仏像の集まる喫茶店

家からは遠いのだが、ふた月に一度くらい、こっちの方面に用事があった際にはたいてい行くことにしている喫茶店がある。チェーン店だし、ほかの街にも何店舗かあるはずだけど、わたしの行動圏内ではそこにしかない。
今日、久々に立ち寄ったら、すこしばたついている空気だった。一応ランチどんぴしゃの時間帯は避けたのだけれども、喫茶店はランチタイムだけ混むわけでもない。駅から近い立地なのもあってなのか、このお店がガラガラなところをわたしは見たことがない。

わたしがお店に入ったタイミングで席を立ち、お会計のために入口近くのレジ、つまりこっちに向かってくる女性が見えた。その女性を追っかけるように、髪の短い小柄な店員さんがあわててレジに来た。小さい店なので通路もかなり狭く、入口はそれだけですこし混み合う。なるべく体を小さくして邪魔にならないようにしてみる。気持ちだけなのでほとんど効果はないけれど。

お会計をすませた女性が、その店員さんに、おつかれさま、と声をかけていた。ごちそうさまじゃないんだなと少しだけ不思議に思っていると、間を置かずテイクアウトのお客さんがベルを鳴らした。店内で喫茶店をやりつつ、路面にいろんなケーキなんかのテイクアウトのショーケースを出して専用窓口を立てているタイプのお店なのだ。店員さんは両方対応しなきゃいけないわけで、忙しそう。
こちらはべつに急いでもいないので、そのまま入口のあたりで立って待っていると、コーヒーをはこんでいる壮年の店員さん……たぶんあれは店長さんっぽいな、店長さんが、少々お待ちくださいねと通りすがりに声をかけてくれた。
そのままてきぱきと三卓くらい回った店長さんはその足でレジのところまでやって来ると、(あと拭くだけだから、先頭のお客さんをご案内してください)と小柄な店員さんに向かって小声で指示を出した。やわらかい口調だった。先頭のお客さん、わたしのことだ。
小柄な店員さんはまだ焦ったようすで、ご案内しますとわたしに声をかけてくれる。空いている席はひとつだったのでまっすぐそっちへ向かったのだけれども、その席の前に立った瞬間、店員さんの動きが固まった。何をしたらいいかわかんなくなったんだろうな。

わたしも飲食店でのアルバイト経験があるけれど、慣れないうちに同時にいろんなことが起きると頭が真っ白になるものだ。まあ、過去のわたしは慣れたとて大していい動きもできない、だいぶいまいちな店員だったのだけれども。同列に語られたらこの店員さんに失礼だ。
とりあえずなるたけプレッシャーをかけたくなくて、意識的に口角をあげて静かに待った。全顔でがっつり笑うのはそれはそれで意味がわからないので、口元だけ。アルカイックスマイルだ。そうやって意識して笑顔をつくらないと、わりと誰でも不機嫌そうに見える。追い詰められててんぱっている人の視界だと、なおさらそう。
あっ、テーブル拭かなきゃいけないんだ、と整理できたらしい店員さんから数歩離れたところで、わたしは何10秒か仏像の顔真似をしていた。なんにも問題ないよ、その表情のまま席につく。実際、わたしは特に迷惑していない。

メニューをみていると、店長さんがまた何か指示をしているのが聞こえてくる。すごく具体的に、あれをしてからこれをやってくださいね、と次の行動に迷わないですむ指示だ。いい上司だなあ。
キッチンにいる方を含めて3人で回しているのか、それともキッチンは不在で2人だけで回しているのか。あの感じだと後者かもしれない。はい、はい、とひとつひとつちゃんと返事をしている店員さんは一生懸命なのがよくわかる。バイトに入ったばかりなんだろうな、というのも想像がつくから、がんばれ、という気持ちに自然となる。店長さんも大変だろうけどがんばれ、全然待つよ、という気持ちにもなる。狭い店内なのでたぶんほとんどのお客さんが同じことを思っていた。

ちょっとだけ悩んだ結果、コーヒーと、食事がまだだったのでちいさいサラダとかがついているプレートみたいなものを頼んだ。ケーキもおいしそうだったので悩ましかった。しかし食事をするために入ったのだ。その目的を果たさないと。
こちらがあまり待つこともなく持ってきてくれた店員さんにありがとうございます、となるべくはっきり伝えた。おつかれさま、と会計時に言っていったさっきのお客さんの気持ちがわかった。


その店は、酸味がほとんどなくてしっかりこくのある、すごく好みのコーヒーを出してくれる。熱いのをすすっていると、ひととおりオーダーも提供も終えたのか、ようやく店内が少し落ち着いたみたいだった。
どうやら常連らしいお客さんに、店長さんが話しているのが聞こえた。
いやね、さっき満席のときにテイクアウトの方でこんなこと言ってくる人が来てね、まったく困っちゃいますよ。
テイクアウトの窓口は外にあるのだけれど、どうやら店内で待たせろとごねてきたみたい。全部がはっきり聞き取れたわけではないし、聞いたそのまますべてを書くのも良くないと思うからかなり意訳したけれど、大枠はこんな感じ。なんにしてもお店が混雑しているときに言ってくるような内容ではなかった。店内に待てるような場所なんて明らかにないのにな。さっきみたいに入店と退店のタイミングがかち合うだけでぎゅうぎゅうになる狭さなのである。そういう規模だからこその居心地だと思う。
なるほど、それでさっきの慌ただしさだったわけだ。そっと店長さんが話をしているほうに目をむけると、お客さんは口元に笑みをうかべて聞いている。ここにも仏像がいた。


結局コーヒーのおかわりを注文して、かつ欲望にあらがえずにチーズケーキまで食べたのでだいぶ長居をしたのだが、その間に店長さん、少なくとも3回は同じことを別のお客さんに対して話していた。店内にいるお客さん全員の耳に届いたと思う。大変だったのねえ、なんて相槌も聞こえたりした。店長の語り、厄介なお客さんに対する描写がどんどん具体的になっていくのが面白い。
だいぶ対応が大変だったんだなあ、というのと、常連さんが多いお店なんだな、とも思う。それにしても店長さん、やさしい口調でなかなかがっつり文句言うじゃん。なんか安心した。そりゃあ、おつかれさまって声をかけたくもなる。

ケーキもおいしくて、お会計は2000円とちょっと。いいお店だった。



とはいえ食べすぎではないか?

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