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おもいでぽろぽろ⑪寂しい[母が認知症になりました。]

新幹線は好きだが、功罪あると思う。
北陸新幹線開通が決定した時、私が降りる駅には新幹線は停車しないことがハッキリして、えらくガッカリしたが、やっぱり予想以上に面倒くさいことになった。
隣の、黒部宇奈月駅には停まる新幹線と停まらない新幹線がある。
東海道新幹線の三河安城みたいなもんかな。
黒部宇奈月駅で下車したとしてもそこから実家のある町まで結構な時間とお金がかかる。
それだったら、私が降りたい最寄り駅はすっ飛ばし、通り過ぎて富山駅まで行っちゃおう。で、富山駅で下車したら在来線で戻ればいい。
これが片道約1時間のロスなのだ。

私と同じ考えの人が多いと思う。
私のふるさとは、あっという間に寂れてしまった。
今回も駅に降り立つと寒々しい感じがしたが、北陸の冬の寒さのせいばかりではないと思う。今や、駅前にあるアパホテルに泊まる人なんているのだろうか?

タクシーの運転手さんに「地震の被害はあったか?」聞いてみた。
すると、まったくないと言う。揺れは大きかったらしいが。
同じ富山県でも石川県寄りの高岡市や氷見市は大変だと思う。
被害に遭った地域や人のことを考えると「被害がなくて良かった」なんて簡単には言えなかった。

実家に着くと、通りに面した玄関先にあがり、母の居る奥の部屋と隔てたドアの鍵を開けて、入ったら、そのドアを閉じて鍵をかける。母の徘徊が始まっているから仕方がない。
ところが今回、入ったはいいが、鍵をかけるのがうまくいかずに(ドアノブがゆるくなっていた)、何度もガチャガチャと鍵をかけ直していた。すると、その音を聞きつけて母が来てしまった。母が外に出る前に鍵をかけなければ。

母は私を見るなり抱きついてきた。
私をまだ憶えていてくれた。
「寂しかった。寂しかった」
母の世代も私の世代もハグの習慣なんてない。
家族で抱きしめ合う?
のっぺりした日本人の田舎者が、なに西洋人のマネしてるんだか…。
小っ恥ずかしい(笑)。
でも、母はもう本来の母のではない。ちょっと抱きしめて、頭を撫でてみた。母は泣いていた。

今回、母は「寂しい」を連発した。
火曜日と日曜日以外はデイサービスにお世話になるからいいとしても火曜日は一人ぼっちだ。
昔は茶の間だった部屋か、その隣のベッドがある寝室にずっと一人。
テレビがあるがついてない。よく見るとコンセントから外されているし、自分では見られないようにしてあってビックリした。
徘徊できないように鍵をかけてあって、誰もいない部屋に一人ぼっち。
娯楽も何もない。

これはひどい。
母を寂しくさせるなんて!
せめてテレビぐらい見させてあげてよ。何にもすることがないじゃない!
でも毎日、漁に出ながら母の世話をしている弟に、何もしていない私が何が言えるだろう。
弟は無口な漁師なので、何か理由があっても面倒くさがって説明することはない。

最近になって、「認知症 テレビ」で検索してみた。
認知症患者にとって「長時間、テレビを視聴する影響」はあまり良くないらしい。いいこともあるみたいだけど、今の環境の場合、長時間リスクは高いらしい。
そっか…ごめん弟。姉ちゃんが悪かった。勝手な思い込みは良くないね。

今日は日帰りなので、母と居られるのは3時間ほど。
これが短いようで、とてつもなく長く感じることになる。
途中から時計ばかり見ていた。時間が経つのをこんなに遅く感じたのは久しぶりだ。
ひどい娘と思われるかもしれない。
ここが認知症患者を相手する難しいところだと思う。
介護福祉士って大変なお仕事だ。もっとお給料上げた方が絶対にいいと思う。

母をマジマジと観察してみた。
・着るものは身ぎれいにしている。
・自分で歩ける。
・紙おむつはしているがまだ自分でトイレに行ける。
・髪が、ごま塩的にならずに均一にキレイに白髪。
・残念ながら爪が少し伸びている。

爪以外は全然違和感なしだ。言われなければ認知症患者には見えないかもしれない。

お昼だったので、弟が母のために温かい山菜そばを作って、母の前に「ほい」と置いた。
「あ!ちょうどよかった。爪切りない?」
「ない!」
「え?自分も爪切らないの?」
「俺は家では爪切らん!」……はい、会話終了!
どこで切るんじゃ…あ、船上でかな?

デイサービスでは爪を切ることは避けてるような話を、後日聞いた。
切り間違えて血が出たり、傷を作ったら責任問題だからだと思う。
今度から帰省する時は忘れずに爪切り持参しようっと。

とりあえず、無口で愛想なしの漁師のおっさん(弟)だが、よくやっている方だと思う。
何よりも、温かい料理が作れる男だ。掃除もしてくれる。
優しい息子だと思う。
ありがとう弟。兄のような弟よ。やっぱ姉ちゃんは「自由」が大好物の寅さんみたいな奴だわ。ごめんよ。

繰り返し「寂しい、寂しい」を連発する母の気を逸らす。
「えー!一人ってラクじゃん。好きな時に寝て、好きな時に起きて、好きな時間にご飯食べてさ。面倒くさいこと言う夫もいなければ、嫌みを言ったり、イジワルする姑もいないんだよ。せいせいするじゃん!」
「あ、本当だ。それもそうだね。あんたの言う通りだわ」

この会話を20回近く繰り返す。
もう何が真実か分からなくなってくる。

でも、これは私の本音。私にとって「寂しい」なんてすごく贅沢な感情。たっぷりと噛みしめる。「寂しい」は全然悪いことじゃない。「寂しい」ってサイコーだ。
世の中の「寂しい」に囚われた人々よ!
「私って寂しがり屋さんだもん」って勘違いだから(笑)。
そんなことを頭の片隅で思いながらも母の「寂しい」をまた打ち返す。

母にたずねてみた。
「お母さん、髪きれいな真っ白やね。普通は白と黒が混じって、きたなく見えるけど、真っ白がキレイやわ」
「そうなん。キレイやろ〜。染めてもらったんやぜ〜」
「誰に染めてもらったん? 美容院行ったんけ?」
「なーん(いいえ)。うちで染めてもらったん。●●ちゃん(弟には三姉妹がいて、次女が他県で美容師をしている)が正月に染めてくれたん」
「●●ちゃんがお正月に帰省してたんだ〜。よかったね〜」

これがね……ウソだったんですよ(笑)。

帰りに弟が駅まで送ってくれた時に車の中で聞いたら、そんなことは全くなかったという。
次女が母の髪を染めてもいないし、家でそんな作業もしない。

もっともらしい会話でしょ。うっかり信じちゃったよ(笑)。
ウソとまでは言わないけれど、残ってる記憶をつなぎ合わせて、新たな記憶を作っているんだろう。

母さん、もう遠くに行っちゃったんだなぁ……。

見た目では認知症には見えない。
でも、以前の母とは若干、性格が違う。違和感がある。

私の知っている母とはもう二度と会えないことを実感した。

母が認知症になりました。離れて暮らしているので、介護を任せている後ろめたさが常にあります。心配、驚き、寂しさ、悲しさ、後悔、後ろめたさ。決断と感謝と孤独。感情的にならずに淡々と書きますが、時々泣きます(笑)。一人暮らし還暦クリエイターによる☞脱力記録です。不定期で綴っていきます。

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