は人が乗っている事が当たり前の電車でここまで羽を広げてくつろげるのは貴重な体験で、初めの拍子抜け感は無くなっていた。
「はぁ〜癒される〜」行き先も関係なくただ揺れる電車に身を委ねるこの瞬間がたまらなく心地がいい。

10分ほどだろうか、私は日々の疲れから寝落ちしていたらしく、身体にかかった激しい揺れに叩き起こされた。目が覚めると電車はまだ走行中のようだが、違和感があった。今まで窓から見えていた地下トンネルの景色が見えず、暗闇というよりは黒という表現の方が正しい。
「なにこれ、今どこ走ってんの?」
地図を確認しようにもここは地下、当然電波が入るわけもなく携帯は圏外。しかもどこかで落とした記憶もないのに画面に砂嵐が発生しタッチ操作も効かない。
「一体どうなってんの!そうだ、運転室に行けば誰かいるはず!」立ちあがろうと手すり棒に手をかけるが走行速度が速いのかまともに立つこともままならない。なんとかつり革に捕まりながら先頭車両の運転室にたどり着いた。外から扉を叩くが返事がない。それどころか中を覗き込んでも誰かがいる気配もない。嫌な予感がした。
私は扉に手をかけ勢いよく開いた。すると予感は的中。
そこに運転手の姿はなく、放置された操作管だけがひとりでに動いていた。
「なんで、、、、誰もいないの、、、」
おかしい。そう気づいた時にはもう手遅れ、いや、むしろ改札を通った時点でもう手遅れだったのだ。
どんどんと速くなる電車、身体は揺れに煽られ床に放り投げられた。
「降ろして、、、、」

「降ろしてよ、、、、」

「もう降ろしてよ、、、、!!!!」

突然、揺れがなくなった。身に起きた異常現象への怖さから目を瞑っていた私は恐る恐る目を開ける。
すると私は電車ではなく、駅のホームにいた。
聞き慣れたアナウンスの声、行き交う人の姿や声。私はいつの間にかあの電車奇跡的に降りていたのだ。
訳の分からない電車から何故か不明だが降りられた事実だけで私は嬉しさのあまり涙した。そっと旨を撫で下ろすと一気に力が抜けて立てなくなった。
そうだ、速くここから出ないと、、、。どうにかして立ち上がろうと地面に手を着いた。すると、平たい地面はそこにはなくゴツゴツとした触り慣れない感触が手に伝わってくる。私は恐る恐る今自分が倒れていた場所を確認した。するとそこはまさに今、電車が通ろうとしているレールの上だった。
「なんで、、、!?」急いでその場から離れようとするが足はおろか遂にはレールの上についた手まで動かなくなっていた。見上げれば人がいる気配はする。必死に声を出し助けを求めるが、誰も答えない。まるで私が見えていない、そこに存在しないかのように。
不安と焦り、そしてそこに追い打ちをかける電車到着のアナウンス。
「まもなく〇〇線に電車が到着します」聞き慣れたアナウンスが悪魔の声に聞こえる。
身動きが取れないまま後方からは電車の唸り声が反響し、眩い眼光が私の背後を捉えた。

その数秒後、私の身体は迫る鉄の塊によって人間とは形容し難い血肉の欠片に引き裂かれた。


後日、その事はニュースに大々的に取り上げられていた。報道陣が当時その場にいた大学生にインタビューをしたところ
「何もないところから突然聞いたこともないような音と、大量の血肉が飛び散った」と。




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