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自分自身との距離とソーシャルディスタンス

距離感がとても大事な時代だ。

初対面の人とはこれくらい、知り合いだったらこれくらい、という目安があるようだが、今世の中で起きていることはこの概念を変えてきている。

外で並ぶことの当たり前

一週間ぶりにスーパーに行ったら、レジ前にガイドの足跡マークが貼ってあり、距離を開けて人々が並んでいた。その後も食品モールの各店のレジ前や牛丼や焼き鳥屋の前にも、見えない線があるかのように、距離をとって並んでいる。

外国のスーパー前の行列の映像が繰り返され、人に近づかないことが防止策として周知された賜物だろうか。
距離を開けた人々は、距離をつめて並んでいた「昔」よりも、待つ余裕を持っているように思える。
気のせいか、レジ前で精算する人がもたついても、イライラしているような空気感がないのだ。

少し、人は人に優しくなってきたのだろうか。
壮絶で凄惨な光景が目の前に繰り広げられる直前の今に踏み止まるために、人に自分ができる最大限のやるべきことを成すとともに。

職業上通勤して家の外で仕事をせねばならない人たちに敬意と感謝を捧げて、他人との接触を避けてすごそう。

自分の内なる感情や感覚とのコンタクト、している?

毎日のニュースや家族・職場とのやり取りで、自分の感情にフタをして感じないように、発しないように我慢していないか。

ヨガのセッションでインストラクターから、身体の細胞一つづつと会話する気持ちで意識を持っていってください、といわれて対話してみた。

自分が自分をよく知っているつもりでいたけど、身体に聞いてみて、硬く強張っているところや少し痛いところの反応があり、恐れや怒りなどのネガティヴがそれらに溜まっていると気づかされた。

これらをゆっくり、呼吸と共にどうなの?と対話をしていくと解れていって感情が発され、解放されていった。

自分が自分自身に一番近い存在だと思っていたけど、少し離れて乖離が生じることに気づく。
そして、これからもいつでも自分と語り合えることが大事なのだ

自分との距離は客観視と同一化を織り交ぜながら、身体と心を行ったり来たりで、ハンモックのようにゆらゆらして、気持ちいいリズムを刻むといいな。


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