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「孤独とは、世の中とコミュ障を起こした状態」と仮説を立ててみる。

昔、男性の友人に
「女の人に孤独感を感じたことがない。孤独な女性はいない。」
と言われたことがあります。
女性であり、常に孤独感を感じていた私は衝撃で、
「ええっ?私常に孤独感感じまくりなのに・・女性の何を見てるの?」
と軽くショックを受けたものです。
(今思うと恐らく、彼も孤独だったのだと思います)

悪口言われたわけではないけど、なんだかイラッときて
「だからモテねぇんだよ」なんて暴言を吐いていました。
(頭の中ですよ!!直接は言ってませんよ!)

しかし、彼が女性に対して孤独感を感じなかった理由はなんだろう?と気になっていました。

くだらない持論にしばしお付き合いください

孤独感の意味

まず、私は日本語が怪しいので、辞書を引いてみます。

自分は孤独だ、という思い。共感する相手や頼る者がなく心もとない、あるいはさびしい感情。

https://www.weblio.jp/

コミュ障とは?

元々はインターネット掲示板やSNSなどで使われていた言葉です。 人と話そうとすると緊張して上手くいかなかったり、相手の意見を聞くことができず一方的に話してしまったりする人がいます。 こうしたタイプの人たちをまとめて、俗に「コミュ障」と呼んでいます。

コミュ障のタイプとしては、自己主張が苦手なタイプ、自己主張が強すぎるタイプに分けられます。

コミュ障の傾向としては、「会話が苦手ということで、人と会うのを避ける傾向があるようです。はい、まさに私そうです!!

コミュ障の特徴をまとめるとこんな感じです。

・周りの人との挨拶、情報の共有など社会生活を送る上で必要なコミュニケーションをとることが難しいこと
・状況や相手に合わせたコミュニケーションをとることが難しいこと
・会話の社会的な共通ルールに従うことが難しいこと
・ユーモアや例え話、慣用句の理解、曖昧な言葉などの理解が難しいこと

コミュ障の特徴まとめ

ひとが孤独感に襲われる時

誰とも会わず、友達が居なく、家族もいない、そんな状態であれば「孤独」という状態である、とわかりやすいです。

しかし、大勢の人と居ても孤独を感じてしまうケースは多々存在します。私もそうでしたし、「女性に孤独な人は居ない」と言い切った彼もまたそのケースだったのではないでしょうか。私から見たら彼は愛されキャラだったし、友達もたくさんいたように見えました。でも現実は違っていたのでしょう。恐らくね。


たくさんの人と居ても、ひとりぼっち。

「人と交流がないわけではないのに孤独を感じてしまうパターン」

今回は「人と交流がないわけではないのに孤独を感じてしまうパターン」について私なりに掘り下げていきたいと思います。

どんなにたくさんの仲間と一緒にいても、孤独を感じてしまう理由は様々

家族と暮らしている、話をする仲間がいる、など、物理的に孤独じゃないのに、常に孤独感を感じてしまうのはなぜなのでしょう?
以下のような理由が思い当たると思います。

  1. 他人と比較してしまう

  2. 自分を卑下してしまう

  3. 自分に自信がない

など理由は様々考えられます。

さてここで仮説「孤独とは、世の中とコミュ障を起こした状態」を1から3の理由に当てはめてみます。

ケース1.他人と比較してしまう
>他人と比較し、世の中とコミュ障を起こした状態だから孤独である
ケース2.自分を卑下してしまう
>自分を卑下してしまい、
世の中とコミュ障を起こした状態だから孤独である
ケース3.自分に自信がない
>自分に自信がなく、世の中とコミュ障を起こした状態だから孤独である。

ケース1から3をまとめてみました

????おやおや、なんか・・・・変です。
他人と比較するだけ、自分を卑下するだけ、自分に自信がないだけではそもそもコミュ障にはならないのですね。

でも、以下だとどうでしょうか?

他人と比較し、自分を卑下し、自分に自信がなくなり、他人に対して臆病になり、コミュ障になる

多数の中に居て、自分の無力感を感じた時孤独になるのではないでしょうか?

結論

他者との関係において、比較し、自己を否定したとき人間は孤独になる。そして、孤独感を抱えた人間は大勢の人の中にいても孤独である。
その原因はコミュ障だからである。
この仮説は成立する、というのが私の見解です。

死は快楽に続くわけではない。

余談…歴代の芸術家もコミュ障だったのでは?

人間のコミュニケーションはほとんど会話で行われているのがほとんどではないでしょうか?だから小説や絵など音声以外の表現が得意な人間はコミュ障になりやすいのではないかと思います。
(形にするまでに会話と違って少し時間もかかるしね)

だから、某有名小説家や画家などなのある方が伝わらない孤独感から死を選んでしまうのではないか?って考えます。

だって、適切な言葉の出力がめんどくさいもん。
出力してもそれが相手の感性に響かないと、共感なんてしてもらえない。

ペラっと喋って伝わらねえんだよ!!俺の(私の)感覚は!!!
軽はずみじゃねえんだよ!!きっと腹の底で怒っていたのではないでしょうか?

そうして伝わらない苦しみから孤独になり死を選んだのかしら・・・・って。

全ての人間関係はコミュニケーションから生まれる

芸術に身を捧げないのであれば、他人に興味を持ち、受け入れる、コミュニケーションを試しにやってみるのも一興かと思います。

孤独で芸術的な人生もきっと楽しいでしょう。
でも精神的に一人ぼっちも辛いよね・・・!!人は一人では生きられないのです。
他人を受け入れるコミュニケーションは同時に自分を受け入れて貰うステップでもあります。

孤独が辛い・・・・そう悩んでる人はやってみる価値はあります。
アーティストで生きるのはやはり、孤独なのです。

例えば、道ですれ違った人に挨拶から始めてみる

初めはビックリされちゃうかもしれませんが、挨拶されて嫌な気持ちになるひとは居ません。ルーティーンで同じ時間に出勤など行動が決まっている人は同じ時間に同じ人とすれ違うことが多いのでやりやすいかも

例えば、SNSでコメントを残してみる

交流のなかった方にコメントを残してみる、もいいかもしれません。
お返事は遅いかもしれないし、貰えないかもしれない。でもそれでも「自分からコメントを残した」というのは大きな一歩になるかも。

好き勝手喋っちゃってごめんね!読んでくれてありがとう!


以上です。上中下でした。


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