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応募殺到の生け贄

「よろしければ電波オークションにご参加してみませんか」
駅前の広場を通り過ぎた時そんな風に声をかけられた。

世界的に人口が増えすぎた現在地球上にもう余った土地はなく、ある人は深海に住処を求め、ある者は火星を目指して旅立ったり、それぞれが生きる場所を探さなければいけない時代だ。
そして彼の話によると一部の層、特にそれ程に気概を持って生きていない者たちの間では流行り始めているのだという。
電波になって生きて行くという選択肢が、だ。
(その状態で生きている、と言えるのかは諸説あるところだが話が脱線してしまうので便宜上電波として生きる、と彼は説明した)

「失礼ながらあなたは電波としてダラダラと流れているのが向いていらっしゃるように見えますよ」
それは本当に失礼だな、かつ余計な御世話だ、と思いながらも興味を惹かれたのは確かであった。
電波として自らの割り当てられた電波帯を彷徨い続ける。
その周波数に合わせれば電波同士でも電波になっていない人とも言葉を交わすことも出来るし、特に不便することもないのだという。
「昔流行った、なんとかの風になって吹き渡っていますって歌みたいなものですよ。
しかもコミュニケーションも自由に取れる。
楽なものです。
私もお金が貯まったら電波になるつもりですよ」
彼は熱弁する。

ただみんながみんな電波になれるわけではない。
一つの周波数域には一人しか電波として生きることは出来ない。
ここでもやはり取り合いということになってしまうのだ。
どうあっても奪い合いになってしまうという有史以来の人類の性が変わるわけではない。
そのための電波オークションだ。
結局は枠の奪い合いか。
なんだか電波になってスローライフを送ろうという誘い文句に対してその矛盾は嫌だなぁと感じる。
私は結局電波オークションに参加することを固辞した。

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