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好きだったよ

君とわたしはお似合いだった。どう見てもお似合いだった。やわらかくも凛とした強い君と、穏やかで素直なわたし。君に憧れていた。高嶺の花だった君が「読んでみてほしい」と突然本を貸してくれたあの日があったことは生まれてきて一番の幸運だった。あの日からずっと君のことを考えていた。返事が遅いだけいつも不安で、そんな自分が情けなくて勇気が出なかった。君にとってわたしは何者でもないと感じていた。それでも初めて手をつないだとき、離さないでほしいと思った。誰とでもそうするの?誰にでもそんな目を向けるの?そんなわけないことは100パーセント分かっていたけれど、汚い明かりの街をまっすぐ歩く君があまりにも綺麗なことがわたしを哀しくさせて、どうしても君から聞きたかった。わたしは君になりたかった。君は誰のもの?「誰のものにもならない」君。猫みたいな君。繋いでも離れてもわたしのものにはならない。わたしも君のものにはなれない。それでも好きで仕方がなかった。かっこわるい愛だった。ダサい深夜の4時間のこと。
君は、変わらなかった。変わらず凛として幸せな笑顔をわたしに向けていた。みんなに向けていた。その中でわたしだけに見せてくれる君の笑顔を見つけたとき、わたしは君の恋人であることがうれしくて、変わらずにはいられなかった。幸せにしたいと思った。会いに行った。どんな顔もどんな声も愛おしいと思った。君のわがままも拗ねた口調も、わたしだけが知っていた。みんなが知っている君よりも、強くて儚い君。その時わたしたちはきっと、本当によく似合っていた。一緒に歩いているのに君がどんどん先を行くから、うしろ姿ばかりが焼き付いている。たまに思い出してハッとした顔でわたしを振り返る君が一番可愛かった。スマホを向けると君に嫌われちゃうから写真なんか全然ないけど、ずっとかわいい君だった。わたしがいてもいなくても変わらない君だった。君は強いから、どれだけ近づいてもわたしは君にはなれないことを知った。今さら、改めて知ってしまった。君が泣いた夜、初めて君が脆いことを知った夜。君はわたしのものじゃなかったから、わたしには届かなかった。わかってあげられなかった。君への感情が、君を超えてしまっていた。もう君の気持ちは伝わらなかった。わたしは君がほとんどすべてだった。本当に好きだったよ。
でもきっと、わたしはどこまでも取るに足らない存在だった。




わたしたちは合わなかった。君はわたしに優しい。わたしは君に優しくない。優しくできなかった。初めから分かっていた。君は変わらなかった。わたしも変わらなかった。強いふりだけ変われなかった。
でも、映画が好きでよかった。本が好きでよかった。君と話せた。君と全然目が合わなかったあの日。わたしばかりが見ていたあの日。つないだ手があまりにも不自然で、本当に君が好きだと思った。わたしの左手は今日からずっと君のもの、わたしの幸せ。わたしを引き止めてくれなかった君の愛4時間。わたしが何でもないふりをした君への愛4時間。かっこわるいところ見せてくれてありがとう。嬉しかった。幸せでいたかった。こんなことが言えなかった。
君がみんなの前で嘘をつけないこと。分かりやすいこと。自信がなくてもわたしの恋人だと言い張りたかったこと。分かっていた。届いていた。そんなに愛されていた。君に愛されていた。会いに行くのも、おはようの連絡も、わたしより君からの方が多くないと嫌だったのは、その方がうまくいくんだと思っていたから。わたしは君を愛していた。うまくいきたかった。上手に愛したかった。わたしは変われなかった。変わりたかった。君に似合いたかった。一生懸命愛してくれる君が本当にかっこよかったから、ただ、恥ずかしくて言えなかった。伝えられなかった。汚い街は綺麗な君が映えるから好きだった。わたしたちに似合う街を見つけた。でも、君がいるならどこでも良かった。
君がわたしの顔ばかり見るから並んで歩くのが恥ずかしかった。君が絶対に追いかけてくれるから、君の前を歩くのが好きだった。君がカメラを向けるから怒った。君の愛わたしだけ、スマホなんかに残してたまるか。大事なことが言えなかった。君がわたしにくれたものを、何十倍で返したかった。本当はわたしのほうが好きなこと知らせたかった。でも間に合わなかった。伝えられなかった。世界で一番大切だった。心の底から、君に似合いたかった。変わらない君、変われないわたし。好きだけじゃいられないなんて初めて知った。君とわたしは合わないことなんてずっと前から分かってた。でも、それだけだった。本当に好きだったよ。
この恋は偽物でしたか。

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