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私の様(よう)にはなるな

タイトル:私の様(よう)にはなるな

ト書き〈書斎〉

私は朱雀(すざく)マリカ。
女流作家をしている。
今日も仕事に打ち込んでいた。

パソコンの前で清書作業をしている私。
これまでに書きためた原稿は私の右手に山ほどある。

私の仕事のやり方は、登場人物のセリフをいろんなメモ書きに残しておくこと。
それからインスピレーションを働かせ、いろんな肉付けをしながらストーリー展開を決めていく。
そのセリフを書いたメモ用紙が辺りに散乱していた。

マリカ「ふぅ、疲れた。ちょっと休憩」

その時ふと、あるメモ用紙に目がいった。

マリカ「ん、これ誰のセリフだっけ?…『私の様(よう)にはなるな 加奈子』?」

私の創作ジャンルは主にサスペンスホラー。
最近、書き上げた原稿の中に、こんなセリフを書いた覚えが無い。

マリカ「昔に書いたものかしら?」

そう思ったが、数日前に書き上げた原稿のメモ用紙は全部すぐに捨てている。
だから3日以上前のメモ書きが残っている筈がない。

その3日間で、こんな台詞を書いた覚えがない。

マリカ「…まぁいいや。どっかで誰かに言わせてたんだろうかな」

ト書き〈トラブル〉

それから数日後。
私の人生を決定する程のトラブルがやってきた。

マリカ「ちょっとどう言う事!?孝之(たかゆき)さん!?」

私には孝之さんというフィアンセが居た。
でも孝之さんは別に女を作ったようで、私の前から去ってしまった。
しかもそれだけじゃなく、結婚資金にと2人で貯めていたその貯金も全部持ち逃げして。

マリカ「…ひどい。あんまりよ…」

私の中で憎しみが湧いた。当然のこと。
私の両親は早くに他界しており、私は今、天涯孤独の身。

マリカ「あの男、地獄に突き落としてやる!!」

そんな気持ちが心の中に湧いたのも本当の事。

ト書き〈数日後〉

そしてそれから数日間。
私は絶望のどん底に居た。でも仕事は続く。
原稿をなんとか書き上げながら、生活の為にと働いていく。

「生活の為」…まるで全てを失ったようなその時の私に、「生活の為」という言葉の意味がだんだん薄れていった。

マリカ「…あ、このシーンか。…取材に行かないと…」

今書き上げているのはホラー短編。
その短編のある場面の為に、私は前々からSトンネルまで取材に行こうと予定していた。

その場所に行って写真を撮ってきたりなどして、その場の臨場感を作品に生かそうとした為だ。
これも作家にとっては大事な仕事。

でも気分はどん底。とても取材になんか行ける気になれない。
でも生活の為、私の作品の為、それを読んでくれる人たちの為…。

そして仕方なく、取材へ行く事に。

ト書き〈Sトンネルまで車を走らせる〉

それから郊外のS山まで、私はどんどん車を走らせて行く。
走っている間にもあの男への憎しみがやはり湧いてくる。
その浮気相手の女にさえ当然憎しみが湧く。

「どうにかしてやりたい」
「あんな奴ら2人の幸福を壊してやりたい」
ルンルン気分で行く筈だったその取材も、ダークなものに変わってしまった。
こうなったのも全部奴らのせいだ。

そして山道に入ってすぐの路肩に車を停めた。
少し物思いにふけろうとした為。

マリカ「…あの男…浮気女…」

そうして考えているうち、自分の過去も振り返っていた。
私も過去に1度、男性をフッた事がある。
お金を取ったりそんな事はなかったが、大学生の時に知り合い、フッたその相手の男性はそれが理由で、自らこの世を去ろうとした事があったのだ。

マリカ「…思えば、私もあの時…」

そのとき自分がした事を、今自分がされている事のように思え始めた。
そしてこれまでの、孝之との良い思い出の方が顔を揃えて甦ってくる。

悪い事ばかりじゃなかった。彼が私を本気で愛してくれていたそんな時期もあった。
自分を犠牲にして私を助けてくれた事もあったのだ。
だから結婚を決めた。だから2人で貯金をしようと、あの人が開いた口座に2人でお金も貯めていた。
あの人を信用していたからだ。

人の心は移ろい易い。人は元から罪人。
それを思えば私もあの人も五十歩百歩。浮気相手も含めて。
さっきまで本気であの人をどうにかしてやろうと思っていたが
その気持ちがだんだん薄れてゆき、あの人もその浮気相手の女も許してやろうと、そんな気持ちがポンと芽生えた。
ほんの少しの小さな灯(あか)り。
これも人の心の移ろいが為すワザなのだろうか。きっとそうなんだろう…。

そして少し気持ちを取り直し、また車を走らせて行く。
今行こうとしているトンネルは、少し曰く付きの場所。
トンネル前に着いたとき信号が青なら、霊が手招きして事故に見舞わせ、今自分がいるその霊界に呼び寄せようとしている。
よくある話だが、実際ここではそんな事故が多かったのだ。
だから私はここをピンポイントで選び、取材先の場所にしていた。

ト書き〈Sトンネル〉

車を走らせながらトンネルが見えてきた。
信号は青。「霊が呼び寄せている?」
そんな事を思いながらも、やはり私の心は孝之への想いに占領されて、
そのまま減速することなく、トンネル内へ突っ込んで行ってしまった。

マリカ「あっ、信号青だった…!?来て良かったかしら…??」

そう思った瞬間、
「えっ?!きゃっ!!」
車前方のトンネル出口が崖崩れに遭い、ガラガラガラと塞がれてしまった!

マリカ「ハァハァ…でも、助かってる…?」

トンネル出口は遥か向こう。
かなり手前で気づき、ブレーキをすぐに踏んだから
私はトンネル内で事故に遭わずに済んでいた。

と思ったら、
「えっ!?」
次はトンネル入り口向こうが崖崩れに遭い、私はトンネル内に取り残されるような形になった。

マリカ「…ウソ、ウソでしょこれ…」

車だから出られる筈はない。でも人1人なら、出られる隙間が空いていた。
私は車から降り、トンネル内から脱出し、すぐに救助を呼んだ。

ト書き〈数日後〉

それから数日後。私は書斎に置いたテレビで、あの日のニュースを見ている。そう、あの崖崩れのニュース。
そしてそのテレビ報道とインターネットから、私は驚くべき情報を見つけた。

今から7年ほど前、あのSトンネルの入り口付近で、身投げをして亡くなった女性が1人居たと言う。
名前は岡野加奈子(おかの かなこ)。

なんでもその女性は結婚前にそのフィアンセにフラれ、そのフィアンセを逆上から殺害し、その衝動的な罪の意識に駆られた挙句、崖から身投げして自ら命を絶っていたと言う。

その女性が身投げをした場所は、ちょうどSトンネル入口付近の、あの崖崩れがあった場所。
そのトンネル前の道は、崖崩れによる岩が散乱していた。

マリカ「…もしあのとき信号が青じゃなく赤で停まっていたなら…」

その時ふとあのメモ書きを思い出していた。
書いた覚えの無いメモ書き。
でも結局どこを探しても見つからない。

それから数年が過ぎ、私は今別の人と結婚している。

動画はこちら(^^♪
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