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⑰映画『PERFECT DAYS』と夢の仕舞い方[連載/ボクっ娘のなれの果て、還暦を迎える。]

遅ればせながら1月13日に映画『PERFECT DAYS』を観に行った。
それから毎日、ずっと頭の片隅にこの映画の世界がある。
生活の中にあの映画が居る。
不思議だ。一度しか観ていないのに。

同時期に何度も観ている映画『ゴジラ-1.0』はマイナスカラーを合わせると8回観た(2024年2月19日現在)。この映画も私の脳内に居座り続ける。
前作ハマった『シン・ゴジラ』は劇場で12回ほど観た。今作は迷ったが観て良かった。多分、米アカデミー賞が終わってからも上映していそうだから、まだまだ観ようと思う。

ゴジラが居座っている脳と、映画『PERFECT DAYS』を考える脳はまた違う。
『PERFECT DAYS』は生活の中に生きている気がする。

この映画は年齢を重ねた観客とのシンクロ率が高い。
主人公の平山さんと自分を重ねる60代以上の人は多いと思われる。
私もその1人。
だから観るのは1回でいい。だって、もう居るから。
毎日、噛みしめている。繰り返し噛みしめている。

この映画はネタバレするほど事件は起きない。
ネタバレしたところで実際に観ないとわからない。

あなたは夢を持っていますか?
目標はありますか?
それは現在進行形ですか?
過去のお話ですか?

ーーあなたの夢は叶いましたか?

一人暮らし。未婚。音楽好き。読書好き。
アナログなカメラで撮影して、昔ながらの写真屋さんでフィルムを現像してもらう。
木の苗を小さな鉢で育てている。
古くさいかもしれないけれど、こだわりの趣味を続ける。
仕事もこだわりを持って、真面目に几帳面にコツコツ続ける。
銭湯に行った帰りにちょっとお酒を呑む。
お休みの日の過ごし方。自転車。
毎晩、本を読みながら寝落ちする。静かに眠る。
一人を楽しむ。人生を楽しむ。

貧しいアパート暮らし?
いいえ、最高の贅沢だと思う。
こんな暮らしに憧れる。

まだ暗いうちに起きて、夜が明ける前に部屋を出て仕事に向かう。
自分なりのルーティンやこだわりがある。
年齢的には高齢者の部類に入るのかもしれないし、他人から見れば老後かもしれない。でも、そこには誇り高き労働者の姿が自分と重なるのだ。
男女の別はあれど、感情移入は容易にできてしまう。

映画を観終わった直後から不思議な現象が起こった。
自分の眼がカメラのような感覚に陥ったのである。
自分の一つ一つの行動、何気ない仕草、無意識の動き、全てにグイッと気持ちが一つ一つ載っかっていく。普段は、一つ一つ意識して行動なんてしない。

自分の行動をズームする。クローズアップされる。スローモーションになる。
自分で自分のドキュメンタリー映画を撮っている感覚だ。普通に生活しているだけなのに。不思議な感覚は1週間ほど続いた。

事件は何も起きない。
そこに日常の風景だけがある。
ちょっと何かいつもとは変わったことが起こったとしてもそれは別に事件なんかではない。

この映画はまるで一篇の詩なのだ。
小津安二郎監督作品を愛してやまないヴィム・ヴェンダース監督が書いた詩。

だから、子育て真っ最中の40代の女性に「申し訳ないけど、つまらなかった。どういう意味の映画かわからない」と言われたが、それはそうかもしれないと思えた。
30代、40代の働き盛りの人にとって、平山さんは感情移入できないかもしれない。あと、ドンパチが好きな人には理解できなさそうだ。
それはそれでしょうがないと私は思う。人ぞれぞれでいい。

この映画を観るように薦めてくれた仲良しのマンガ家・木村晃子と『PERFECT DAYS』について電話で語り合った。すっごく楽しい。ずっと話していられる。

平山さんはどういう人なのだろう。
本当はどんな性格で、どんな過去を持っているのだろう。

彼に何があって、現在に続いているのだろう。

映画を観ていると、あえて詳細は描かれていないように感じた。
ここからは観客が感じる部分。観客に想像させるところ。
議論し合うところ。
いまはインターネットがあるからすぐに正解が出てしまってつまらない。
間違いやデマは良くないけど、想像するのは自由だし、楽しく感じる。
みんな、どんな平山さんを想像しただろう。

この映画を好きな同世代だけを集めて、ファンミーティングがしたくなった。
みんなで平山さんの人となりを見つけ出し、一人一人が想像した平山さんの今までのストーリーを語り合うの。誰かやりませんか? 阿佐ヶ谷ロフトAで。なんてね。

この映画はヴィム・ヴェンダース監督が撮って良かったと思う。
何故なら日本人監督が撮ったとしたら、「少子高齢化問題」「一人暮らしの高齢者問題」「孤独死問題」「定年退職や年金受給延長問題」「職業差別問題」が絶対に入ってくるからだ。
そして、過去を匂わせるエピソードを入れるだろうし。
元同僚の男と偶然会って「なんで今落ちぶれてこんな仕事しているんだ」的な場面がありそうだ。

映画『PERFECT DAYS』での世間の目や価値観のギャップを感じるシーンは一つだけ「差別的視線を持った主婦に(本当は几帳面で清潔なのに)不潔そうに思われる」ところぐらい。

あとは清々しいぐらいに自由だ。
誇り高き一人暮らしだ!
一人暮らしに対してどこか後ろめたさがあったことを私に気づかせてくれたぐらいだ。故郷の田舎に行くと、まず結婚の有無を聞かれるし、子どもを産めない・産まない女はどこか問題があるという視線。それは自分も自分に対していつの間にか持っていたかもしれない。
そんなこと問題にすらならない映画だ。

「家族一緒が良い」というのは、いつ誰が決めたのだろう。
そんなことを決めつけるヒトが取り憑かれる「寂しい」病は完治するのだろうか。この病気は伝染する。伝染さないでほしいものだ。心のマスクをしておこう。

人生は素晴らしい。
生きているだけで素晴らしい。

もちろん、キャスティングも素晴らしい。
特にタカシ役の柄本時生さん。演技力バツグンだと思う。
彼は、他の映画でも軽いノリの今どきの若者役が多すぎる。本当はマジメな人かもしれないのに。
でも、タカシを見つけ出したヴェンダース監督はわかっているんだと思う。

個人的には田中泯さん、安藤玉恵さん、長井短さんがすごく印象的でした。
突然登場してもあの世界に元からいて当然のように受け入れられる存在。すごいな。

何も起こらない毎日、ルーティンを繰り返す日常。
それが奇跡のような温もりを持って見守ってくれる。
そんな映画なのだ。

ヴィム・ヴェンダース監督、『PERFECT DAYS』をありがとう。
静かに静かに誇りを隠し持つ日本人を愛してくれてありがとう。

私が、かつてみた夢の仕舞い方……
叶わなかった夢の、落としどころ……

ーーこの映画の中にありましたよ♪♪

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