岡野辰樹の自室のベッドの下から、遺書が一通出てきた。それは、昨年末に自殺した三歳年上の幼馴染みで同じ同性愛者の、中本直弥の遺書だった。 岡野辰樹は、遺書に書かれていた「恋人の長谷川貴春に会いに行ってほしい」という願いを叶えるため、地元高知県から神奈川県に向かう。 岡野辰樹と長谷川貴春は、お互いの中本直弥との思い出話を通じ、追憶にふける。 「一緒に生きようゆうたんは、おまんやぞ!」 同性愛者をテーマに書いた短編小説。 いつも、ふと思い出す幼馴染みの顔は、困ったような
妊娠した夢を見た。 元々月経不順の病気を持っていて、胃腸は万年消化不良でムカムカしている。そのせいで臨月まで妊娠に気付かなかった……というような内容の夢だった。 「そんなわけあるかい」 朝のぼんやりとした光を浴びながら、ベッドの中でそう独りごちた。 そんなわけあるかい。そんなわけ……。 寝返りを打って、枕元に投げ出したスマホを探し、手に取る。7時15分。休みだから、もう少し寝たい。 ……寝たら、隣に赤ちゃんがいるのだろうか。と、ふと思った。 結婚願
母から譲り受けたドレッサーに映るのは、奇妙な自分自身の姿。 目を逸らしたいが、そうもいかない。今日は、正装を求められる場に招待されているからだ。コンタクトを入れた瞳で、鏡を睨む。そうして思いため息を、ひとつ。意を決して、シースルーバングをヘアピンで両サイドにまとめた。 笑みを形作るブラウンの眉。本性を隠すナチュラルなつけまつ毛。アイシャドウとチークには同系色をのせ、統一感を出す。 「私は、今日は女の子」 ひとつひとつの工程に、呪いをかける。最後にグロスで封をした。
春風に舞い散った髪を見て、恋に落ちた。細く、柔らかな黒の短髪に、桜の匂いがした。あの衝撃的な出来事から、もう三年になる。 大学も決まり、学年末テストも返却された。あと残すのは卒業式だけ。未だに、一目惚れの相手に告白出来ないでいる。 奇跡的に三年生は同じクラスになれたのに。最後の体育祭、最後の文化祭。日常を過ごすにつれ友人関係になれて、一生残る思い出の中に、きっと私は濃く刻まれている。マスク越しの顔すら知ってもらえていなかった去年までとは、違う。 言うなら今だ、今しかな
・前作「澄み渡る空の下に、君はもういない」のスピンオフ的な感じのやつです。時系列的には本編より前 ・中本直弥目線。長谷川貴春と二人の話 ・土佐弁は似非 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 部署の新人歓迎会で訪れた居酒屋に、偶然取り引き先の方々も来ていた。部長が聞いたところによると、あちらは送別会をしていたのだそうだ。 寿退社する者がおりましてなあ、と既に酔いが回っているのか、赤ら顔の課長が嬉しそうに部長に話していた。 互いに知らないもの同士でもないし、と、
【澄み渡る空(ry】で主人公達が喋ってる土佐弁は、ネットを駆使して勉強して書いたものですが、エセなのと、ルビの関係でめちゃくちゃ読みにくいかもです(許して) wordの方ではなんとか綺麗になってたんですが
緊張して、痛いくらいの鼓動が耳の中で響いている。ホテルを出ると、それも気にならないくらい、雑踏の方がやかましかったけど。 迷いながらも辿り着いた、長谷川貴春が住むらしいマンションを見上げる。まだ新築なのか、白っぽい外壁が太陽光を反射させて、少し眩しい。 「……都会は夢があるにゃあ」 思わず、そう独り言ちていた。 十階以上ある高層マンションをぼけっと眺めているうちに、自分が平日のど昼間に訪問していることを思い出した。正規雇用の会社員は基本、この時間は働いている。部
いつも、ふと思い出す幼馴染みの顔は、困ったような笑顔だった。 元からアンニュイな雰囲気を纏う、派手とは縁遠い男だった。だけど、昔はもっと表情豊かだった気がする。気は長い方だが人並みに怒るし、大口を開けて笑うことも、声をあげて泣くこともあった。それが、今では思い出せない。 いつから感情が死んでいるのか、と考えて、地元高知を出て行ってからだ、と思い至った。見送りに行った高知空港では、はしゃいで、キャリーケースごと転倒していたのを覚えている。 向こうで、なにがあった?
ひとり旅行が好きだ。 リュックサックひとつで家を出、電車に乗って、町を離れる。新幹線に乗って県を離れたら、僕は自由だ。 青柳家の長女であることを忘れられる。価値観の古くさい、頭の固い祖父母や父親の存在を忘れられる。 行き先なんて、どこでもいい。趣味はひとり旅行だ、カメラだ、ということにして周りを騙し、ただの旅行客の男になることが目的なのだから。 ホテルで、こっそりネットショッピングで買い集め、こっそり持って来た男性物の衣服を身に付け、鬱陶しい胸の膨らみをナベ
夏も終わって秋も終わりつつあるような、季節が逆走しそうな冬だけど、今年の夏に書いたもののうち、気に入ってるもので初投稿
「やっぱり人、多いな」 頭ひとつ分上から声が降ってくる。隣に並んで歩くのは、十年来の幼馴染の勇次だ。 「そうだね」 コロナによる規制が緩和されたこの年、例年通りに行われた夏祭りに二人で来ている。去年よりも圧倒的に増えた飲食物の屋台、小さな子どもや高齢者の姿。祭りの終盤に輪になって踊るのであろうお揃いの浴衣を着た初老の男女のグループ。それらを見るともなしに見ながら、通り過ぎる。 「あ、リン。わたがしあるぞ。好きだったよな」 「うん、食べたい。買いに行こ」 勇次に手首を引か