家族を許さないということ
昨日、大河ドラマ『光る君へ』を見ていた。
主人公のまひろ(紫式部)が、母を殺した仇である藤原道兼と対峙する。
道兼が去ったあと、まひろは父親に「道兼のことは許せない。けど、もうあいつに私の感情を振り回されるのは嫌」といった趣旨のことを宣言していた。
このシーンが、ふと心に突き刺さった。
私の「許せない相手」は父である。
幼いころからの刷り込みと、母による洗脳(とあえて書く)の影響もあるかもしれない。
それでも、私は父を許せない。許さないと決めている。
父母は私が幼いころから不仲だった。
ものごころついたときの最初の記憶は、父が母の腹を蹴り倒していた場面である。
夫婦喧嘩の最中で、母が癇に障ることを言ったのだろう。
それにカッとなった父が狼藉に及び、母は蹴られた腹を抱えて苦しげに呻いていた。
私はその光景に怯え、鼻を垂らして泣きわめいていた。
おかあさんが死んじゃう! 死んじゃう!
どうしておとうさんは、こんなひどいことをするの!
うまく言語化はできなかったが、たぶんこんなことを思っていた記憶がある。
とにかく、母がいなくなってしまうことが怖かった。私はひとりぼっちになってしまうと思った。
3歳ごろのこの記憶が、深く深く心の底に刻まれている。
その後、父母の関係はどんどん悪化していった。
数限りない衝突(というより、母がなにがしか指摘して父がキレる)と、たまに暴力をくり返したのち、ある時点から家庭内別居に落ち着いている。
うすら寒い平穏である。
私はこうした家庭のなかで、つねに息を殺して緊張していた。
またいつ夫婦喧嘩が始まるのか。父がキレて母に手を上げるのか。
いつなんどきも静かに身構え、ことが始まれば恐怖で身体が硬直した。
母は父の愚痴と悪口を子どもの私に吹き込んだ。
転勤族だったので、母は周りに頼れる親兄弟も友人も持てなかった。
私だけが母に寄り添い、理解し、共感できる相手だったのだ。
ものごころついたころの強烈なあの記憶と、「かわいそうなおかあさん」から聞かされる父の瑕疵。
私は「かわいそうなおかあさん」をいじめる父を憎んだ。私は母の味方だった。
いまでは、母にも悪いところがあったのだとわかる。
というかむしろ、幼い娘を取り込んで味方にしよう(と自覚していたかどうかは謎だが)とした母もたいがいである。
だが、私はやはり父のことが許せない。
言葉で暴力で、母を幾度となく傷つけたこと。
キレて話し合いにならないこと。
もしくは、話し合おうとすれば逃げるか薄ら笑いでごまかすこと。
ろくに働きもせず家にいること。
なにより、反省の色も成長しようという気持ちも見えてこないところが嫌だ。
母は、私が大人になるにつれて変わった。
私をひとりの人格として認め、信頼してくれるようになってきている。
私自身も、しょっちゅう泣き言や弱音は吐くが、現状を変えたいと思って行動している。
だが、父にはそういう前向きさがない(ように見える)。
自分以外の何者にも、関心がないのだろうという気がしている。
(先日など、私の夫の名前を忘れていたことには呆れた)
父は、私たち家族の埒外にいる。
もちろん、父を徹底的に排除しようとした母も悪いのだろう。
その母に感化され、会話することすら拒んだ私も同罪だ。
それでもなお、父に対する嫌悪は深い。許さないと誓うほどに。
とはいえ、父への憎悪ばかりにエネルギーを注いでいてよいのだろうか?
憎み続けるのは疲れることだ。膨大な時間とコストを割き、延々とその相手のことを考える。こんなの、ある意味深く愛しているのと同じだ。
父は、私にとってそれほど価値のある相手だろうか?
父への憎しみは憎しみとして、私は私の幸せを追い求めていくほうが余程建設的ではないか。
これまで何度も自問自答し、頭ではわかっていたことだった。
けれど離れられなかった。
そうだったのに、昨日の大河ドラマの台詞は突然私の心に刺さった。
「ああ、そうだよな。もう振り回されるのは嫌だよな」
憎しみは憎しみとして、許せないものは許せないものとして抱えていく。
でも、もう自分の心を相手に預けたままでいたくはない。
私は私の人生を歩きたい。そう思った。
心を揺さぶられたからといって、今日からすぐに綺麗さっぱり思い切れるものではないだろう。
とりわけ私の頑固さは折り紙つきだ。いちど思考の沼にはまると、そのことばかりグルグルと考える。ネチネチと追究する。面倒くさい女なのである。
それでも、あの台詞はひとつの天啓だった。
こうした気づきを積み重ねて、私は一歩ずつ変わっていく。変わっていける。
そう恐る恐る信じながら、私は試しに呟いてみる。
おとうさん、いまはまだ、貴方のことを許さない。
「いま」がいつか変わりゆくのか、「ずっと」に強化されてしまうのか。
未来は未知数であるけれども、まずは自分の心に寄り添う。そういうゆとりを、忘れないようにしていきたい。
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