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炎節の旅立ち

 あの夏も暑かっただろうに、なぜだかうまく思い出せない。思い出せるのは、目が眩むような日差しと思考を奪う蝉の鳴き声。感情を浮遊させていた葬祭会場のしんとした空気と、指先の冷たさだ。

 ほとんど話したことがないクラスメイトが亡くなった。「嘘やと思った」と別のクラスメイトが言う。嘘だとしたらタチが悪すぎるけれど、嘘の方が良かった。

 同じ教室で数ヶ月過ごしただけなのに、訃報を受けてから、彼と交わした数少ない会話が何度も繰り返し思い出される。それはたとえば、春の遠足中、わたしの班に彼が紛れ込んでいたときに「何でいるの?」と尋ねたような些細なもので、彼が亡くならなければ、きっとそのまま忘れ去られてしまったものだ。

 一足も二足も早く、彼は別の場所へ旅立ってしまった。太陽の光が増す時期になると、今でもあの日の冷えた空気を思い出す。あの時間から、わたしは随分遠いところまで来てしまった。道は、まだ続いている。

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