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ミッフィーを生んだディック・ブルーナの魅力 ーミッフィーの誕生日を祝して

6月21日はミッフィーの誕生日。
ミッフィーは1955年、オランダの絵本『ちいさなうさこちゃん』から誕生したので2023年には68歳を迎えます。

ミッフィーファンの方はたくさんいらっしゃると思いますが、何を隠そう私もそのひとり。
というわけで、私も誕生日を祝して、ミッフィーの魅力をご紹介したいと思います…!

ミッフィーの作者、ディック・ブルーナは1927年、オランダのユトレヒトに生まれました。
いくつかの出版社に勤務しグラフィック・デザイナーとして仕事をする傍ら、1953年、26歳のときに『りんごぼうや』で絵本作家としてデビューします。
結婚、長男誕生をへて1955年、28歳のときに『ちいさなうさこちゃん』を出版。これがミッフィーシリーズのはじまりです。

ブルーナは2017年に89歳で亡くなるまでたくさんの絵本を出版しました。
彼が生み出したうさぎのキャラクターは、本国オランダでは「nijntje(ナインチェ)」と呼ばれていますが、日本語版では「うさこちゃん」、英訳では「miffy(ミッフィー)」と世界各国で翻訳され、多くの人々に親しまれています。

世界中にファンがいるディック・ブルーナ。彼の絵本の魅力はどこにあるのでしょうか。

奥深い色の表現

彼が、輪郭を描く黒以外には、「ブルーナ・カラー」と言われる赤、青、黄、緑、グレー、茶色の6色しか使用していなかったことは有名ですよね(当初は4色だったものに、象やねずみを描くための灰色、くまのボリスやいぬのスナッフィーを描くための茶色がのちに加えられ、最終的に6色になりました)。

ブルーナは絵本作家としてデビューする前に南フランスに旅行しました。そこでマティスが手がけた完成間もないロザリオ礼拝堂を訪れ、その「研ぎ澄まされたシンプル」な表現に感銘を受けたと言われています。
ブルーナのシンプルだけど印象的な色彩表現はここから始まったと言えるでしょう。

ブルーナが選んだ6色は、誰にとっても身近で、かつ、それぞれ主張があるけれど互いに補い合うこともできる、という特別な色でした。
私たちがミッフィーの絵本やグッズに惹かれるとき、その明るくカラフルな色合いに魅力を感じることも多いでしょう。

ブルーナが選んだ色はとてもシンプルですが、その色の使い方については深い考察がうかがえます。

たとえばブルーナは“青“という色を、空や海の色としてだけでなくミッフィーの心情を表すのにも使っています。

『うさこちゃんときゃらめる』では、いけないことをしてしまったうさこちゃん(ミッフィー)が眠れぬ夜を過ごすシーンがあるのですが、うさこちゃんの深い後悔の気持ちが、全面に塗られた青色によって痛いほど伝わってくるのです。

「青は遠ざかっていく色であり、反対に、赤は近づいてくるような印象を与えます」

 森本俊司(2019)『ディック・ブルーナ ミッフィーと歩いた60年』p.238より

ブルーナは色彩のもっている力についてこのように語っています。
この言葉からも、色が人に与える印象について深く研究していたことがわかるでしょう。

シンプルで的確な表現の追究

また、ブルーナは色彩だけでなく、絵そのものがよりシンプルで簡潔なものになるよう工夫を凝らしてきました。

実際に自分で描いてみるとわかるのですが、絵で何かを伝えようとするとき、私たちはついつい色々なものを描き込んでしまいます。
たとえば電車に乗って移動するシーンを描きたい場合、電車の車両を描きその中に人を描こうとしたり、朝から夕方への時間の移り変わりを描く場合は、色を変え太陽が東から西へ傾く様子を描いてみたり…。

ここでもし「そんなに色々描いてはいけない」と言われたら、ぐっと描くのが難しくなるでしょう。なぜなら、シンプルでかつ相手に伝わるような表現は、ものごとの本質をつかんでいないとできないからです。

しかしブルーナはあえてこのような難しい表現にチャレンジしていきました。

『うさこちゃんとどうぶつえん』では、列車に乗っているうさこちゃんとおとうさんの様子を描くのに、列車の全体像は描かずに窓枠だけを大きくクローズアップして描いています。
この窓はシンプルだけど、どこからどう見ても列車の窓。しかもうさこちゃんたちがいる窓枠だけでなく、その隣の窓も少しだけ描くことで列車らしさが際立ちます。

この場面でもし列車の全体像を描いていたら、列車の中のうさこちゃんとおとうさんは小さくなってしまい、どんな様子かよくわからなかったことでしょう。
しかしクローズアップして窓枠を描くことで、ブルーナは、読者にその場の状況を伝えつつ、うさこちゃんとおとうさんの様子に注目させるということに成功しているのです。

ほかにも、『ゆきのひのうさこちゃん』では、窓から家の中をのぞくという全体の構図はそのままに、カーテンの閉じ具合やうさこちゃんの立ち位置、着ている服の変化などで、朝から夕方への時間の移り変わりを演出しました。

これは人々の暮らしをよく観察している人でないと思いつかない表現のように思われます。

ブルーナのイラストにはよく窓のある構図が描かれますが、窓について彼はこんなふうに語ってたそうです。

「窓のある光景には、どこか人間的な雰囲気があります」

森本俊司(2021)『ちいさなぬくもり 66のおはなし』p.136より

私はブルーナのこの言葉がとても好き。
彼が絵本やポスターの中で窓とその中にいる人(あるいは動物たち)を描くとき、きっとそういう「人間的な雰囲気」も伝えたいと思いその構図を選んだんだと思うと、あたたかい気持ちになれる気がします。

彼の絵本が心に残るのは、シンプルな表現の背後に、ものごとをずっと奥まで観察する深いまなざしがあるからでしょう。

悲しいシーンも寂しいシーンも

大人になってからうさこちゃんシリーズを読んで気づいたことはまだあります。
それは、絵本の中にはたのしいことだけでなく、悲しいことや寂しいこと、ハラハラドキドキするようなことが意外とたくさんあるということです。

たとえばうさこちゃんは自転車に乗れば坂を転がり落ちるし、くまのボリスはカッコつけて木登りしたら木から落ちそうになっちゃう。
うさこちゃんが入院したり、お店のキャラメルを持ってきてしまったり、大好きなおばあちゃんが亡くなったり…
(うさこちゃんシリーズではないけれど、『だん ふねにのる』というお話ではなんとだんが遭難してしまい、私はちょっと怖くなってしまいました)

でも考えてみれば、ディック・ブルーナは、産まれて間もない頃、脚の手術をし、しばらくギプスをはめて生活していたというし、ナチス・ドイツがオランダに侵攻したのは彼が10代のときのこと。そしてアーティストを夢見る彼に反対する父親との確執もありました。

あかるいことばかりでなく様々な波があるというのは、彼の人生のお話でもあるわけです。

でも晩年のディック・ブルーナの写真を見るとそんな苦労は感じさせない、「笑顔の素敵なおじいちゃん」という印象です。
そしてブルーナと同じように絵本の中のうさこちゃんたちも最後にはみんな笑顔になります。

シンプルだけど誠実で、ものごとに対する深い眼差しと愛情に支えられている。
これがディック・ブルーナの生み出したミッフィーの魅力ではないかと思うのです。

【参考】
森本俊司(2019)『ディック・ブルーナ ミッフィーと歩いた60年』文春文庫
森本俊司(2021)『ちいさなぬくもり 66のおはなし』ブルーシープ

ディック・ブルーナが影響を受けたマティスとロザリオ礼拝堂についてはこちらの記事にまとめています^ ^

こちらの4コマ漫画もよかったらぜひ!


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