周回遅れの「脱成長」論と、海外出羽守

この記事は対談形式になっていますので、まずは両者のプロフィールから見ていこうと思う。執筆者・聞き手の高松平蔵氏は、ドイツ在住のジャーナリストとのこと。はい、まずこの時点で嫌な予感しかしません。語り手は、京都大学こころの未来研究センター教授で、都市・地域の公共政策が専門の広井良典さん。ググってみると朝日新聞系列のweb論座に多数寄稿されておられる方で、バリバリの脱成長論者です。この2人のプロフィールと、記事の見出しだけでもうお腹いっぱいです(笑)

広井:定常型社会を言い換えれば成熟社会ということになるでしょうか。経済・環境・福祉、この3つのバランスが大事です。ドイツ・ヨーロッパは全体的に高いレベルでバランスを取っている。それに対して、日本はよくも悪くも経済一辺倒できました。

よくも悪くも、なんて言ってカマトトぶってますが、要は「日本はバランスが悪い」と言いたいだけですよね。良い部分なんて一言も触れていない。で、そもそも論ですが「日本は経済一辺倒だった」というエビデンス、なんかあるんですかね?

なんかそういうデータあるんですか

前提が正しくなければ、正しい結論は得られない、というのは常識だと思うのですが、この人たちは「日本は経済一辺倒だった」という前提を何の疑いも持たず、また何の検証もせず、正しいと決めつけてどんどん議論を先に進めていってしまってます。大丈夫なんでしょうか。

高松:このバランスは持続可能性の条件といえますが、興味深いのがSDGsです。ドイツで日常的にはほとんど聞きません。

広井:よくわかります。アメリカと比べても欧州のほうが社会保障も充実し、一定以上の平等が保たれ、環境も大事にしています。

高松:SDGsで掲げられているものは、もともと欧州で歴史的に積み重ねられたものと符合します。だから、「今さら感」もあるのだと思います。

アメリカと比べる意味がサッパリわかりません。ドイツと日本の比較をしているはずなのに、なぜ唐突にアメリカが出てくるんですか。あまりに唐突すぎませんか。

アメリカと比べたら日本だって社会保障が充実していますよね。なんせ日本が50年以上前にとっくにやってた政策を「オバマケア」とか言って、さも目新しい政策みたいに主張してたんですから。

SDGsで掲げられているものは、もともと欧州で歴史的に積み重ねられたものと符合します」ってのも、どうなんでしょうか。ちょっと嘘くさい。

SGDsで掲げられている17項目の目標を確認してみましょう。

1.貧困をなくそう (英: No Poverty)
2.飢餓をゼロに (英: Zero Hunger)
3.人々に保健と福祉を (英: Good Health and Well-Being)
4.質の高い教育をみんなに (英: Quality Education)
5.ジェンダー平等を実現しよう (英: Gender Equality)
6.安全な水とトイレを世界中に (英: Clean Water and Sanitation)
7.エネルギーをみんなに、そしてクリーンに (英: Affordable and Clean Energy)
8.働きがいも経済成長も (英: Decent Work and Economic Growth)
9.産業と技術革新の基礎をつくろう (英: Industry, Innovation and Infrastructure)
10.人や国の不平等をなくそう (英: Reduced Inequalities)
11.住み続けられるまちづくりを (英: Sustainable Cities and Communities)
12.つくる責任つかう責任 (英: Responsible Consumption and Production)
13.気候変動に具体的な対策を (英: Climate Action)
14.海の豊かさを守ろう (英: Life Below Water)
15.陸の豊かさも守ろう (英: Life on Land)
16.平和と公正をすべての人に (英: Peace, Justice and Strong Institutions)
17.パートナーシップで目標を達成しよう (英: Partnership)

8番目に「経済成長」が入ってるのは笑ってしまいます。この項目があるのに、脱成長論者がSGDsを語るとはなんという皮肉。

また、10番目の「人や国の不平等をなくそう」という項目が、欧州で歴史的に積み重ねられたものと符号するとはとても思えません。彼らは世界中に植民地を作り、原住民に満足な教育も受けさせず、差別と搾取の限りを尽くしてきたわけです。

一方で日本は、というと、鎌倉時代には庶民ですら天皇の存在を知っており、江戸時代には既に庶民が高い教育を受けていて、当時来日した外国人が、日本人の識字率の高さに驚いたそうです。また、「水と安全はタダじゃない」という言葉もあるように、日本人は世界一きれいな水を贅沢に使っています。なんせ水道水をそのまま飲めるんですから。

また「もったいない」という言葉が世界共通語になるくらい、日本ほど歴史的に見てSGDsの掲げる目標に符号した歴史を積み重ねてきた国は、世界を見渡してもそんなに多くないんじゃないかな、と思います。

広井:そうですか。戦後ドイツは反省を徹底的に進め、スポーツの性格も大きく転換。もっと個人の、ある意味では民主的なものに変わっていったわけですね。日本は、戦争責任などもそうですが、よくも悪くもあいまいなまま。目標が戦争勝利から経済成長に変わっただけですね。

はい、出ました、「ドイツは反省したが日本は反省してない」論。じゃあ反省したはずのドイツでどうして極右政党AfDが多くの議席を取っているのに対し、日本ではそのような政党が全然伸びないのでしょうか。次世代の党も惨敗しましたし、桜井誠の日本第一党が、もしかしたら次の参院選で1議席取るのではないかと言われていますが、それとてたかが1議席です。

結局、この人たちの言う反省って、悪者を作ってそいつらを徹底的に糾弾・パージすることですからね。日本は違います。「一億総懺悔論」などが出るくらい。昭和天皇や東條らに責任を押し付けて俺たち悪くないと言い張る風潮を嫌います。そんなものは反省でもなんでもない、ただの責任転嫁だということを日本人がよく理解しているからです。まあ、理解してない連中がも左派界隈には大勢いるようですが。

高松:「農村型コミュニティー」のまま日本は近代化を果たしたわけですが、戦後最も大きくなった「ムラ」が「カイシャ」だと思います。

うん、なんでいちいち「ムラ」とか「カイシャ」とか、カタカナで書くのでしょう。

広井:もう少し細かい話をすると、2000年代の後半頃、定常型社会的な流れが少し出てきたように思えました。しかし2012年に安倍政権になって「イケイケどんどん」の昭和的な発想がまた強くなった。私から見ると、あれは昭和の最後の灯火。「夢よ、もう一度」という感じを受けました。

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いや、ひろゆき万能すぎ(笑)

安倍政権下で「イケイケどんどん」?そんな風潮、ありましたかね?全然そうは思えませんでしたが。「夢よもう一度」とか、誰が言ってました?むしろ、安倍政権当時によく聞いた言葉は「中国の夢」でしたよね。あの言葉を聞いた時は、ちょっと大げさかもしれないけど、背筋が凍る思いでした。日本が「中国の夢」に飲み込まれないためには、どげんかせんといかん、ってそれはそのまんま東か。

安倍総理自身「デフレ脱却」とか「日本を取り戻す」みたいな、普通のことしか言わない総理だったと思います。あまり大きな花火を打ち上げるタイプではなかったですよね。そもそも、安倍政権がイケイケどんどんタイプだったら消費税なんか上げませんよ。「経済成長すれば消費税なんか上げなくても税収は増えるんじゃあああああ」くらいの勢いで財務省を黙らせてくれていたことでしょう。むしろ我々は、安倍総理にそのレベルの突破力がなかったことを残念に思っていたくらいなのに。

ていうか、この人、ただ安倍にケチつけたいだけでしょ。所詮web論座のライターですし。

この種の脱成長論って、むしろ1990年代~2000年代に持て囃された、過去の遺物って感じなんですよね。あの悪名高い「ゆとり教育」なんかも、脱成長論の延長線上にあるものだったと私は思います。



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