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『オッペンハイマー』とノーラン監督の過去作品との繋がり

全米公開を7月21日に控え、そして未だ日本公開日が決まっていないクリストファー・ノーラン監督の新作『オッペンハイマー』。このnoteでは、ノーラン監督作品の一ファンとしての立場から、監督のこれまでの作品との繋がりとオッペンハイマーが題材に選ばれた経緯、そしてノーラン監督とオッペンハイマーを巡る誤解、オッペンハイマーの描き方について3部構成で言及していく。

まずは第1章、『オッペンハイマー』とノーラン監督の過去作品との繋がりについて。

ノーラン監督作品には過去作からの「繋がり」があることは、彼の作品を数本観たことがある観客であればそれとなく感じることができるであろう。もちろんこれはマルチバース的な意味ではないし、ストーリー的な意味合いでもない。個々の作品としての特徴を遺憾無く放ちながらも、それらを形作るテーマや背景、題材に、共通する点があるのだ。例えばノーラン作品を語る上で最も引き合いに出される「時間」というテーマなら『メメント』から『インセプション』『ダンケルク』『テネット』に至るまで様々な使われ方をしている。「帰郷」を取り上げるなら『ダンケルク』『インターステラー』が、「トラウマの克服」であれば『ダークナイト トリロジー』『インセプション』が該当するであろう。

もちろんこれは一ファンの邪推などではなく、ノーラン監督自身が言及していることである。最近のWIRED誌でのインタビューでも、オッペンハイマーを作るにあたって

「僕が今まで取り組んできたプロジェクトの全てにおいて、『この作品のためにずっと続いてきた』と感じてきた。なぜかというと、僕はこれまで学んできたことをさらに発展させようとしてきたからだ。映画を完成させる度に、疑問が残る。そして次の映画では、その糸口を掴むことになるんだ。」

https://www.wired.com/story/christopher-nolan-oppenheimer-ai-apocalypse/

と発言している。例えばこの『オッペンハイマー』においても、まずわかりやすい所では前作『TENET』からの影響を見てとることができる。具体的な点を列挙すると、

  • プルトニウム241

  • アルゴリズムを構成するパーツの数は核保有国と同じ9個

  • 逆行装置の元ネタになった「陽電子」の存在

  • 作中でのプリヤのセリフ「最初の核実験でオッペンハイマーは連鎖反応が世界を飲み込むことを恐れた」「オッペンハイマーと違い、アルゴリズムを作った科学者はそれを9分割して見つからないよう隠した」

と、ここに挙げたものを見るだけでも、『TENET』から『オッペンハイマー』に至る流れは必然であったと断言できるであろう。特に陽電子の発見については、ポール・ディラックが1928年にその存在についての仮説を立てたことが表だった歴史となっているが、実はオッペンハイマーはその理論の誤りを指摘し、陽電子のみならず反陽子の存在を予想する発表を1930年に行っている。

また、特筆すべきは『TENET』でニール役を演じたロバート・パティンソンが、映画の打ち上げパーティでノーラン監督に『オッペンハイマー戦後公演集』をプレゼントしたことだ。「オッペンハイマーについては何年もの間、心の中にあった」と先のWIRED誌のインタビューで語ったノーラン監督だが、このプレゼントが『オッペンハイマー』の制作に向けて拍車をかけたことは想像に難くない。このことについて触れたノーラン監督の次のような一節がある。

「物理学者たちは自らが世に放ったものと格闘しているんだ。どうやって制御すればいいか?重く恐ろしい責任だ。その知識が世に出てしまった後に何ができるだろう?」

『ノーラン・ヴァリエーションズ クリストファー・ノーランの映画術』

この発言はノーラン監督が『オッペンハイマー』を描く上で何に重きを置いているのかを端的に表しているが、詳しくは次章で考察することにする。


話を「過去作との繋がり」に戻す。2014年公開の『インターステラー』においても、『オッペンハイマー』との繋がりをゆるく見てとることができる。『インターステラー』ではご存知の通り、理論的根拠に裏打ちされた劇中の描写が有名なブラックホールが登場するが、このブラックホールの発見も、陽電子と同じくオッペンハイマーの功績が大きいとされている。1939年、オッペンハイマーは当時の大学院生との研究で、中性子星の質量がある程度より大きい場合には、重力による収縮が際限なく進行することを示した。また、1963年にオッペンハイマーが発表した論文では、現在の我々がブラックホールと呼ぶものを「巨大な重力爆縮」と名付けている。残念ながらこの4年後にオッペンハイマーはこの世を去り、後の科学者にブラックホールの存在証明を託すことになる。

オッペンハイマーの名を世に知らしめているのはやはり原子爆弾との関わりである。『ダークナイト ライジング』では、核爆弾がゴッサムシティを大混乱に陥れる。ただ、劇中での核爆弾の描写については被爆国である日本のみならず、アメリカでも批判の対象として取り上げられた。映画の終盤で、バットマンは核爆弾をゴッサムシティから数十kmの沖合で爆発させることで事なきを得る…という何とも現実味のない、見方によっては滑稽ささえ覚える解決の仕方である。『インターステラー』や『TENET』では物理学者のキップ・ソーン氏の理論監修のもと、フィクションながらも現実味溢れる科学的描写を行ってきたノーラン作品なだけに、『ライジング』の核をめぐる解釈と描写はあまりにも貧弱だ。『オッペンハイマー』では世界初の核実験「トリニティ実験」をCG無しで描いたと豪語したノーラン監督であったが、ここに『ライジング』の反省が生かされているのかどうか、大いに着目したい点である。

『オッペンハイマー』とノーラン監督の過去作品との繋がりについては、もっと他の点が見つかるかもしれないが、ひとまずは次章「ノーラン監督は『オッペンハイマー』で何をどう描くのか?」に向けての布石として、本章を終える。


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