跳び箱から見える景色

はじめてのことに対して、多くの人は恐怖を感じるものだ。多かれ少なかれ程度はあるけれど、まったく怖さを感じたことがない人はいないだろう。そもそも、「怖い」という感情は、自衛のために必要なものだ。

ただ、その怖さに飛び込んでいかなければ、人はいつまで経っても進歩できない。


息子は、なかなかのビビリだ。跳び箱も鉄棒も不得意で、「できないもん」と言っている。

得意不得意はあって当たり前。ただ、彼の「できないもん」の原因のひとつは、怖さゆえに失速してしまうからだ。

前回りも逆上がりも跳び箱も、恐怖を振り払って勢いでいかなければ、成功できない。けれど、恐怖心が強い息子は、どれも途中で尻すぼみになってしまっている。……わたしもそうだったから、偉そうには言えないけれども。

ただ、これは得手不得手以前の問題だよなあ、と思う。


あまりにも怖さに捉われていると、新しいことができなくなってしまう。本当はできるかもしれないのにも関わらず、だ。

それはわたしも同じだ。新しい仕事は、いつだって怖い。だけど、その怖さに飛び込んでいかなければ、いつまでも同じことのルーティンになってしまう。

これまでの仕事と違い、今の仕事は新しいものに次々に出会える仕事だ。出会えたのなら、尻込みせずに飛び込んでいける自分でありたいと思っている。……毎回、怖さを感じてはいるけれど。

同じ高さの跳び箱を跳んでいるばかりでは、新たな景色は見えてこない。かといって、いきなり8段を跳ぶのは、ケガをするリスクが高いため、能力に自信がある人だけにしておいた方が、いいかな?

そこのところの判断はなんとなく必要だろうけれど、一段ずつでも新しい高さに挑戦し続けることは大切なことだと思う。

少しの怖さと、それを乗り越えたときに見える新しい景色。その繰り返しで、わたしたちは成長していけるのではないかな。

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卯岡若菜

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