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桜の代償 #end


遂に黒幕である大臣の元を訪れた二人。早速事件のことについて話をしていくが言葉の応戦は若干こちらの部が悪く会話の隙間をうまくすり抜けられてしまい、結局決定的な証言は得られないまま追い返されてしまった。
だが、この時何故かあいつは笑っていた。
一人証拠を集めてくると言って走り出し、それ以降連絡の一切が途絶え、連絡がきたのはそれから3日後のことだった、、、

その日は昨日から降り続いていた雨がより一層強まり、滝のような轟音と都会のアスファルトで固められた地面に川が出来ていた。俺はそんな雨音と歳のせいで早まった体内時計により外もまだ暗い中目を覚ました。
あいつが姿を見せなくなってから早3日。たった3日程度、大の大人が音信不通になったぐらいでどうかと思われるだろうが、実際問題そこが問題ではなく頭の片隅で気になっていたあいつの変化が気がかりでならなかった。
警察に入ってから捜査一課に配属になり初めてあいつと事件を共にしたのはもう随分と前のことのように感じるが、気が付いた時にはあいつの一人称はいつも【私】だった。普段から自分のことを【私】と読んでいる人間が急にそれを【俺】になんて変えるのか?それにいつものあいつなら大臣への聴取で有力な情報を聞き出すまでに至らなかった事に悔しがったはず。だがいざ終わってみればまだ次があると笑顔だった。次なんてないって俺たちが一番わかっているはずなのに、、、。警部補の中で事件のことに加えてまた一つ謎が増えてしまった。

朝の目覚めに熱いコーヒーを少しずつ口に運び、新聞を読みながら朝のニュースを見ていると一件のメールが携帯に飛び込んでくる。未だスマホという現代機械に馴染めない俺は今もいわゆるガラケーと呼ばれている二つ折り携帯を愛用している。メールボックスを開き、こんな朝早くから一体誰かと開いてみると、それは3日も前に音信不通になっていたあいつからのものだった。

「警部補にお話ししたいことがあります。俺らが全てを終わらせます。あなたにはそれを見届けてもらいたい。私たちがどう考え、どう行動してきたか。場所は地図を添付しておきます。絶対に一人で来てください」
そう書かれた短い文と目的の場所が指された地図。それともう一枚、写真が送られてきた。
そこには目隠しと手足を椅子に拘束されたスーツの男の姿があった。
誰かを人質に取っている、、、?一体誰を?
写真を見つめているとテレビから臨時ニュースが流れてきた。


【本日早朝。文部科学大臣を拉致したと謎の男から我々報道局に犯行声明が送られてきました。なお大臣は3日ほど前にプライベートで出かけてくると家を出ていこう連絡が付かなくなっていたもようです】

俺はそのニュースを見て確信した。あいつが今人質に取っているのは文科大臣だ。大臣に聴取をした後走っていったのはその準備をするためで、3日間連絡が取れなかったのも誘拐を決行していたから。しかし、妙だ。
あいつが何故大臣を誘拐する必要があるのか。
確かに大臣には完璧な自供こそさせることはできなかったが、いずれにしても過去の事件の発端になった人物。時間はかかるものの是が非でも罪を認めさせるつもりでいた。同じ警察官なら普通はそういう考えに至る。だがあいつは警察としてではなく、犯罪を犯してまで拉致する事を選んだ。その心意は一体なんなんだ?それにこの「全てを終わらせる」、、、。妙な胸騒ぎと最悪の結末が頭をよぎる。
椅子の背もたれに無造作に置いていたジャケットに袖を通し、家を飛び出す。空にはようやく上がってきた朝日。その光を背に受けながら車に乗り込む。
思わずハンドルを握る手に力が入る。心の中のモヤモヤが渦を巻いて決断を鈍らせる。乱れる感情を深呼吸で落ち着かせ、再び意を決した俺はアクセルを強く踏み込んだ。

その頃、警察組織内、文部科学省や報道機関なども含め我先にと情報を掴むために数多くの人間がそれぞれの手段で捜索にあたっていた。送られた目的地に向かう道中も信号待ちをしていた隣をパトライトとサイレンを鳴り響かせたパトカーが何台も通り過ぎて行く。それを追っているのか不自然にパトカーの通る道を同じく進む一般乗用車、おそらくおこぼれを狙っている記者か何かだろう。そんな世間の慌ただしさを横目に俺はそれらから隠れるように車通りの少ない路地に入っていく。
路地を進み続けると、そこはもはや都会の喧騒から外れ古びた建物が目立つ工場跡地のような雰囲気で空気まで濁らせる。途中送られた地図を確認し、車を走らせた結果ここまでやったが、この雰囲気には何故かどこか見覚えがあった。
また数分車を走らせ、ようやく目的の場所に到着した。
その場所は今は使われていない廃材置き場。見た目は倉庫のようになっており、巨大なシャッターの下には人1人が通れる程度の隙間が空いていた。
車を止め、敷地内に入っていくとあいつからメールが届いた。
【シャッターの下に隙間を開けておきました、そこから入って来てください】
まるでどこからか見ているかのような文面で送られてきたメール。だが今更そんな事を気にしている余裕なんてない。腰痛に悩まされる身体に鞭を打ち、ゆっくり屈みシャッターの隙間から中へ入った。窓や隙間から漏れる光以外に明かりはなく、薄暗く埃っぽい。足元にはガラスの破片や細かな廃材などが散乱し、足元がおぼつかない。ブルーシートに覆われた廃材の横を通り抜け奥に進んでいく。すると不自然に人工的な明かりの漏れ出ている古びた扉が見えた。恐る恐る近づき、すっかり錆びついている取手に手をかけ、意を決して勢いよく扉を開いた。
「待ってましたよ、警部補。よくぞ一人でやってきてくれました」
そこには口はガムテープで塞がれ、両手足は手錠をかけられ椅子に固定されている大臣の姿とその隣では全身黒に統一した服に、深々と帽子を被り顔を見られないようにしている男が一人こちらをじっと見つめていた。
「本当にお前だったんだな、大臣を拉致したのは」
「そうです、だから言ったでしょう?全てを終わらせるって」
「まぁ待て、まず先に大臣を解放する方が先だ。話はそれからだ」
【それじゃあ意味がないんです!こいつを殺さなければ俺は報われないだ!】
突然目に涙を浮かべ、激昂した叫びを上げながら胸元から取り出した拳銃を大臣に向ける。その突飛な落ち着きのなさは今にも引き金を引いてしまいそうな勢いだ。
「よせ!」
「でも、、、やる前に警部補には全てを話さなければいけない、私たちの全てを」

「、、、それからの出来事は警部補も既知している通りです」

俺は困惑していた。目の前で起きている現実と突飛な二面性を孕んだ話し方、話す内容は真実であれ、事細かい事柄までまるで自分が経験してきたことのように話す矛盾さに困惑していた。
俺が今、話しているのは誰なんだ?いや、よく知っている人間にも関わらず全く知らない人間のようにも見えてしまう。
俺は無意識にこう質問した。

当時とある男子学生は必死に勉強して入った大学で犯罪心理学を勉強していた。入学してからまもない頃、ゼミの友人と行った懇親会で彼はある女学生と出会った。初印象は優しく気さくに話ができる、いわゆる皆に好かれるタイプの人間だと思った。彼自身そのような印象を抱き、初めて好意さえも自然と芽生え始めていた。
そして早一ヶ月ほどが経過した。懇親会から話すようになっていた彼は思い切って彼女に告白をした。すると彼女、いや正確には一緒にいた女友達も含めた彼女らからの返事は彼の心を抉った。

「いやこれ、ゲームだから笑何本気にしてんの?」それは彼女含めその友人たちが懇親会で適当な男子を選びその心を弄ぶ、まさに彼女たち専用の暇つぶしゲームに彼ははめられてしまい、その日から地獄の大学生活が始まった。告白の噂はあっという間に広がり、同級生やましてや他のゼミの先輩からも目をつけられ暴行。そして彼女を含む女子グループからも、暴力より精神面に響く陰湿ないじめを受けてきた。来る日も来る日も何度教授や先生に相談するが今は多感な時期だから些細な出来事で大袈裟に感じてしまうことある。など根拠のない慰めを軽々しく口にするだけで一切取り合ってくれなかった。遂には、彼は大学に行かなくなった。彼の親は幼い頃に他界。兄と2人で生きてきた分、余計な心配はかけたくない。大学へ行くふりをしてネットカフェなどに入り浸り、ただ過ぎゆくだけの時間を暇つぶしに使う以外なかった。ある日、ふとネットで歴代の犯罪者について調べ物をしていると、とある事実に行き着く。犯罪者、特に殺人を犯す者は皆がそれぞれに闇の部分を抱え、その湧き上がる承認欲求を満たすため、目的のため、命を感じるため殺人を犯す。今まで同じような内容は幾度となく目を通してきたが、今の彼にとって犯罪者の心情に驚くほど共感し、感銘を受けた。そして決意した。悪から目を背けるのではなく、悪と対峙し悪をこの世から抹消する。

【だから真っ先に殺したのはあの女。あの女のせいで俺は、、、】

「お前は、誰だ、、、」

「私たちはこれまでの事件の首謀者であり、殺人者であり、この男この悪人に裁きを下す復讐者です」
「これまでの事件、殺人、まさかお前が100円玉殺人をやっていたとでもいうのか?」
「そのまさかです、警部補。正確には私ではなく、私の弟が私の肉体を使い行っていました」

乖離性同一性障害。一人の肉体に対し主人格が一つというのが普通の人間だが、これでは一つの肉体にいくつもの人格が存在し、時には主人格とは大きく異なる喋り方をするものもいれば、実年齢とは大きくかけ離れた人格を持つようになることもある。したがって、乖離性同一性障害、簡単にいうと二重人格とは自分の身体の中に何人もの人間が存在すると思ってもらえるといい。

「だがお前は、これまでも俺と一緒に捜査してきたじゃないか!」
「それは弟の事件の黒幕を探すためです。元々弟が目覚める前から警察に所属していたことが功を奏しました」
「確かに大学の件はその男が揉み消した事は事実だが、殺人の方は犯人の心神喪失で片がついたはずだ!なのに今更何をしようっていうんだ!」
【だから復讐だ!こいつらのせいで俺の人生はめちゃくちゃになった!他の奴らは殺した、こいつだけのうのうと生きるなんて許せないんだよ!】
「落ち着け。実は警部補と共に聴取を取った大学の学校長と専務は既に殺しています。ここへ来る前に警察にリークしているので時期に発見されるかと、あ、噂をすれば」上着のポケットから取り出した携帯に一瞬視線を移すと、警部補に向かって地面を滑らすように投げ渡した。手に取ると機械音と共に何人もの男の声が携帯から流れていた。内容から察するにおそらく流れているのは警察無線のようだった。
聞こえてきた内容は都内の大学で100円玉殺人の被害者と思われる男性2名の遺体を発見との通報有り。至急近辺を巡回中の警察官は現場に急行せよ。
まさかとは思ったが無線を聞いた俺を顔を見たあいつの表情から察するに殺されたのはあの大学の学校長と専務だろう。二人の自供を確認した時点で殺す事は決まっていたというわけか。
警部補は携帯から流れてくる無線を電源ごと落とし足で踏みつけ破壊した。警部補の意外な行動に思わず目を見開いてしまう。
「邪魔な雑音は消えた。俺はお前と話をするためにここにきたんだからな」
「話なんてないですよ。この男で最後、この男が死ねば私たちはどうなってもいい。最早命も惜しくない!全てはこの瞬間のために、、、」大臣のこめかみに突きつけた銃の安全装置を外し、引き金に手をかける。最早迷っている暇も時間もない。警部補は本庁に戻った際に持ち出していた拳銃を懐から取り出し迷う事なく銃口を向ける。命のやり取りの最中、引き金に手をかける2人の時間はゆっくりと進み、一瞬の判断の遅れも許さない。
【俺がこいつを殺すのが早いか】
「警部補が私を撃つのが早いか、試してみますか?」
不謹慎ながら例えるならば、西部劇の撃ち合いシーンのような緊張が古ぼけた倉庫の中に充満する。一時も目を離せない緊張の中、今まで雲に隠れていた太陽の光が割れた窓ガラス越しに眩い光を屈折させあいつの目元を直撃した。その光に驚いたあいつは野太いを声を一瞬上げ僅かに銃口を大臣から逸らした。俺はその一瞬を見落とさなかった。
身体の底に響くような重低音と風に靡く硝煙の匂い、そして苦痛に悶える声と共に拳銃が手元から抜け落ちる。
その瞬間、私の視線が下に下がったその瞬間、警部補は走り出し私に向かって突進をし態勢を崩させる。
急いで体勢を戻そうと起き上がる私の頭に硬い何かが当たる。視線の移る先には警部補と自身の頭に直接突きつけられた拳銃。向けられる警部補の目は共に捜査をしてきた時に何度も見てきたあの刑事の目だった。
私の身体の奥底で弟が吼える。
【お前、今わざと引き金引くの遅らせただろ! どういうつもりだ!】
「なんでだろうな、自分でもよく、わからない。ただ、警察官として終わらせたくなった」
【意味わかんねぇ!今更警察面してんじゃねぇよ!】弟は叫びも似た怒号を上げると突然私の視界が真っ暗になった。
突きつけられた拳銃を警部補が瞬きをしたその一瞬に振り払い、弾かれた銃を取り戻し大臣の背後から頭に突きつける。元々人の仕草や心を読むことに長けていた私の目は僅かな警部補の緩みさえも見逃さなかった。
再び人質となってしまった大臣はその恐怖から最早叫ぶ力も残しておらず気絶してしまっているようだった。
【ただで死ぬわけにはいかねぇ、こいつで最後なんだ!死ぬならこいつも道連れにしてやる!】
再び一触即発、互いに少しでも指に力をかければ引き金が引ける状態になった。
弟の人格は身体を乗っ取り、文字通り命をかけて大臣の殺そうしている反面、警部補の心は若干の揺らぎつつあった。先程あいつの頭に銃口を向けたあの時、一瞬だがあいつは何か吹っ切れたような表情を見たような気がした。あの顔をする奴をこれまで何人も見てきた。あれは罪を償うことを決心した奴の顔だ。あいつの心は変わったんだ。だが、それでも人格の中の弟は諦めきれず、今こうして最後の足掻きを見せている。

だが俺はどうだ?被疑者を前にして未だ迷っている。犯人が人格は違えど相棒というだけで迷ってしまっている。

だが、大量殺人犯、、、。捕まえなければならない。

「だが、、、、」迷いの末、構えた銃を犯人を前にして下そうとした時だった。

「警部補!お願いします、、、」一瞬、大臣の頭に拳銃を突きつけたままあいつは確かにそういった。そしてその言葉、答えのない暗闇を彷徨っていた俺の心に答えを導き出してくれた。
俺は下ろしかけた銃を構え直し再び銃口を向けた。
「俺たち警察官は事件を解き、犯人を捕まえ罰を受けさせることが仕事だ。例えそれが家族や身内であっても関係ない。罪を犯せばそれを償わなければならない。お前たちの無念は俺たち警察が晴らす!」
太陽が雲の中に姿を隠し、人々が過ごす大地を暗闇に包んだその時、とある倉庫内では一発の弾丸と重く鈍い銃声が悲しくも響いていた。


地面に倒れる一人の男。全身を真っ黒な服に身を包み、まるで暗闇の中に自分自身を必死に隠そうとしているようで、その実態は警視庁捜査一課の刑事だった。
その後、応援に訪れた警察官たちにより大臣は保護。被疑者は捜査一課警部補の尽力により逮捕。大臣の保護と命を最優先した為、発砲の疑いがあった被疑者に向け発砲。後に到着した救急車で警察病院に送られたが数時間後に死亡が確認された。人質となっていた大臣だが拉致後に暴行を受けたのか顔や身体、全身に無数の殴打痕が見受けられたが、どれも命に別状はなく都内某所の病院に入院することになった。しかし、今回の拉致事件により大臣の汚職や政治資金の横領などの証拠文献が被疑者である元刑事の私用のパソコンから発見され、警視庁特捜部により公職選挙法違反および業務上横領の容疑で家宅捜査が行われた。
過去の女子大生無差別殺人、現在の100円玉殺人、そして大臣の拉致監禁他にも数々の余罪も含め、元警視庁捜査一課の刑事が被疑者となったこの事件は被疑者死亡により、後に裁判所へ書類送検された。




事件解決後、俺は一人捜査資料室で自らまとめた100円玉殺人の資料と女子大生無差別殺人の資料を眺めていた。
元相棒が引き起こしたこの二つの事件。しかし謎をより深く紐解いていくと事件の要因は様々な形で存在し、世間に公開されてこなかった本当の動機は心を傷つけられた兄弟にしかわからない。傷とは目に見え、時が経てば治る外傷よりも目には見えず治りも遅い心の傷の方が他人を変えてしまう。後に調べたところ、あいつの兄弟、過去に女子大生無差別殺人を起こした弟は裁判で不起訴になった後、実家近くの病院に入院。メンタルヘルスやカウンセリングを受けながら治療に専念。入院後2年後に医師の判断で退院。ガソリンスタンドのバイトで生計を立てていたが、何故か数ヶ月で退職。自宅アパートで自殺しているのが発見された。当時、それを発見したのは警察学校を卒業したての新人のあいつだった。高校卒業以来家を出て会っていなかった実の弟が遺体で発見されるなんて思ってもいなかっただろう。その精神的ストレスと唯一の家族を失った喪失感から無意識にいつの間にか架空の弟の人格が生まれてしまった。政治の道具にされたのはあいつだけじゃない。他にも数多くの若い世代が当てはまる事実。無論、政治に反発できない俺たち警察も例外ではない。あいつら【兄弟】の力で大臣は辞職。ある意味復讐を果たしたわけだが、それでも復讐に伴った代償はあまりにも多かった。
「俺がもっと早く気づいていれば、、、」そんな救いようのない後悔が事件以来胸の中で渦巻いている。

ただ、あの日あいつの言葉が俺に決断をさせてくれた。まだ俺から言わせれば勘の良いだけの新米に背中を押された。
助けられたのはむしろ俺の方だ。



最後まであいつは警察官だった。



ただやり方を間違えた。

多くの血が流れてしまった。

死ななくてもいい仲間も失った。


だがそれでも、俺たち警察は生きていかなればいけない。


悲しみや後悔、、、胸に掲げる桜の大紋に刻み込んで生きていくしかない。

俺たち警察は常に何か代償を払い続けながら生きている。


もしかしたら、警察とはこの桜の大紋に捧げられた生贄なのかもしれない。















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